デューデリジェンスで何も出てこない案件は、ほとんどありません。中小企業では管理体制が簡素なことが多く、未払残業、契約書の不備、名義の整理不足、税務上の論点といった事項は珍しくないからです。したがって、問題が見つかったこと自体は撤退の理由になりません。重要なのは、その問題が金額に置き換えられるのか、いつ表面化するのか、誰の責任なのかを整理し、適切な手当てを選ぶことです。本稿では、買い手の立場から4つの手当てと使い分けを整理します。
まず問題を仕分ける
発見事項は、次の3つの軸で仕分けます。この仕分けができれば、手当ての選択はほぼ自動的に決まります。
軸1|金額に置き換えられるか
未払残業の概算額、追徴の可能性がある税額、回収困難な売掛金、修繕が必要な設備——金額に換算できる問題は、価格や補償で処理できます。一方、許認可が承継できない、主要な契約に相手方の承諾が必要で見込みが立たない、といった問題は金額では解決しません。
軸2|いつ表面化するか
既に発生している負担なのか、将来発生するかもしれない可能性なのか。既に確定しているものは価格で調整しやすく、発生するかどうか不確実なものは補償や前提条件で扱うのが一般的です。
軸3|誰の期間に起因するか
実行前の事象に起因するものか、実行後の運営に起因するものか。前者は売主に手当てを求める根拠になり、後者は買い手が引き受ける領域です。境目があいまいな事項ほど、契約での定め方が重要になります。
| 問題の性質 | 主な手当て |
|---|---|
| 金額が確定していて、実行前の事象に起因する | 価格の調整、または実行前の解消を求める |
| 発生の可能性はあるが不確実 | 表明保証と補償、特別補償 |
| 解消できなければ買収の前提が崩れる | 実行前提条件(クロージング条件) |
| 金額に置き換えられず、解消の見込みもない | 撤退 |
手当て1・2|価格調整と、補償の設計
価格で調整する
最も分かりやすい方法です。判明した負担額を株式の対価から差し引く、あるいは実行までに売主の負担で解消してもらう形をとります。金額が確定していて、双方が事実として認識を共有できる事項に向いています。
注意すべきは、価格調整を求める際の伝え方です。根拠を示さずに減額だけを求めると、譲渡側の心証を著しく損ないます。どの資料から、どのように金額を算定し、なぜ売主の負担と考えるのかを説明することが、交渉を前に進めます。進め方は「M&Aの価格交渉|買い手との条件すり合わせと譲れない線の決め方」も参考になります。
表明保証と補償で備える
発生するかどうか不確実な事項は、売主に一定の事実を表明・保証してもらい、違反があった場合に損害を補償してもらう形で手当てします。設計の際に確認すべき点は次のとおりです。
- 対象範囲——どの事項について、どの水準の保証を求めるか
- 期間——いつまで請求できるか。税務や労務は期間の設定が論点になりやすい
- 金額の上限と下限——請求できる総額の上限、少額の請求を除く仕組み
- 知り得た事項の扱い——調査で判明していた事項を後から請求できるか
- 実効性——売主に支払能力があるか。対価の一部を留保する仕組みを置くか
特に最後の点は中小企業のM&Aで重要です。個人株主から株式を取得する場合、契約上の補償義務があっても、実際に回収できるかは別問題です。対価の一部を一定期間留保する、分割で支払うといった仕組みを組み合わせることがあります。表明保証の基本は「表明保証とは|M&A契約における売り手の責任範囲と補償」をご覧ください。
特定の問題には個別の補償を置く
調査で判明した具体的な問題は、一般的な表明保証ではなく、その事項に限った補償条項を設けることがあります。対象が明確になり、上限や期間も個別に設定できるため、双方にとって予見しやすくなります。
手当て3・4|前提条件を置く、そして降りる
実行の前提条件にする
金額では解決できないが、解消できれば問題がなくなる事項は、最終契約の実行前提条件として置きます。よく用いられるのは次のような事項です。
- 事業に必要な許認可について、承継または再取得の見込みが立つこと
- 主要な契約について、支配株主の変更に関する条項への対応が完了していること
- 株式の名義や株主名簿の整理が完了していること
- 経営者個人の資産と会社資産の分離が完了していること
- 特定の従業員が引き続き在籍していること
契約の引き継ぎに関する論点は「チェンジオブコントロール(COC)条項とは|契約引き継ぎの落とし穴」で扱っています。前提条件は、満たされなければ実行しないという強い定めですので、現実に満たせる内容かを見極めて設定する必要があります。
撤退の判断
次のような場合は、条件の工夫より撤退を検討すべきです。
- 事業の前提が崩れる——許認可が承継できず再取得の見込みもない、主要顧客との契約継続が見込めない
- 負担の全容が把握できない——問題の存在は分かるが金額の見当がつかず、上限も置けない
- 説明と事実が食い違う——重要な事項について、意図的な不開示や虚偽の説明があった
- 買収後に回せる見通しが立たない——キーマンの残留が見込めず、代わりを送り込むこともできない
3つ目は金額の問題ではなく信頼の問題です。仮に個別の問題を手当てできたとしても、開示されていない事項が他にある可能性を否定できません。
降り方にも作法がある
撤退する場合も、理由を整理して伝えます。譲渡側は時間と労力をかけて対応しています。曖昧なまま連絡を絶つことは、買い手としての評判に長く影響します。
伝え方と、その後の進め方
調査結果は早めに、まとめて伝える
発見事項を小出しにして、そのたびに条件を動かすと、譲渡側は「いつまで下げられるのか」と身構えます。調査が一段落した時点で、論点を整理して一度に提示するほうが、双方にとって進めやすくなります。
「事実」と「評価」と「要望」を分けて話す
- 事実——どの資料から何が確認されたか
- 評価——それが事業や価格にどう影響すると考えるか
- 要望——したがって、条件をどう見直したいか
この3つを混ぜて話すと、相手には「値切られている」としか伝わりません。分けて説明すれば、事実の確認からやり直すこともでき、議論が建設的になります。
売り手側の事情も踏まえる
中小企業では、管理体制が簡素であることに悪意がない場合がほとんどです。未払残業や名義の整理不足は、意図的な隠蔽ではなく、そこまで手が回っていなかっただけということが少なくありません。責める姿勢ではなく、解消の方法を一緒に考える姿勢のほうが、結果として速く解決します。
統合計画に引き継ぐ
調査で見つかった問題のうち、実行後に自社で改善していく事項は、統合計画に引き継ぎます。誰がいつまでに何をするかを、契約の締結前に決めておくと、実行後の立ち上がりが速くなります。進め方は「買収後100日プランとは|PMI初期にやるべきことの優先順位」をご覧ください。
まとめ|問題が出るのは前提、決め方を先に持つ
デューデリジェンスは、問題がないことを確認する手続きではなく、問題の中身と大きさを知るための手続きです。出てくることを前提に、金額に置き換えられるか、いつ表面化するか、誰の期間に起因するかという仕分けの物差しを先に持っておけば、慌てずに手当てを選べます。
そして、手当ての選択肢のなかには常に「降りる」が含まれています。降りられる状態を保っておくことが、結果として良い条件で進める力にもなります。
当社では、買収をご検討の企業さまのご相談を成功報酬型で承っており、相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。調査結果を踏まえた条件の整理からご一緒できます。買い手の方向けの案内は「買収をお考えの方へ」にまとめています。