最終契約書は数十ページになります。全部を経営者が読む必要はありません。ただし弁護士に任せる前に、自分の目で見ておくべき箇所はあります。判断がご自身の生活に直結する部分だからです。7つに絞ります。
① 譲渡価格と、その調整の仕組み
まず価格です。ただし、契約書に書かれた金額がそのまま入金されるとは限りません。
価格調整条項が入っていることがあります。クロージング時点の純資産や運転資本が、基準額から増減した分を精算するという仕組みです。一見公平ですが、調整の計算方法と、いつ誰が確定させるのかが曖昧だと、後から揉めます。
確認すべきは、基準となる金額、対象となる項目、算定の期限、争いが生じたときの解決方法です。「後で協議して決める」とだけ書かれている契約は避けてください。
② 表明保証の範囲
表明保証は、「契約時点でこれらの事実が真実である」と売り手が保証する条項です。数ページにわたることも珍しくありません。
ここで見るのは、知り得ないことまで保証していないかです。「いかなる訴訟も存在しない」と断言すると、自分が知らない紛争があった場合にも責任を負います。実務では「売り手の知る限り」という限定を付けることがあります。
ただし、この限定を広く付けすぎると買い手が納得しません。本当に知らないことと、調べれば分かることを分けて交渉するのが現実的です。
③ 補償の上限と期間
表明保証に違反があった場合、売り手は補償する義務を負います。ここで確認するのは三つです。
上限。譲渡価格の何割までか。無制限になっていないか。期間。いつまで請求できるのか。一般には1年から3年程度ですが、税務関係は税務調査の期間に合わせて長くすることがあります。下限。少額の請求を排除する仕組み(一定額を超えた場合のみ請求できる等)があるか。
この三つは、譲渡後のご自身の生活に直結します。代金を受け取った後も、数年間は請求され得る立場に置かれるからです。
④ クロージングの前提条件
契約を結んでも、すぐに決済されるわけではありません。前提条件がすべて満たされて初めてクロージングします。
典型的なのは、許認可の承継、取引先の同意取得、金融機関の承諾、キーマンの雇用継続の合意などです。
売り手として見るべきは、自分でコントロールできない条件が入っていないかです。「主要取引先すべてから書面の同意を得ること」といった条件は、相手の都合で成否が決まります。満たせなかった場合に契約がどうなるのかも確認してください。
⑤ 競業避止義務の範囲と期間
譲渡後、同じ事業を行わないという約束です。買い手にとっては当然の要求ですが、範囲と期間が過度でないかを見てください。
確認するのは、対象となる事業の定義、地理的な範囲、期間です。「あらゆる関連事業」「全国」「10年」といった広い定めは、ご自身の今後の活動をほぼ封じます。
あわせて、従業員の引き抜き禁止と顧客への働きかけ禁止も確認します。事業譲渡の場合、会社法21条により当然に競業避止義務が生じる点にも注意が必要です(同一・隣接市町村、20年間)。
⑥ キーマン条項と、ご自身の残留義務
譲渡後、一定期間は会社に残ることを求められるのが一般的です。期間、役職、報酬、業務の範囲を確認してください。
ここが曖昧なまま署名すると、譲渡後に「話が違う」となります。実際に多いのは、期間だけ決めて役割を決めていないケースです。何を引き継ぎ、いつ終わるのかを書き込んでください。
健康上の理由などで長く残れない事情がある場合は、交渉の段階で伝えてください。後から言うより、条件に織り込むほうが双方のためになります。詳しくは譲渡後の社長の役割をご覧ください。
⑦ 解除事由
契約を結んだ後、どういう場合に解除できるのかを定めます。
見るべきは、解除の引き金が一方に偏っていないかです。買い手だけが広く解除できる契約では、クロージングまでの間、売り手は不安定な立場に置かれます。
また、重大な悪影響といった抽象的な文言で解除できる定めがある場合、その範囲を具体化しておくことをお勧めします。何が「重大」なのかで争いになります。
弁護士に渡すときに、伝えること
以上の7箇所を見たうえで、弁護士に渡してください。そのとき、「ここが気になっている」と具体的に伝えると、確認が早く深くなります。
弁護士は法的なリスクを見ますが、ご自身の事情(いつまで働けるか、家族の状況、今後やりたいこと)は伝えなければ分かりません。競業避止の範囲が生活に与える影響は、経営者本人にしか判断できません。
当社は、契約条項の意味のご説明と、交渉の同席をいたします。ただし法的な助言は弁護士の領域です。署名の前に必ず専門家にご確認ください。