本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。譲渡対価の金額と同じくらい、売り手が気にしているのが経営者保証です。会社を手放しても保証が残れば、経営から離れた後も会社の借入に責任を負い続けることになります。ところが新人のうちは、保証の話を「契約が固まってから」と後回しにしがちです。経営者保証の調整は、早く始めた案件ほど滑らかに終わります。ここでは、把握から解除までの実務を整理します。保証そのものの制度的な背景は「経営者保証とは」を先に確認してください。
まず全体像を把握する|保証・担保の一覧を作る
最初にやるのは、保証と担保の棚卸しです。売り手に聞くだけでは漏れます。借入契約書、金銭消費貸借契約証書、保証契約書、登記事項証明書(不動産)を実際に見て確認してください。一覧表の列は次のとおりです。
| 列 | 内容 |
|---|---|
| 借入先 | 金融機関名、支店、担当者 |
| 借入の種類 | 証書貸付、当座貸越、手形割引、制度融資、リース |
| 残高・返済条件 | 現在残高、毎月返済額、最終返済期日 |
| 保証人 | 代表者個人、配偶者や親族、他社の保証 |
| 担保 | 不動産(会社所有/個人所有)、預金、売掛金、保証協会の保証 |
| 支配権変動条項 | 株主の変更に関する通知義務や期限の利益喪失事由の有無 |
| 解除の見込み | 金融機関との協議状況 |
見落としやすいのが次の四つです。①社長個人の不動産が担保に入っている、②配偶者や親族が保証人になっている、③関係会社の借入に会社または社長が保証している、④リース契約や賃貸借契約に個人保証がついている。とくに④は借入ではないため、売り手も忘れていることがあります。契約書を一件ずつ見て確認してください。
個人資産が担保に入っている場合、譲渡後もその資産が会社の借入の担保であり続けることになります。売り手にとっては大きな問題ですが、意外にも「そういえばそうだった」という反応が返ってくることがあります。早く見つけて、早く協議のテーブルに載せることが仲介者の役割です。
金融機関へ相談する時期と伝え方
難しいのは時期です。早く相談すれば調整の時間を確保できますが、情報が広がるリスクがあります。実務では、基本合意の締結後、DDと並行して相談を始めるのが一般的です。買い手が確定し、条件の骨格が見えた段階です。
相談の主体は売り手(経営者本人)です。仲介者が単独で金融機関に連絡することは避けてください。守秘の観点でも、関係性の観点でも、経営者本人から話すのが筋です。仲介者は同席し、案件の枠組みを説明する役に回ります。
伝える内容は次の順序が有効です。
- 1. 事業承継の方針:後継者がいないため、事業を継続させるために第三者への承継を検討していること
- 2. 相手方の概要:買い手の事業内容、規模、方針(守秘の範囲で、売り手と買い手の合意のもとに開示する)
- 3. 借入の扱い:買い手が引き継ぐ方針か、返済する方針か
- 4. 保証の相談:代表者の交代に伴い、保証の切り替えまたは解除を相談したい旨
- 5. スケジュール:クロージングの予定時期と、いつまでに方向性を確認したいか
金融機関にとって、取引先の支配権が変わることは重要な事象です。後から知らされることが、関係悪化の最大の原因になります。順序を守って、正面から相談してください。中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)も、関係者への誠実な対応を求めています。金融機関との関係づくりは「M&Aと金融機関との関係」も参考になります。
解除の三つのパターン|交代・解除・返済
解除の実現方法は、大きく三つに整理できます。
1. 保証人の交代
最も一般的な形です。買い手側の代表者や買い手法人が保証人となり、売り手の保証を解除してもらいます。金融機関が新しい保証人の信用力を審査するため、買い手の財務内容が判断材料になります。買い手が法人で一定の規模がある場合は、比較的スムーズに進むことが多い形です。
2. 保証なしへの切り替え
経営者保証に関するガイドラインの趣旨を踏まえ、保証を付けない形での借入に切り替える方法です。金融庁の公表によれば、経営者保証に依存しない新規融資の割合は2024年度上期で52%となっており、保証に依存しない融資は着実に広がっています。会社の財務内容、法人と経営者の資産の分離、適時適切な情報開示といった要素が判断に影響します。
3. 借入の返済(借り換えを含む)
クロージングと同時に借入を返済し、保証の対象そのものをなくす方法です。買い手が自己資金または自社の借入で返済する、買い手のメインバンクで借り換える、といった形です。最も確実ですが、買い手側の資金負担が大きくなるため、条件交渉の一部として扱われます。
どのパターンを選ぶかは、買い手の意向と金融機関の判断で決まります。仲介者は三つの選択肢を早い段階で当事者に示し、どれを目指すかを合意しておくことが役割です。方針が決まっていないまま最終契約の交渉に入ると、この論点が最後まで宙に浮きます。
契約上の手当て|買い手の協力義務をどう書くか
クロージングまでに保証の解除が完了するのが理想ですが、金融機関の手続がクロージング後になることもあります。そのため、最終契約に手当てを置きます。典型的な条項は次のとおりです。
- 解除に向けた協力義務:買い手が金融機関との協議に協力し、必要な手続を行うこと
- 期限の設定:クロージング後、いつまでに解除を実現するよう努めるか
- 補償(免責):解除されるまでの間に売り手が保証債務を履行した場合、買い手が補償すること
- クロージング前提条件化:解除の完了をクロージングの条件とする(最も強いが、実現可能性を見極める必要がある)
どこまで書けるかは交渉次第です。売り手にとって最も重要なのは、解除されなかった場合に自分がどう守られるかです。「努力する」だけの条項では、実質的な保護になりません。補償条項をセットで置けるかどうかを、弁護士と検討してもらってください。
また、個人資産が担保に入っている場合は、担保の解除についても同様の手当てが必要です。抵当権の抹消登記の手続と費用の負担についても、契約で明確にしておきます。
仲介者としては、クロージング後に誰が解除の進捗を追うのかを決めておくことを勧めます。売り手は経営から離れており、買い手は日常業務に追われます。放置されて数年経ってから「まだ保証が残っていた」と判明する事例は、実際に起こります。期限の一覧を作って売り手に渡すことが、成約後のフォローとして非常に価値があります。「クロージング後の仲介者の役割」も参照してください。
解除が進まないときの現実的な対処
金融機関が慎重な姿勢を示すこともあります。理由は主に、買い手の信用力に対する評価、会社の財務内容、取引関係の変化への懸念です。対処の順序を挙げます。
- 理由を具体的に聞く:「難しい」で終わらせず、何が判断の材料なのかを確認する。買い手の決算資料の提出で解決する場合もある
- 買い手に材料を出してもらう:財務資料、買収後の事業計画、資金支援の方針。買い手が説明の場に出ることが有効な場合が多い
- 借入の一部返済を検討する:全額でなくても、残高を減らすことで判断が変わることがある
- 借り換えを検討する:買い手のメインバンクでの借り換え。時間がかかるので早期に着手する
- 段階的な解除を提案する:一部の借入から順に解除していく
- 契約上の補償で手当てする:解除が間に合わない場合の最後の受け皿
ここで仲介者がやってはいけないのは、売り手に「大丈夫です、そのうち外れます」と安心させることです。保証の解除は金融機関の判断であり、仲介者が保証できることではありません。見通しを事実として伝え、外れなかった場合の手当てを用意する——これが誠実な対応です。
そして、この論点は案件の初期に売り手へ説明しておくべきものです。「会社を売れば保証は自動的に外れる」と考えている経営者は少なくありません。初回相談の段階で正確に説明しておけば、後の失望を防げます。初回面談での説明の型は「初回面談の進め方」で扱っています。