M&Aで最初に署名する書類が秘密保持契約(NDA)です。形式的なものと思われがちですが、ここで守られる範囲が、その後の情報開示の安全を決めます。読むべき箇所は多くありません。順に見ていきます。
誰と誰が、何のために結ぶのか
M&Aの過程では、少なくとも二種類のNDAが登場します。
一つは、売り手と仲介会社の間のもの。相談の段階で結び、預けた資料や相談の事実が外に出ないようにします。もう一つは、売り手と買い手候補の間のもの。企業概要書を渡す前に結びます。仲介会社が間に入り、買い手候補と結ぶ形も一般的です。
どちらも目的は同じです。検討のために渡した情報を、検討以外に使わせない。この一点に尽きます。
秘密情報の範囲をどう定めているか
最初に見るのは、何が秘密情報にあたるかの定義です。
広く定める型では「開示したすべての情報」とします。狭く定める型では「秘密である旨を明示したもの」に限ります。売り手としては広いほうが安全です。口頭で伝えた内容や、面談で見せた画面まで含まれるかを確認してください。
逆に、除外される情報の列挙も見ます。「既に公知のもの」「独自に開発したもの」「第三者から適法に入手したもの」などが典型です。ここが不自然に広いと、実質的に守られません。
目的外使用の禁止が入っているか
秘密保持と並んで重要なのが、目的外使用の禁止です。
「漏らさない」だけでは足りません。買い手候補が、開示された顧客リストや原価の情報を、自社の営業に使うことを止められないからです。「本件の検討以外の目的に使用しない」という条項が入っているかを確認してください。
あわせて、従業員の引き抜き禁止の条項が入っていることもあります。検討の過程でキーマンの名前を知った買い手候補が、破談後に直接接触することを防ぐものです。売り手にとっては入れておきたい条項です。
誰に開示してよいか
買い手候補は、社内の検討メンバーや、弁護士・会計士といった専門家に情報を見せる必要があります。そのため、開示が許される相手の範囲が定められます。
確認すべきは、その相手にも同等の義務を負わせるかです。「役職員および専門家に開示できる」とだけ書かれていて、その先の義務が書かれていない契約は、実質的に穴が空いています。
また、開示先の名簿を求められるかも見ます。誰が見たのかが分かる状態にしておくと、万一漏れたときの追跡ができます。
有効期間をどう設定するか
NDAには有効期間があります。M&Aの実務では、1年から3年程度とすることが多く見られます。
売り手としては長いほうが安全ですが、長すぎると相手が署名を渋ります。検討が進まなかった場合でも、開示した情報の価値が残る期間を考えて決めます。
注意したいのは、契約が終了しても秘密保持義務だけは残るという定め方をしているかどうかです。検討が中断した後こそ、情報が動きやすい時期です。存続条項があるかを確認してください。
返還と破棄をどう書くか
検討が終わったとき、渡した資料はどうなるのか。ここも定めておきます。
実務では、「返還または破棄」とし、破棄した場合はその旨を書面で証明するという形が一般的です。電子データが中心の時代では、クラウド上の複製やバックアップをどう扱うかも論点になります。
完全な消去を技術的に証明することは難しいため、「合理的な範囲で消去し、残存分にも義務が及ぶ」という書き方をすることもあります。実態に合わない約束を交わすより、現実的な条項のほうが機能します。
違反したときに何が起きるか
NDAは、破られたときに何ができるかが書いていなければ意味がありません。
実務では、差止請求と損害賠償が定められます。ただし、情報漏えいによる損害額を立証するのは容易ではありません。そこで違約金の定めを置く例もありますが、相手が署名を渋る要因にもなります。
現実的には、裁判で争うより、漏れないようにする設計のほうが重要です。開示する情報の段階を分け、初期は業種・規模・おおまかな業績だけ、ネームクリア後に詳細、という順序にします。資料の準備も併せてご覧ください。
署名の前に、持ち帰ってよい
NDAは定型的な書類ですが、その場で署名する必要はありません。持ち帰って確認する時間を取ることは、依頼者として当然の権利です。
とくに、相手方が用意した書式をそのまま使う場合は、上に挙げた点を一度読んでください。秘密情報の定義、目的外使用の禁止、開示先の義務、存続条項。この4つだけでも確認すれば、大きな穴は避けられます。
ご不安があれば、署名の前に弁護士にご確認ください。当社も、どこを見るべきかのご説明はいたします。