「就業規則は作っていない」「雇用契約書を交わした記憶がない」「取引先とは契約書なしで何十年もやってきた」——事業承継のご相談で、こうしたお話は日常的に伺います。日々の経営が問題なく回ってきた以上、書類がなくても支障はなかったのでしょう。しかし、M&Aの場面では事情が変わります。買い手は書類を通じて会社を理解し、リスクを見積もるからです。本稿では、書類が未整備の会社が、デューデリジェンスで指摘される前に何から手をつけるべきかを整理します。

「うちは書類がない」は、珍しくありません

まず、前提として申し上げておきたいことがあります。中小企業で規程や契約書が完全に整っている会社は、決して多くありません。書類の不備は、それ自体が交渉の打ち切りにつながるものではなく、多くの案件では「どう扱うか」を協議しながら進んでいきます。

問題になるのは、書類がないこと自体よりも、次の二つです。

ひとつは、金額に換算できるリスクが潜んでいる場合です。たとえば、労働時間の管理がされておらず、残業代の未払いが積み上がっている可能性がある場合。これは将来の支出につながる可能性があるため、価格の調整や補償の条件として交渉に影響します。

もうひとつは、事実関係が把握できていない場合です。「未払いがあるかどうか分からない」「契約の内容が確認できない」という状態は、買い手にとって最も扱いにくいものです。金額が読めないリスクは、保守的に、つまり厳しく見積もられます。

逆にいえば、完璧に整備することが目的ではありません。何が整っていて、何が整っていないのかを自ら把握し、説明できる状態にすること。これが現実的な目標です。

デューデリジェンスで何が確認されるのか

買い手の調査は、通常、法務・労務・財務・税務といった領域に分かれて行われます。書類に関して確認される主なものは、次のとおりです。

領域確認される主な書類
会社組織定款、登記事項証明書、株主名簿、株主総会・取締役会の議事録。
労務就業規則および関連規程、労使協定(時間外労働に関する協定など)、雇用契約書・労働条件通知書、賃金台帳、タイムカード等の労働時間記録、社会保険の加入状況。
取引主要取引先との基本契約書、注文書・注文請書、価格改定の記録、秘密保持契約。
不動産・設備賃貸借契約書、リース契約書、登記事項証明書。
金融金銭消費貸借契約書、保証に関する書類、担保設定の状況。
許認可・知的財産許認可の通知書と届出の控え、商標等の登録状況、ライセンス契約。
情報管理個人情報の取扱いに関する規程、システムの利用契約。

このうち、最も金額に直結しやすいのが労務です。労働時間の管理が不十分で、割増賃金の計算に疑義がある場合、その潜在的な負担は数字として見積もられます。詳しくは「労務デューデリジェンスとは」をご覧ください。デューデリジェンス全体の流れは「デューデリジェンスとは」で解説しています。

優先順位の付け方|まず手をつけるべき三つの領域

すべてを一度に整えることは現実的ではありません。次の順序で取り組むことをお勧めします。

第一に、法令上の義務があるもの

常時使用する労働者が一定数以上の事業場では、就業規則の作成と届出が労働基準法上求められているとされています。また、時間外・休日労働を行わせる場合には労使協定の締結と届出が必要とされ、労働条件の明示についても定めがあるとされています。社会保険・労働保険の加入も同様です。これらは、未対応であること自体が法令上の問題になりますから、最優先で確認します。

第二に、金額に換算されるもの

労働時間の記録、割増賃金の計算方法、固定残業代を採用している場合のその設計、有給休暇の管理、退職金制度の有無と積立の状況。これらは、未整備の場合に潜在的な債務として見積もられる領域です。過去にさかのぼって完全に是正することは難しくても、現時点の運用を正し、記録を残し始めることには意味があります。

第三に、事業の継続に関わるもの

主要な取引先との契約関係、賃借している事業所の契約、許認可の有効性。とくに、売上の大きな取引先と契約書がない場合、買い手は「この取引は本当に続くのか」を判断できません。可能であれば、譲渡の話とは切り離した通常のタイミングで、基本契約の締結を進めておくとよいでしょう。

これらに対して、社内の細かな規程(旅費規程、慶弔規程など)は、優先度としては下がります。整っていれば印象は良いものの、なくても交渉の障害にはなりにくい領域です。

整備が間に合わない場合、どう説明するか

譲渡の話が具体化してから整備を始めても、間に合わないものはあります。その場合の対応は、「隠さずに、把握して、示す」ことに尽きます。

具体的には、次のような整理を用意します。

  • どの書類が存在し、どの書類が存在しないのかの一覧
  • 存在しない理由(作成していない、紛失した、慣行として交わしていない)
  • その代わりに実態を示せる資料(発注書、メール、支払記録、勤怠の記録など)
  • 是正に着手している場合、その進捗と完了の見込み

買い手が最も懸念するのは、「聞いていなかったことが後から出てくる」ことです。先に申告された不備は、価格や契約条件の交渉材料にはなっても、信頼を損なうことはありません。逆に、デューデリジェンスで発覚した不備は、金額の問題を超えて「他にも隠していることがあるのではないか」という疑念を生みます。この疑念が、交渉を止める最大の要因になります。

また、契約書では、売り手が一定の事項について表明保証を行うのが通常です。未整備の部分について事前に開示しておけば、その範囲を表明保証の対象から外す形で整理できる場合があります。事前開示は、売り手自身を守る行為でもあるということです。詳しくは「表明保証とは」をご覧ください。

整備を進めるときの実務的な注意点

整備そのものにも、いくつか注意すべき点があります。

就業規則を新たに作る場合。内容によっては、これまでの運用と実態が食い違うことがあります。たとえば、支給実績のない手当を規程に書けば、支払義務が生じかねません。逆に、これまで支給してきたものを規程から外せば、労働条件の不利益な変更として問題になる可能性があります。作成にあたっては、社会保険労務士等の専門家に相談されることをお勧めします。

過去の是正をどこまで行うか。未払いが疑われる部分について、過去にさかのぼってどう扱うかは、慎重な判断が必要です。会社の資金繰りにも影響しますし、対応の仕方によっては別の問題を生むこともあります。専門家と方針を決めたうえで進めるべき領域です。

取引先との契約締結。これまで契約書なしで取引してきた相手に、突然「契約を交わしたい」と申し入れると、理由を尋ねられることがあります。譲渡を検討していることが伝わらないよう、伝え方には配慮が必要です。取引管理の見直しの一環として、時間をかけて進めるのが自然です。

議事録の整備。過去の株主総会・取締役会について、実際には開催していない期間の議事録を後から作ることは適切ではありません。何が残っていて何が残っていないかを整理し、今後は適切に作成・保管する体制にすることが現実的な対応です。

労務、契約、会社法上の手続に関する対応は、いずれも個別の事情によって適切な方法が異なります。実行にあたっては、社会保険労務士・弁護士・税理士等の専門家に必ずご相談ください。

まとめ|完璧を目指さず、説明できる状態を目指す

書類が整っていないことを理由に、M&Aを諦める必要はまったくありません。中小企業のデューデリジェンスは、不備が見つかることを前提に行われており、実務ではその扱いを協議しながら進めていきます。

大切なのは、自社の状態を自分で把握していることです。何が足りないかを分かっていて、説明でき、是正の見通しを示せる会社は、書類が不十分でも信頼を得られます。反対に、把握していない会社は、実態以上に厳しく評価されがちです。

そして、整備には時間がかかります。譲渡を具体的に考え始めた段階で着手すれば、1年から2年のうちに主要な部分は整えられます。これは価格を守るためであると同時に、会社そのものを健全にする作業でもあります。

当社プラチナパートナーズは、中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。書類の整備が進んでいない段階からのご相談も歓迎しており、必要に応じて専門家と連携しながら準備を進めます。

よくあるご質問

A.3段階の優先順位で進めてください。第一に法令上の義務があるもの(一定規模の事業場での就業規則の作成・届出、時間外労働に関する労使協定、労働条件の明示)。第二に金額に換算されるもの(労働時間の記録、割増賃金の計算方法、固定残業代の設計、有給休暇の管理、退職金制度と積立の状況)。第三に事業の継続に関わるもの(主要取引先との契約、事業所の賃貸借、許認可)です。
A.「隠さずに、把握して、示す」ことに尽きます。どの書類が存在し、どれが存在しないのかの一覧、存在しない理由(作成していない、紛失した、慣行として交わしていない)、代わりに実態を示せる資料(発注書、メール、支払記録、勤怠の記録)、そして是正に着手しているならその進捗と見込みを用意してください。先に申告された不備は、交渉材料にはなっても信頼を損ないません。
A.内容によっては、これまでの運用と実態が食い違うことがあります。また、未払いが疑われる部分を過去にさかのぼってどう扱うかは慎重な判断が必要です。契約書なしで取引してきた相手に突然締結を申し入れると、理由を尋ねられることもあります。いずれも進め方に工夫が要る領域ですので、社会保険労務士・弁護士・税理士にご相談のうえ着手してください。

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書類が揃っていない段階のご相談も歓迎です。

相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。ご相談に費用はかかりません。
メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら