製造の拠点を海外に置いている、販売会社を現地に設けている、かつて進出したが現在は休眠状態——中小企業でも、海外に子会社を持つケースは珍しくありません。こうした会社を売却する場合、国内だけで完結する案件に比べて、確認すべき事項がはっきりと増えます。
本稿では、海外子会社を持つ会社のM&Aで論点になりやすい税務上のポイントを、日本側・現地側に分けて整理します。国ごとに制度がまったく異なるため、本稿は「何を確認すべきか」の地図として読んでいただき、具体的な適用は必ず税理士や現地の専門家にご確認ください。
海外子会社があると、なぜ確認事項が増えるのか
理由は単純で、関係する税務当局が一つではなくなるからです。日本の税制に基づく確認に加えて、子会社が所在する国の税制、そして両国の関係を定める租税条約まで視野に入れる必要があります。
さらに、実務面でも次のような事情が重なります。
- 会計基準・帳簿の様式が違う:現地基準で作成された財務諸表を、日本側の視点で読み解く作業が必要になります。
- 資料の言語と入手のしやすさ:現地の税務申告書や当局とのやり取りが日本語ではないため、確認に時間がかかります。
- 買い手の候補が絞られる:海外拠点の運営に慣れていない買い手にとっては、負担と映ることがあります。
つまり、税務の論点であると同時に、スケジュールと買い手の幅の問題でもあるということです。早い段階で状況を把握しておくほど、選択肢は広く保てます。
日本側の主な論点|合算税制と移転価格
外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)
一定の要件に当たる外国子会社の所得を、日本の親会社の所得に合算して課税する仕組みがあります。実体のある事業を現地で行っているかどうか、所得の性質はどうかといった観点から判定されるもので、過去の申告で適切に判定・申告されてきたかが、買い手の関心事になります。休眠状態の子会社や、資産の保有を主な目的とする子会社がある場合は、特に確認が必要です。
移転価格
親会社と海外子会社の間で行われる取引(製品の売買、ロイヤルティ、業務委託、資金の貸付など)の価格が、独立した第三者間の価格と乖離していないかという論点です。中小企業では、価格設定の根拠となる文書が整備されていないことが少なくありません。過去の取引条件について説明できる資料があるかどうかが、税務デューデリジェンスでの評価を左右します。
子会社からの資金の還流
海外子会社に資金が滞留している場合、それを日本側に戻す際の課税関係(現地の源泉税、日本側での取り扱い)が論点になります。買い手にとっては「その資金は実際に使えるのか」という関心につながるため、価格の議論にも影響し得ます。
貸付金・保証
親会社が子会社に貸し付けている資金、親会社が差し入れている保証がある場合、その扱いをM&Aでどう整理するかを決める必要があります。回収可能性の評価が価格に反映されることもあります。
現地側の主な論点|譲渡課税・規制・許認可
日本の親会社の株式を譲渡するかたちであっても、現地で確認すべき事項が生じることがあります。
- 間接譲渡への課税:国によっては、現地法人の株式を直接売買しなくても、上位の親会社の支配が変わることをもって課税や届出を求める制度を設けている場合があります。
- 外資規制・事前承認:業種によっては、外国資本の出資比率や支配権の変更に規制が及ぶことがあります。承認手続きが必要な場合、スケジュールに直接影響します。
- 許認可の維持:現地の営業許可や免許が、株主の変更によって影響を受けないかの確認が必要です。
- 契約上のチェンジ・オブ・コントロール条項:現地の取引契約や賃貸借契約に、支配権の変更に関する条項が入っていないか(「チェンジ・オブ・コントロール条項」)。
- 従業員に関する規制:雇用の承継や退職給付について、現地の労働法の確認が必要になることがあります。
これらは、日本の税理士だけでは判断が難しい領域です。現地の会計事務所・法律事務所への確認が必要になることを、スケジュールと費用の両面で織り込んでおく必要があります。
デューデリジェンスで見られること
買い手の税務デューデリジェンスでは、海外子会社について次のような点が確認されます(「税務デューデリジェンスとは」)。
- 現地での申告状況と、当局からの指摘・調査の履歴
- 親子間取引の内容と価格設定の根拠
- 合算課税の判定と、その根拠資料
- 未払いの税金、係争中の案件の有無
- 現地での源泉徴収義務の履行状況
- 子会社の休眠・清算を検討している場合、その手続きの見込みとコスト
指摘が出た場合、価格の調整だけでなく、最終契約における表明保証や特別補償の対象として扱われることがあります(「表明保証とは」)。売り手としては、指摘され得る点を先に把握し、説明を準備しておくことが最善の対応です。
一緒に譲るか、切り離すか|判断の考え方
実務では、海外子会社を対象に含めるかどうかが検討されます。判断の材料を整理します。
一緒に譲る場合
事業として一体であれば、そのまま譲るのが自然です。買い手が海外展開を望んでいる場合、むしろ評価される要素になります。ただし、上記の確認事項がすべて対象になるため、デューデリジェンスの範囲と期間は広がります。
切り離す場合
子会社が本業と関係が薄い、休眠状態である、買い手が明確に希望しないといった場合には、譲渡の対象から外すことが検討されます。その場合、株式を親会社の外に移す(オーナーや別法人が引き取る)手続きが必要になり、その移転自体に課税関係が生じます。また、清算するのであれば、現地の清算手続きに相応の期間を要することが一般的です。「M&Aが決まってから清算しよう」では間に合わないことが多い点に注意が必要です。
いずれを選ぶにせよ、判断は早いほうが有利です。切り離すなら手続きの時間が要り、一緒に譲るなら資料の整備に時間が要る。どちらにしても、時間が最も効く準備になります。
まとめ|時間の余裕が最大の準備になる
海外子会社を持つ会社の売却では、日本側の合算税制や移転価格、現地側の譲渡課税・規制・許認可といった論点が加わります。どれも「調べれば分かる」性質のものですが、調べるには時間と現地の専門家が必要です。
逆に言えば、事前に整理さえできていれば、海外拠点は売却の障害ではなく、買い手にとっての魅力になり得ます。具体的な適用は必ず税理士および現地の専門家にご確認ください。当社では、海外子会社を含む案件について、論点の洗い出しとスケジュールの設計、専門家との連携をお手伝いしています。まずは現状をお聞かせください。