「事業譲渡にする」と決めたあと、実務で最初につまずくのが会社法上の手続きです。株式譲渡であれば株主が変わるだけですが、事業譲渡は資産と契約を一つずつ移していく取引です。何に決議が要り、何が自動では移らないのかを先に把握しておくと、日程の組み立てが大きく変わります。

事業譲渡は「会社」ではなく「事業」を売る取引

株式譲渡は、会社の株主が入れ替わる取引です。会社という器はそのまま残るため、会社が結んでいる契約も、持っている許認可も、雇っている従業員との労働契約も、原則としてそのまま続きます。

これに対して事業譲渡は、会社が持っている事業を、資産・負債・契約の集合として買い手に引き渡す取引です。譲渡する側の会社は残り、対価は会社に入ります。買い手にとっては簿外債務や過去の紛争を切り離しやすく、売り手にとっては一部の事業だけを手放して本業を続けるという選択ができます。

一方で、移すものを一つずつ特定し、相手方の同意を取りながら移していく必要があります。「会社ごと渡す」株式譲渡に比べて、手続きの量は明らかに多くなります。ここを軽く見積もったまま日程を組むと、後半で必ず苦しくなります。

株主総会の特別決議が必要になる場合

会社法は、事業の全部の譲渡と、事業の重要な一部の譲渡について、株主総会の特別決議を求めています(会社法467条)。特別決議とは、議決権の過半数を持つ株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成で成立する決議です(同309条2項)。

ただし例外があります。譲渡する資産の帳簿価額が会社の総資産額の5分の1を超えない場合には、株主総会の決議は不要とされています(いわゆる簡易事業譲渡)。定款でこれより厳しい基準を定めている会社もあるため、実際には定款を確認したうえで判断します。

オーナーがほぼ全株を持つ会社では、決議そのものは形式的に見えるかもしれません。それでも議事録は必ず作成し、保管してください。買い手のデューデリジェンスでは、決議の有無と議事録の体裁が確認されます。決議を経ていない事業譲渡は、効力を争われる余地を残します。

反対株主の株式買取請求

事業の全部または重要な一部の譲渡に反対する株主は、自分の株式を公正な価格で買い取るよう会社に請求できます(会社法469条)。これを株式買取請求権といいます。

会社は効力発生日の20日前までに株主へ通知または公告を行い、反対株主は効力発生日の前日までに請求をします。価格がまとまらなければ、裁判所に価格の決定を申し立てることができます。

オーナー一人の会社では問題になりませんが、親族や元役員、取引先が少数株主として残っている会社では、事前に想定しておくべき論点です。買取価格の争いは譲渡そのものを止めはしないものの、資金の流出と時間の消耗を招きます。少数株主がいる場合は、決議の前に個別に説明の機会を持つことをお勧めしています。

契約・許認可・従業員は、自動では移らない

事業譲渡でもっとも誤解が多いのがここです。会社法の手続きを済ませても、個々の契約や許認可、労働契約が当然に買い手へ移るわけではありません

契約は、相手方の承諾を得て契約上の地位を移転する手続きが要ります。賃貸借契約、リース契約、継続的な売買基本契約。どれも貸主や取引先の同意が前提です。同意を得る過程で譲渡の事実が外部に伝わることも想定しておく必要があります。

許認可は、原則として引き継がれません。買い手が自ら取り直すか、業法上の承継制度があればそれに従います。建設業、運送業、飲食業、医療・介護の指定など、業種によって難易度も期間も大きく違います。許認可の取得に要する期間が、クロージング日を実質的に決めてしまうことも珍しくありません。

従業員の労働契約を買い手に移すには、本人の個別同意が必要です(民法625条1項)。会社が一方的に決めることはできません。

譲渡会社に課される競業避止義務

事業を譲渡した会社は、法律上、当然に競業避止義務を負います。会社法21条は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村と隣接する市町村の区域内で、20年間、同一の事業を行ってはならないと定めています。特約で延長する場合でも30年を超えることはできません。

ここは実務で見落とされがちです。「一部の事業だけを譲渡して、本業は続ける」つもりでいたのに、譲渡した事業と本業の線引きが曖昧だったために、後から争いになることがあります。契約書で、譲渡の対象と競業避止の範囲を具体的に書き分けておくことが、双方の安心につながります。

日程は「同意を取る作業」から逆算する

事業譲渡の日程は、決議の日から数えるのではなく、同意を取る作業から逆算して組みます。取引先への承諾依頼、従業員への個別説明、許認可の申請。いずれも相手のある話で、こちらの都合では動きません。

実務の順序としては、まず移転対象を特定した一覧(資産・契約・許認可・従業員)を作り、それぞれについて「誰の同意が要るか」「取得にどれくらいかかるか」を書き込みます。この一覧ができた時点で、現実的なクロージング日が見えてきます。

そのうえで、株主総会の決議、契約の締結、承諾取得、クロージングという順に日程を置きます。全体像はM&Aの流れのページも併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の手続や課税関係は、会社の状況や契約の定めによって異なります。弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.事業の全部、または重要な一部の譲渡にあたる場合に特別決議が必要です(会社法467条)。譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1を超えない場合は決議が不要とされています。ただし定款でより厳しい基準を定めている会社もあるため、定款を確認したうえで判断してください。決議が必要な場合、議事録は必ず作成・保管してください。
A.契約上の地位を移す以上、相手方の承諾が必要になるため、いずれかの段階で伝えることになります。伝える順番とタイミングは設計できますが、完全に伏せたまま完了させることはできません。どの取引先に、いつ、誰から伝えるかを事前に決めておくことをお勧めしています。
A.その従業員の労働契約は買い手に移りません。譲渡会社に残るか、本人と協議して別の道を探すことになります。だからこそ、条件面を含めた説明を丁寧に行い、同意を得られる状態をつくることが実務の中心になります。

Free Consultation

事業譲渡か、株式譲渡か。

どちらの方法が向いているかは、事業の中身と、移すものの数で変わります。
相談料・着手金・月額報酬はいただきません。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。まずはお話をお聞かせください。

無料相談を申し込む

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら