消費税の納税義務は、原則として2年前(基準期間)の課税売上高で決まります。M&Aによってこの判定が変わることがあり、気づかないまま申告を怠ると加算税の対象になります。売り手と買い手それぞれの論点を整理します。
納税義務の基本
消費税の納税義務は、原則として基準期間(個人は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高が1,000万円を超えるかで判定します。
これに加えて、特定期間(前事業年度の上半期)の課税売上高または給与等支払額が1,000万円を超える場合にも納税義務が生じます。
インボイス制度の下では、適格請求書発行事業者として登録すれば、課税売上高にかかわらず課税事業者になります。登録しているかどうかが、判定の前提として効いてきます。
株式譲渡では、原則として変わらない
株式譲渡では会社そのものが変わらないため、課税売上高も基準期間も、そのまま引き継がれます。納税義務の判定に直接の影響はありません。
ただし例外があります。買い手が大規模な法人で、その会社が新たに設立された法人である場合などには、特定新規設立法人の判定が関わることがあります。
また、グループに入ったことでグループ内取引が増えると、課税売上の構成が変わります。免税事業者との取引の扱いや、経過措置の適用にも影響し得ます。買い手側の税理士との調整が要ります。
事業譲渡では、課税売上高が大きく動く
事業譲渡では、譲渡する資産のうち課税対象のものについて課税売上が立ちます。棚卸資産、建物、機械、そしてのれんです。土地と有価証券は非課税です。
金額が大きいため、その事業年度の課税売上高が跳ね上がることがあります。結果として、翌々事業年度の納税義務の判定が変わる可能性があります。
事業を譲渡した後も会社を継続する場合、この点を見落とすと「免税事業者のつもりでいたら課税事業者だった」という事態が起こります。譲渡の翌々期まで見通して確認してください。詳しくは事業譲渡とのれんの消費税をご覧ください。
簡易課税を使っているとき
基準期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者は、届出により簡易課税制度を選べます。実際の仕入れにかかった消費税ではなく、みなし仕入率で計算する方法です。
事業譲渡で課税売上高が5,000万円を超えると、翌々期は簡易課税が使えなくなります。原則課税に戻るため、帳簿の付け方も変わります。
逆に、事業を譲渡して規模が小さくなった場合、簡易課税を選べるようになることもあります。選択の届出には期限があります。原則として適用を受けようとする課税期間の開始の日の前日までです。期限を過ぎると1年待つことになります。
買い手側の論点
買い手にとっては、支払った消費税が仕入税額控除の対象になるかが最大の関心事です。
事業譲渡で数千万円の消費税を支払っても、控除できれば実質的な負担は残りません。ただし、課税売上割合が低い事業者(非課税売上が多い事業)では、全額を控除できないことがあります。
控除を受けるには適格請求書(インボイス)が必要です。売り手が適格請求書発行事業者として登録しているか、請求書に登録番号が記載されるかを、契約の段階で確認しておきます。
インボイスの登録は引き継がれるか
株式譲渡では会社が変わらないため、登録もそのまま続きます。登録番号も変わりません。
事業譲渡では、事業が移る先の法人が自ら登録している必要があります。買い手が新設法人の場合、登録が間に合わないと取引先が仕入税額控除を受けられません。取引先からの信用に直結します。
会社分割の場合も同様で、承継会社の登録状況を確認してください。クロージング後すぐに請求書を出す必要がある事業では、この確認を怠ると混乱します。
届出の期限に注意する
消費税には、期限を過ぎると1年待つことになる届出がいくつもあります。
簡易課税制度選択届出書、課税事業者選択届出書、そしてそれぞれの不適用届出書。いずれも原則として、適用を受けようとする課税期間の開始の日の前日までです。
M&Aの前後は、決算期の変更や事業年度の区切りが動くことがあります。「いつまでに何を出すか」を、税理士と一覧にしておいてください。期限を過ぎてから気づいても、取り返しがつきません。
誰が申告するのか
最後に実務的な点を。事業譲渡を行った事業年度の消費税の申告は、譲渡した側の会社が行います。会社は残るからです。
株式譲渡では、会社がそのまま申告を続けます。ただしクロージングの後は、申告するのは買い手の下にある会社です。前オーナーが関与していた期間の取引について、資料の引き継ぎが必要になります。
「クロージング後に前期分の申告で質問が来たが、答えられる人がいない」という事態を避けるため、経理資料の所在と、質問に答えられる人を引き継ぎ計画に入れておいてください。