本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。中小企業のM&Aでは、株式の全部を譲渡する形が基本ですが、一部だけを譲渡し、オーナーが株主として残る案件もあります。「まだ現場を離れたくない」「事業を一緒に伸ばしてから引退したい」という希望に応える形である一方、残る側の立場を先に設計しておかないと、後から身動きが取れなくなるという難しさがあります。ここでは、どんなときに選ばれ、何を決めておくべきかを整理します。持株比率の意味や契約条項の効力については、必ず弁護士にご確認ください。

一部譲渡が選ばれる場面

実務で一部譲渡や段階的な譲渡が検討されるのは、おおむね次のような場面です。

  • オーナーが当面は経営に関わりたい:年齢や事業の状況から、すぐに退く判断ができない
  • 買い手が段階的に関与を深めたい:事業の理解を進めながら、体制を整えていきたい
  • 後継者の育成中である:社内の候補者が育つまでの間、資本と経営の支援を受けたい
  • 従業員や取引先への影響を抑えたい:急に体制が変わることを避けたい
  • 事業の伸びを一緒に取りに行きたい:協業の効果が出た後に、残りを譲る前提で考えたい

いずれも売り手側の事情が起点になっていますが、買い手にとっても利点があります。現経営者が残ることで、取引先や従業員の不安が和らぎ、引継ぎが進めやすくなるためです。

一方で、注意も必要です。一部譲渡は「決断を先送りできる選択肢」に見えますが、実際には全部譲渡より決めることが多い形です。誰が何を決めるのか、いつまでこの状態が続くのか、残りの株式はどうなるのか。これらを曖昧にしたまま進めると、数年後に当事者双方が困ります。この点は最初に売り手へ率直に伝えてください。

持株比率が持つ意味を、正確に伝える

売り手の多くは、持株比率が何を意味するかを正確には把握していません。ここを説明しないまま「半分残しましょう」と進めるのは危険です。おおまかな整理は次のとおりですが、具体的な効果は定款や株主間の取り決めによって変わるため、必ず弁護士にご確認ください。

おおよその比率一般に語られる意味
過半数役員の選任など、通常の決議を単独で通しやすい立場
3分の2以上定款変更など、特に重い決議を単独で通しやすい立場
3分の1超重い決議を単独では通せないが、反対によって成立を妨げうる立場
少数日常の経営の決定には関与しにくい。配当や譲渡の条件は取り決め次第

実務で重要なのは、比率そのものより、株主間で何を取り決めるかです。少数株主であっても、重要事項について事前協議を求める取り決めがあれば、意見を言える立場が確保されます。逆に、比率が高くても、取り決めがなければ日常の運営で揉めます。

また、売り手が少数株主として残る場合は、会社の重要な決定に自分の意向が通らない可能性があることを、前もって具体的に説明してください。「役員報酬が下がる」「配当が出ない」「拠点が統合される」といった事態が起こり得ます。承諾したうえで残るのと、知らずに残るのとでは、その後の受け止め方がまったく違います。

残る側の条件を、契約前に決める

一部譲渡の案件では、価格以上に「残る期間の取り決め」が実質を持ちます。少なくとも次の項目を、契約前に文書で確認してください。

  • 役職と任期:代表を続けるのか、役員として残るのか。任期と再任の考え方
  • 役員報酬:金額の決め方と、見直しの手続
  • 権限の範囲:日常の決裁でどこまで従来どおりか。金額や事項による線引き
  • 重要事項の事前協議:どの事項について、事前に協議や同意を要するか
  • 情報の提供:月次の業績や資金の状況を、どの頻度で受け取れるか
  • 配当の方針:利益をどう扱うか。内部留保と配当の考え方
  • 個人保証と担保:借入に対する経営者保証をどう解除していくか。「経営者保証の解除」を参照

とくに個人保証は見落とされやすい論点です。株式の一部を譲渡しても、保証が残ったままでは、売り手は責任だけを負い続けることになります。いつ、どのような手順で解除を進めるのかを、契約前に金融機関を含めて確認してください。

これらの条項の妥当性と法的効力は弁護士の判断領域です。仲介者の役割は、論点を漏らさず机の上に並べ、双方の認識を揃えることにあります。

残りの株式を、いつ・どのように扱うか

段階譲渡を前提とする場合、残余株式の扱いを最初に決めておきます。ここが決まっていないと、数年後に交渉が振り出しに戻ります。

  • 時期:一定期間の経過後か、業績の条件を満たしたときか、売り手の申し出によるか
  • 価格の決め方:算定の方法を先に定めるか、その時点で改めて評価するか
  • 手続:誰が誰に通知し、どの期間内に実行するか
  • 予定どおりに進まない場合の扱い:買い手が取得しない場合、売り手が第三者に譲渡できるか
  • 相続が発生した場合:売り手に相続が生じたとき、株式をどう扱うか

最後の点は、中小企業のM&Aでは現実的な論点です。残った株式が相続財産となり、相続人が会社と関係のないまま株主になる事態は、双方にとって望ましくありません。売り手のご家族にとっての意味まで含めて説明してください。

税務の取り扱いも、全部譲渡とは異なります。譲渡の時期が分かれること、残る間の配当や役員報酬が発生すること、将来の譲渡価格が変動しうることなど、手取りに影響する要素が増えます。具体的な適用は税理士にご確認ください。仲介者が税額の見込みを断定的に説明することは避けてください。

手数料と進め方の説明

一部譲渡の案件では、手数料の考え方も先に説明しておきます。当社の場合、成功報酬は移動総資産レーマン方式で算定し、基準額は株式価値(譲渡対価)と負債総額の合計、最低額は2,000万円(税別)です。相談料・着手金・月額報酬はいただきません。基本合意時に成功報酬額の10%を中間金として申し受け、これは成功報酬から全額差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。詳しくは料金体系をご確認ください。

段階的に譲渡する場合、それぞれの取引をどう扱うかは案件の設計によって変わります。売り手が最も避けたいのは、後から想定外の費用が出てくることです。初回の面談で、どの取引にどの費用が発生するのかを書面で整理してお示ししてください。

進め方の面では、次の点を売り手に伝えます。

  • 一部譲渡は決断の先送りではなく、決めることが増える形であること
  • 残る期間の権限と報酬は、契約で決めた範囲が基準になること
  • 残余株式の扱いを最初に決めておかないと、将来の交渉が難しくなること
  • 個人保証の解除は、株式の譲渡とは別に金融機関との手続が必要になること

そのうえで、全部譲渡と一部譲渡を並べて比較していただきます。選択肢を並べて示し、決めるのは売り手という原則は、ここでも変わりません。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における法的・税務的な判断は、弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.有利不利は一概に言えません。経営に関わり続けられる、事業の伸びを一緒に取りに行けるといった利点がある一方、残る期間の権限や報酬、将来の株式の扱いを契約で決めておく必要があり、決めることは増えます。手取りの時期も分かれます。どちらが合うかは売り手の希望次第なので、両方を比較できる形でお示ししてください。
A.一律の正解はありません。比率によって株主総会の決議に及ぼす影響が変わりますが、実際に意見を言えるかどうかは株主間の取り決めによる部分が大きいためです。比率だけで決めず、重要事項の事前協議、情報提供、役員の地位といった取り決めと併せて設計してください。効力の判断は弁護士にご確認ください。
A.自動的に決まるものではありません。買取の時期、価格の決め方、手続を契約で定めておく必要があります。定めがない場合、将来の交渉は当事者の関係や会社の状況に左右されます。また、買い手が取得しない場合に第三者へ譲渡できるかどうかも、あらかじめ確認しておくべき点です。
A.自動的には外れません。経営者保証は金融機関との契約であり、解除には金融機関との協議が必要です。株式の譲渡と同時に外れるとは限らないため、いつ、どの手順で進めるのかを契約前に確認してください。責任だけが残る状態を避けることは、売り手にとって重要な論点です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら