初回面談は、案件の行方をほぼ決めます。オーナーが「この人になら話せる」と感じるか、「売り込まれた」と感じるかは、最初の1時間で決まるからです。本稿は、M&A仲介のアドバイザーが売り手オーナーとの初回面談で、何を・どの順番で・どう聞くのか、聞いてはいけないことは何か、面談後に何を残すのかを、実務の型として整理します。案件の発掘段階については「売り案件ソーシングの実務」を先にお読みください。

初回面談のゴール|「決めてもらう」ことではない

新人が誤解しやすいのは、初回面談のゴールを「仲介契約を取ること」だと考えることです。違います。初回面談のゴールは次の3つです。

  • オーナーの状況と、本当の希望を正確に理解する
  • 当社が何をする会社か(仲介形態・報酬体系・進め方)を正直に説明する
  • 次に何をするかを、オーナーと合意する

契約はその先の話です。初回で決断を迫ることは、中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)が支援機関に求める姿勢にも反します。当社の場合、相談料・着手金・月額報酬は0円で、報酬体系(基本合意時の中間金は成功報酬額の10%で成功報酬から全額差引・基本合意後の不成立でも返金なし、成功報酬は移動総資産レーマン方式・最低2,000万円・税別)を契約前に書面で説明することを運用として定めています。初回面談は、この説明を丁寧に行う場でもあります。

もう一つ。初回面談は「ヒアリング」であって「尋問」ではありません。項目を上から順に聞いていくのではなく、オーナーが話したいことを話してもらい、その中で必要な情報を拾っていく。聞くべき項目は頭に入れておき、シートは面談後に埋める。これが基本姿勢です。

聞くべき6領域|事業・財務・株主・人・希望条件・懸念

初回面談で把握すべき情報は、6つの領域に整理できます。全部を初回で聞き切る必要はありませんが、「どの領域が空白のまま残ったか」は面談後に必ず確認します。

領域聞くべき項目目的
事業事業内容、主要取引先、仕入先、競合、強みと弱み、受注の仕組み買い手にとっての魅力と、事業の再現性を把握する
財務直近数期の売上・利益の推移、借入(経営者保証の有無)、役員報酬、オーナー関連の経費、不動産・設備正常収益力と純資産の概観をつかむ
株主株主構成、名義株・分散株の有無、親族間の持分、定款の譲渡制限株式譲渡の実行可能性を確認する
役員・幹部の構成、キーパーソン、オーナー依存の度合い、労務の状態引継ぎの難易度と、買い手の懸念点を先読みする
希望条件希望時期、譲渡後の関与、従業員・取引先への希望、価格観、社名・拠点の存続買い手選定の軸を定める
懸念誰に知られたくないか、家族の意向、過去に検討した経緯、他社への相談状況秘密保持の設計と、進め方の配慮点を把握する

各領域の「聞き方」

事業は、「なぜお客様は御社を選ぶのですか」という一言から始めると、オーナーは最も生き生きと話します。強みは、オーナーの言葉のまま記録してください。財務は、「決算書を見せてください」ではなく、「直近数期の売上と利益は、おおむねどのような推移ですか」と概観を伺うにとどめます。株主のうち名義株や親族間の持分は繊細な話題なので、「株主名簿上の株主と、実際の所有者は一致していますか」と事実確認の形で聞きます。については、「社長が1か月不在でも会社は回りますか」という問いが、オーナー依存の度合いを最も端的に引き出します。希望条件は価格以外から聞き、懸念は「この話をご存じの方は、社内・ご家族で何人いらっしゃいますか」から入ると、秘密保持の設計に直結する情報が得られます。

聞く順番|価格から入らない、懸念から入らない

6領域をどの順番で聞くかは、面談の空気を大きく左右します。当社が推奨する順番は次のとおりです。

  • 会社の歴史と事業(オーナーが最も話しやすく、信頼の土台ができる)
  • なぜ今M&Aを考えたのか(動機。ここに本当の希望が表れる)
  • 人と組織(事業の話の延長で自然に聞ける)
  • 希望条件(価格以外から。従業員・取引先・社名・関与)
  • 財務(概観。詳細は秘密保持契約後)
  • 株主構成と懸念(信頼が生まれた後半で)

価格を最初に聞くと、オーナーは「値踏みされた」と感じます。懸念を最初に聞くと、面談がネガティブな空気から始まります。どちらも、オーナーが最も話したい「会社のこと」を聞き終えてからです。

時間配分の目安は、前半で聞く、中盤で当社の説明(仲介形態・報酬・進め方)、後半で希望条件と懸念、最後に次のステップの合意です。当社の説明を中盤に置くのは、オーナーの話を十分に聞いてからのほうが、説明が「売り込み」ではなく「回答」として受け取られるからです。

聞いてはいけないこと・聞き方を誤りやすいこと

次の項目は、初回面談で避けるべき行動です。どれも「聞きたくなる」ものだからこそ、あらかじめ自分に禁じておきます。

  • 「いくらなら売りますか」と、初回で価格を確定させようとする
  • 「他社にも相談していますか」を詰問調で聞く(相談状況は聞いてよいが、比較を恐れる態度は信頼を損なう)
  • 家族関係・健康・相続の事情に、オーナーが自ら触れる前に踏み込む
  • 従業員の名前や個人の評価を、初回で細かく聞き出す
  • 「御社ならすぐ買い手が見つかります」「高く売れます」と、根拠なく期待を持たせる
  • 決算書・株主名簿などの機密書類を、秘密保持契約の前に持ち帰ろうとする

特に健康の話題は、M&Aを考えた動機に関わる重要事項ですが、オーナーの側から話が出るのを待ちます。出なければ、「ご自身のご事情で、時期を急ぐ理由はありますか」と間接的に伺うにとどめてください。

決算書は、秘密保持契約を結んでから預かるのが原則です。初回にオーナーが見せてくださる場合は、その場で拝見し、その場で返却します。書類の扱いについては「M&Aの秘密保持」の基本を必ず守ってください。

面談後のメモ|24時間以内に「事実」と「解釈」を分けて残す

面談メモは、面談当日中、遅くとも翌朝までに作成します。記憶は驚くほど速く薄れ、しかも都合よく書き換わります。

メモの構成

  • 基本情報(日時・場所・同席者・紹介元)
  • 事実(オーナーの発言を、できるだけ言葉どおりに。「売上は横ばいとのこと」ではなく「『ここ3年はほぼ横ばい』と発言」)
  • 解釈・所感(自分の見立て。事実と混ぜない)
  • 未確認事項(次回聞くこと、資料で確認すること)
  • 次のアクション(誰が・いつまでに)
  • 秘密保持上の注意(知られたくない相手、連絡手段の制限)

事実と解釈を分ける理由は明確です。後で上長や同僚が読んだとき、「オーナーが言ったこと」と「担当者が思ったこと」が区別できないメモは、判断を誤らせます。買い手への説明や企業概要書の作成、簡易株価算定でも、この区別が効いてきます。たとえば簡易算定で役員報酬を正常化する際、「オーナーが『報酬は相場より高め』と発言した」という事実と、「実態より高そうだ」という担当者の解釈では、扱いがまったく違います。算定の考え方は「簡易株価算定の実務」で解説しています。

メモは、社内の案件管理システムに、オーナーに了承を得た連絡手段とともに記録します。私用端末や個人のメモアプリに残してはいけません。

初回面談ヒアリングシート(チェックリスト)

面談の前・中・後で、次の項目を確認します。すべてに「はい」と答えられる状態が、初回面談の合格ラインです。

面談前

  • 会社の公開情報(ウェブサイト・登記・業界動向)を調べたか
  • 紹介元から、紹介の背景とオーナーの人柄を聞いたか
  • 当社の説明資料(仲介形態・報酬体系・進め方)を持参したか

面談中

  • 6領域のうち、聞けなかった領域はどれか把握したか
  • 仲介形態(双方から報酬を受領すること)と報酬体系を説明したか
  • 秘密保持の希望(知られたくない相手・連絡手段)を確認したか
  • 次のステップ(秘密保持契約・資料受領・簡易算定など)を合意したか

面談後

  • お礼の連絡を当日中にしたか
  • 24時間以内にメモを残し、事実と解釈を分けたか
  • 紹介元に経過報告をしたか
  • 未確認事項を次回の質問リストに移したか

初回面談の質は、準備と記録で決まります。話し上手である必要はありません。丁寧に聞き、正直に説明し、正確に残す。当社では、この型を先輩の同席のもとで繰り返し練習します。

この記事を動画で見る(1分05秒)

初回面談は案件の行方をほぼ決めます。ゴールは仲介契約ではなく、オーナーの状況と本当の希望を正確に理解すること。会社の歴史→動機→人と組織→希望条件→財務→株主と懸念、の順で聞き、価格から入らない。聞いてはいけないことと面談メモの型も。詳しくはコラムへ。

動画の書き起こしを読む

初回面談は、案件の行方をほぼ決めます。オーナーが、この人になら話せると感じるか、売り込まれたと感じるか。最初の1時間で決まる。

新人が誤解しやすいのが、ゴールを契約を取ることだと思うこと。違います。状況と本当の希望を理解する。自社の形態と報酬を正直に説明する。次の一手を合意する。契約は、その先です。

順番があります。まず会社の歴史と事業。オーナーがいちばん生き生きと話す。次に、なぜ今か。ここに本当の希望が出る。財務と株主は、信頼が生まれた後半に。価格を最初に聞くと、値踏みされたと感じます。

禁じ手は3つ。いくらなら売りますかと、初回で価格を決めにいく。他社の相談状況を、詰問調で聞く。根拠なく、高く売れますと期待をあおる。聞きたくなるからこそ、自分に禁じておく。

話し上手より、聞き上手。当社が求めているのは、そういう人です。

※ 動画は一般的な例で説明しています。当社の手数料は、相談料・着手金・月額報酬0円、基本合意の締結時に成功報酬額の10%を中間金として申し受け(成約時の成功報酬から全額を差し引いてご請求しますが、基本合意後に不成立となった場合の返金はいたしません)、成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)・最低2,000万円(税別)です。詳しくは料金体系をご覧ください。

この記事の内容について、無料でご相談いただけます。 相談料・着手金・月額報酬は0円。売ると決めていない段階のご相談も承っています。

ほかの解説も:YouTubeポッドキャストInstagram

よくあるご質問

A.無理に求める必要はありません。初回面談の目的は、オーナーの状況と希望を理解し、当社の姿勢を説明し、次のステップを合意することです。財務については「直近数期の売上・利益はおおむねどのような推移ですか」と概観を伺うにとどめ、決算書は秘密保持契約を締結した後に拝見するのが基本です。
A.初回面談の序盤で価格を聞くのは避けてください。会社の歴史・事業・M&Aを考えた動機・人と組織・価格以外の希望条件を伺い、信頼関係ができてから、「金額について、現時点でのお考えやご希望があれば」と幅を持たせて聞きます。オーナーが「分からない」と答えた場合は、簡易的な株価算定を次のステップとして提案します。
A.「事実」と「解釈」を分けて書くことです。オーナーの発言はできるだけ言葉どおりに残し、自分の見立てや所感は別の欄に書きます。24時間以内に作成し、未確認事項と次のアクションを明記して、担当者が変わっても引き継げる社内の案件管理システムに記録してください。

Join Us & Consultation

丁寧に聞ける人を、当社は求めています。

話し上手より、聞き上手。当社は、オーナーの言葉を正確に受け取り、正直に説明できるM&Aアドバイザーを募集しています。
経営者の方のご相談は、無料相談(メール info@platinumpartners.jp でも可)から承ります。

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら