M&Aの相談を進めると、ほどなく「では、この資料をお預かりできますか」という話になります。ところが多くの経営者様にとって、これが最初の心理的なハードルです。何をどこまで出せばよいのか、出した資料はどう扱われるのか、まだ決め切っていない段階で全部渡してよいのか——迷って当然です。本稿では、仲介契約(アドバイザリー契約)を結ぶ前後の段階で実際に求められる資料を、優先順位をつけて整理します。

なぜ契約前の段階で資料が必要になるのか

仲介会社が初期に資料を求めるのは、書類を集めること自体が目的ではありません。目的は三つあります。第一に、その会社が今どのような状態にあるのかを、社長の説明だけでなく数字で確認するため。第二に、想定される譲渡価格の水準を、感覚ではなく根拠をもってお伝えするため。第三に、買い手候補に説明できる材料が揃うかどうかを見極めるためです。

逆に言えば、資料がないままでは仲介会社は何も具体的なことを言えません。「おいくらくらいになりますか」というご質問に対して、決算書を拝見せずに答えれば、それは推測にすぎず、後で大きく食い違う原因になります。初期の資料提出は、社長にとっても「現実的な話をするための前提」なのです。

もう一点、売り手側の視点で重要なのは、資料を渡す相手は当面のあいだ仲介会社だけである、という点です。この段階の資料が買い手候補に直接渡ることはありません。仲介会社との間で秘密保持の取り決めを交わしたうえで預け、買い手へは加工・要約された形でしか出ていきません。この線引きについては「M&Aの秘密保持|情報漏洩を防ぐノンネーム・NDAの実務」でも整理しています。

まず揃える基本資料|会社の全体像がわかるもの

最初にお願いすることが多いのは、次のような資料です。特別なものはなく、通常は顧問税理士のもとや社内に保管されています。

  • 直近3期分の決算書一式(貸借対照表・損益計算書・販売費及び一般管理費の明細・製造原価報告書)
  • 直近3期分の法人税・地方税・消費税の申告書(勘定科目内訳明細書を含む)
  • 会社案内、パンフレット、ホームページのURLなど事業内容がわかるもの
  • 直近の試算表(決算から時間が経っている場合)

とくに勘定科目内訳明細書は、外から見えない部分が最もよくわかる資料です。売掛金の相手先、借入金の金融機関と残高、役員貸付金の有無、保険積立金の内容などが一覧になっており、価格の見立てにも、後々の論点の洗い出しにも使われます。決算書だけを出して内訳明細を出さないと、結局あとで質問が増えることになります。

3期分をお願いするのは、単年度の良し悪しではなく傾向を見るためです。一時的に大きな利益が出た年、逆に特殊要因で落ち込んだ年があれば、その事情を添えていただくと理解が早まります。数字の説明は、資料そのものよりも社長の言葉のほうが正確なことが少なくありません。

株式と株主に関する資料|最初に確認される論点

次に確認されるのが、株式の持ち方です。誰が何株持っているのかがはっきりしない会社は珍しくなく、ここが整理されていないと、話がどれだけ進んでも最後に止まります。買い手が買うのは事業そのものではなく株式だからです。

  • 定款(現在の内容がわかるもの)
  • 株主名簿
  • 履歴事項全部証明書(登記簿謄本)
  • 過去に株式の移動があった場合、その経緯がわかる書類

株主名簿が長年更新されていない、創業時に名前を借りた株主がそのままになっている、相続で株式が親族に分散している——こうした状態は、早い段階でわかればいくらでも手の打ちようがあります。逆に、最終契約の直前に判明すると、時間切れで条件が悪くなったり、取引そのものが流れたりします。詳しくは「株主名簿が整っていない会社|売却前に整えておくこと」をご覧ください。

なお、分散した株式を集める、名義を整えるといった作業には、税務上の扱いが絡みます。自己判断で株式を動かす前に、税理士や仲介会社に相談されることをおすすめします。

契約・許認可・不動産など、事業の土台にあたる資料

会社の価値は決算書だけでは測れません。誰と、どのような条件で取引しているのか。事業を続けるために何の許認可が要るのか。使っている拠点は自社のものか借りているものか。こうした「土台」の部分が、価格にも、買い手の関心にも直結します。

  • 主要な取引先との基本契約書(売上・仕入とも上位数社分)
  • 事業に必要な許認可・免許の写し(有効期限のわかるもの)
  • 賃貸借契約書(本社・工場・店舗など)、自社所有であれば不動産の登記事項証明書
  • 金融機関との金銭消費貸借契約書、保証内容がわかる資料
  • 従業員数の推移、組織図(氏名は伏せた形で構いません)

この中で見落とされやすいのが、契約書に含まれるチェンジオブコントロール条項です。株主が変わったときに相手方の承諾が必要になる、あるいは解約できるという定めで、主要な取引先や賃貸人との契約に入っていると、M&Aの進め方そのものに影響します。早い段階で確認しておく意味は大きく、「チェンジオブコントロール(COC)条項とは」で詳しく解説しています。

許認可については、株式譲渡であれば会社がそのまま許認可を持ち続けるのが原則ですが、業種によっては例外もあります。自社の許認可がどちらに当たるのかは、早めに整理しておくと安心です。

手元にない・整っていない資料はどうするか

ここまで読んで「うちはこんなに揃わない」と感じられた方も多いと思います。結論から申し上げると、それで問題ありません。中小企業で、これらがすべて完全な形で保管されている会社のほうが少数です。整っていないことは、相談を先送りする理由にはなりません。

大切なのは、ないものを「ない」と正確に伝えることです。議事録が残っていない、契約書が口頭のままになっている、株主名簿が実態と違う——こうした事情は、先に共有しておけば、進め方を組み立てる材料になります。隠したまま進めて買い手側の調査で発覚した場合のほうが、はるかに大きな損失につながります。整備の考え方は「議事録・押印書類が残っていない会社|M&A前に整えておくこと」も参考になります。

また、資料の準備は一度に全部やる必要もありません。実務上は、決算書と申告書という「動かない事実」から始め、話の進み具合に応じて追加していくのが通例です。最初の面談で決算書3期分と登記簿謄本があれば、話は十分に始められます。

顧問税理士に資料を依頼するときに、理由の説明に困るという声もよくいただきます。その場合は「金融機関に提出するため」「事業計画の見直しのため」といった伝え方で足りることがほとんどです。顧問税理士にいつ相談するかという論点は「M&Aと顧問税理士|いつ相談する?役割分担と連携の進め方」で整理しています。

まとめ|完璧に揃えてから相談するものではない

仲介契約の前後に求められる資料は、大きく三層に分けられます。第一層が決算書・申告書などの数字、第二層が定款・株主名簿・登記簿といった株式まわり、第三層が主要契約・許認可・不動産などの事業基盤です。第一層があれば話は始まり、第二層で進め方が決まり、第三層で論点が見えてきます。

そして、揃わない資料があること自体は、ほとんどの場合で障害になりません。むしろ問題になるのは、整っていない事実を伏せたまま進めてしまうことです。初期に正直に共有された不備は準備期間を使って直せますが、後半で出てきた不備は条件に跳ね返ります。

当社では、初回のご相談の段階で資料をお持ちいただく必要はありません。お話を伺ったうえで、その会社にとって本当に必要なものだけを順にお願いしています。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりませんので、資料が揃っていない段階でも、まずは現状をお聞かせいただければと思います。当社の進め方はM&Aの流れのページでもご覧いただけます。

よくあるご質問

A.仲介会社との間で秘密保持の取り決めを交わしたうえでお預けいただくのが前提です。この段階の資料が買い手候補にそのまま渡ることはなく、買い手へは会社が特定されない形に加工した資料からお出しします。取り決めの内容に不安があれば、締結前に条項をご確認ください。
A.決算書・申告書の控えは通常、社内にも保管されています。手元にない場合でも、提出理由を限定してご依頼いただくことは可能です。ただし最終的には税務の検討が必要になりますので、どの段階で顧問税理士に共有するかは、あらかじめご相談ください。
A.できます。直近の試算表がなくても、直近決算の数字と現在の状況を口頭で補っていただければ、おおよその方向性はお話しできます。数字の精度が上がるにつれて、お伝えできる内容も具体的になっていきます。

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相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。秘密厳守でご相談を承ります。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら