税理士・会計事務所の事業承継は、一般の会社のM&Aと決定的に異なる前提があります。税務代理・税務書類の作成・税務相談という税理士業務は、税理士(および税理士法人)にしか行えないという、税理士法上の制度です。この大前提があるため、事務所の承継先は資格者に限られ、承継の方法も独自の形を取ります。本稿では、所長の高齢化や後継者不在に悩む会計事務所のために、承継の選択肢と顧問先・職員の引き継ぎ方、対価の考え方を、確立された一般論の範囲で整理します。個別の制度運用は税理士会や専門家への確認を前提にお読みください。
大前提|税理士業務は資格者にしか行えない
税理士業務は税理士の独占業務であり、無資格者が行うことはできません。この制度上の大前提から、会計事務所の承継には次のような制約が生まれます。
- 承継先は税理士または税理士法人に限られる|資格を持たない事業会社が事務所の税理士業務をそのまま引き継ぐことはできない
- 個人事務所は「株式譲渡」ができない|個人事業として営まれる事務所には株式がなく、会社売却の枠組みがそのまま使えない
- 親族でも資格がなければ継げない|子どもがいても税理士資格がなければ、事務所の後継者にはなれない
中小企業全体の後継者不在率は50.1%(帝国データバンク2025年調査)にのぼりますが、会計事務所の場合は「後継者は資格者でなければならない」という条件が加わるため、承継のハードルはむしろ高いと言えます。所内に資格者が育っていない事務所では、外部の税理士・税理士法人への第三者承継が現実的な選択肢になります。
承継の選択肢|営業権譲渡・所長交代・税理士法人化
会計事務所の第三者承継で用いられる代表的な方法を、紹介レベルで整理します。どの方法にも制度上・実務上の細かな論点があるため、具体的な設計は税理士会のルールも確認しながら専門家と進めてください。
1. 営業権(顧問先契約)の譲渡
個人事務所の承継で広く用いられる方法です。事務所の最大の資産である顧問先との契約関係(営業権・のれん)を、他の税理士や税理士法人へ譲渡し、対価を受け取ります。顧問契約は依頼者との信頼関係に基づくため、譲渡には顧問先の理解と同意が不可欠であり、後述する引き継ぎの設計が対価以上に重要になります。
2. 後継税理士への所長交代
後継者となる税理士を事務所に迎え、一定期間の併走を経て所長を交代する方法です。前所長が顧問先との関係を丁寧に橋渡しできるため、顧問先の継続率を高めやすい進め方です。承継の対価は営業権の譲渡と組み合わせて設計されるのが一般的です。
3. 税理士法人化・税理士法人への合流
税理士法人は税理士を社員とする法人形態で、個人と異なり法人として業務が継続するため、承継の受け皿として機能します。自事務所を税理士法人化して後継の社員税理士へ引き継ぐ方法や、既存の税理士法人に事務所ごと合流する方法があります。近年は拠点網を広げる税理士法人が承継の受け皿となるケースも見られ、職員の雇用や顧問先へのサービス体制を維持しやすい点が特徴です。
いずれの方法でも、「誰が・いつから・どの顧問先を担当するのか」という実務の引き継ぎ設計が本体であり、書類上のスキームはそれを支える器にすぎません。
最大の論点|顧問先の引き継ぎをどう設計するか
会計事務所の価値の源泉は、長年の顧問契約に基づく安定した報酬と、その背後にある信頼関係です。しかし顧問契約は「所長先生だから任せている」という属人的な信頼で成り立っていることが多く、承継したからといって顧問先が自動的に残るわけではありません。引き継ぎでは次の点が重要になります。
- 引き継ぎ期間の確保|前所長が一定期間残り、後継者と一緒に顧問先を訪問して紹介する
- 顧問先ごとの説明|一斉通知で済ませず、主要な顧問先には個別に、体制と担当の変化を説明する
- 担当職員の継続|日常のやり取りを担ってきた職員が変わらないことは、顧問先にとって大きな安心材料になる
- サービス水準の維持|訪問頻度・報酬・対応スピードが急に変わらないよう、承継後の運営方針を擦り合わせる
実務では、繁忙期(確定申告期など)を避けて引き継ぎを開始し、決算期のサイクルに合わせて担当を順次移していくなど、業務カレンダーを踏まえたスケジュール設計が行われます。引き継ぎを急ぎすぎると顧問先の離脱を招き、結果として承継そのものの価値を損ねかねません。
職員の引き継ぎ|実務を回す人材こそ事務所の財産
会計事務所のもう一つの財産は、記帳・巡回監査・申告書作成の実務を担ってきた職員です。顧問先との日常の窓口は職員であることが多く、職員の継続勤務は顧問先の継続と表裏一体の関係にあります。
承継にあたっては、雇用と処遇を原則として維持する方向で条件を交渉し、承継先の体制(勤務地・業務ソフト・働き方)の変化をできるだけ小さくすることが定着の鍵になります。税理士法人への合流であれば、研修制度や福利厚生がむしろ充実する場合もあります。職員への発表は、一般のM&Aと同様、最終的な合意が固まってから、所長自身の言葉で丁寧に行うのが原則です。従業員への伝え方の考え方は「M&Aで従業員はどうなる?」も参考になります。
対価の考え方と契約上の注意点
会計事務所の承継対価は、顧問先との契約関係を中心とする営業権(のれん)の評価が中心になります。一般の会社の企業価値評価(「会社売却の相場と企業価値評価」参照)とは異なり、確立した公定の算式があるわけではなく、次のような要素を踏まえた当事者間の交渉で決まります。
- 顧問報酬の水準と構成(月次顧問・決算・記帳代行・相続などの内訳)
- 顧問先の業種・規模・年齢構成と、承継後の継続見込み
- 担当職員の継続性、所長への依存度
- 引き継ぎに前所長がどこまで関与できるか
契約上は、引き継ぎ後の顧問先の継続状況に応じて対価を調整する条項が設けられることもあります。また、承継後に前所長が近隣で同種の業務を再開すれば承継の前提が崩れるため、競業に関する取り決めが置かれるのが通例です。守秘義務の塊である顧問先情報の取り扱いも含め、契約書の設計は弁護士等の専門家の関与のもとで行ってください。
営業権譲渡の対価や退職金に関する税務上の取り扱いは、個別の事情によって異なります。ご自身の承継に関する税務は、必ず税務の専門家にご確認ください。
承継を成功させる準備と進め方
会計事務所の承継は、顧問先と職員という「人の信頼」を移す仕事であり、時間をかけるほど選択肢が広がります。準備として有効なのは次のような取り組みです。
- 顧問先情報の整理|契約内容・報酬・担当者・決算期を一覧化し、匿名ベースで開示できる形にしておく
- 業務の標準化|所長にしかできない業務を洗い出し、手順書化・職員への移管を進める
- 所内体制の見える化|職員の担当・経験・資格の状況を整理する
- 希望条件の明確化|引退の時期、引き継ぎに関与できる期間、職員の処遇など、譲れない条件を決めておく
M&A全体の流れは「M&Aの流れと進め方」で解説していますが、会計事務所の場合は繁忙期を避けた引き継ぎ設計が必要なぶん、早めのスタートが一層重要です。
当社プラチナパートナーズは、士業事務所を含む事業承継のご相談を承っています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。承継先となる税理士・税理士法人との橋渡しから、条件交渉・引き継ぎ設計まで、秘密厳守で伴走します。「まだ数年先の話」という段階のご相談も歓迎です。