「クロージングはいつにしますか」と聞かれて、深く考えずに決めてしまう方がいらっしゃいます。ところが決算期のどこに置くかで、申告の手間も、役員退職金の扱いも変わります。実務でどう考えるかを整理します。
株式譲渡では、会社の事業年度は変わらない
まず前提です。株式譲渡では、会社そのものは変わりません。株主が入れ替わるだけなので、会社の事業年度も、決算期も、そのまま続きます。
したがって「期中に譲渡したから決算を締め直す」といったことは、原則として起きません。会社は従来どおりの決算期で申告を続けます。
ただし、買い手が自社の決算期に合わせたいと考えることがあります。グループの連結決算の都合です。この場合、譲渡後に定款を変更して決算期を変えることになり、その事業年度は短くなります。
期の途中で譲渡すると、業績はどちらのものか
会社の利益は、事業年度全体で計算されます。期の途中で株主が代わっても、その期の利益は会社のものであり、期末時点の株主に帰属します。
ここが交渉の論点になります。売り手としては「自分が経営していた期間の利益は自分のもの」と考えたくなりますが、株式を譲渡した以上、その後の配当を受ける権利はありません。
実務では、譲渡価格にこの点を織り込むか、クロージング前に配当を実施するといった調整が行われます。どちらも税務上の検討が要るため、税理士と相談のうえ設計してください。
役員退職金は、どの期に計上されるか
オーナーが退任する際の役員退職金は、会社にとって損金です。これがどの事業年度に計上されるかで、会社の税負担が変わります。
原則として、株主総会の決議によって支給額が確定した日を含む事業年度の損金となります。実際の支払いが分割になる場合の扱いには例外的な取り扱いもあるため、確認が要ります。
ここで問題になるのが、その期の利益と退職金の大きさのバランスです。利益が小さい期に多額の退職金を出せば欠損が生じ、繰越欠損金として残ります。買い手にとっては将来の節税材料になりますが、その分の評価は交渉次第です。
期末直前のクロージングは避けたい
実務の感覚として、決算期末の直前は避けたほうが扱いやすいと考えています。
理由は三つあります。第一に、決算作業とクロージングの実務が重なること。経理の負担が集中します。第二に、期末の数字が確定していない状態で価格調整を行うことになり、精算が複雑になること。第三に、役員退職金の決議と支給を、慌ただしい中で行うことになることです。
逆に、期首から数か月後であれば、前期の決算が確定しており、数字の説明もしやすくなります。
月末か、月初か
細かい話ですが、月末付けにするか月初付けにするかでも実務が変わります。
社会保険は月末時点の所属で保険料の負担が決まります。給与の締め日と支給日の関係もあります。役員報酬の日割りをどうするかという論点も生じます。
実務では月末または月初に合わせることが多く、中途半端な日付は避けられる傾向があります。給与計算の担当者と社会保険労務士に、事前に確認しておくと安全です。
消費税の納税義務に影響するか
株式譲渡では、会社の課税売上高は変わらないため、納税義務の判定に直接の影響はありません。
ただし、買い手のグループに入ることで、特定新規設立法人の判定や、グループ内取引の扱いが変わる場合があります。また、事業譲渡を選んだ場合は課税売上高が大きく動くため、翌々期の判定に影響し得ます。
このあたりは会社の状況によって結論が変わります。方法を決める段階で税理士に確認してください。
買い手の都合も聞いておく
クロージング日は、売り手の都合だけでは決まりません。買い手にも事情があります。
上場企業であれば、取締役会の開催日や決算発表の時期が制約になります。ファンドであれば、資金の調達スケジュールです。金融機関から借入をする場合、融資の実行日が決まらないと動けません。
実務では、基本合意の段階で「目標とするクロージング日」を合意しておくことが多くあります。その日から逆算して、デューデリジェンス、契約締結、書類準備の日程を組みます。
早い段階で税理士を入れる
まとめます。クロージング日の設定は、税務と労務と実務の交差点にあります。
役員退職金の期、業績の帰属、社会保険の負担月、決算作業との重なり。どれも後から変えられません。基本合意の前後には、顧問税理士に日程の相談をしておいてください。
当社は、税理士の先生とご一緒のご相談も承っています。日程を決める打ち合わせに同席し、実務上の制約をお伝えすることもできます。