株式譲渡で株式を売るのは株主個人です。しかし仲介契約は、対象会社(法人)と結ぶこともあります。どちらを契約当事者にするかで、手数料を払う主体が変わり、その支出の税務上の扱いが変わり、買い手から見た印象も変わります。しかも、後から変えることは原則としてできません。本稿では、この選択をどう考えるべきかを整理します。税務上の判断は事情により分かれますので、必ず顧問税理士にご確認ください。

なぜ選択の余地があるのか

株式譲渡の当事者は、売り手側では株主です。買い手に株式を渡し、対価を受け取るのは株主個人です。会社そのものは取引の当事者ではありません。

にもかかわらず仲介契約を会社と結ぶ形があるのは、仲介会社が提供する役務の相手が、実務上は会社でもあるからです。企業概要書の作成には会社の資料が必要ですし、デューデリジェンスへの対応も会社が行います。役務の受け手を会社と捉える整理には、一定の合理性があります。

一方で、譲渡によって利益を得るのは株主です。株主が負担すべき費用を会社が払えば、実質的に株主への経済的利益の供与と見られる余地があります。ここが論点の中心です。

したがって、どちらにするかは「誰が役務の受け手か」と「誰が利益を得るか」のどちらを重く見るかという問題になります。取引の実態に即して判断すべきものであり、都合で選べるものではありません。

個人が契約当事者になる場合

オーナー個人を契約当事者とする形が、株式譲渡では基本になります。取引の当事者と費用の負担者が一致するため、整理として素直です。

項目内容
請求書の宛先オーナー個人
支払口座個人の口座。譲渡代金の入金口座から支払うのが通常
税務上の扱い株式の譲渡所得を計算する際の譲渡費用として扱われるのが一般的
消費税個人が事業者でなければ仕入税額控除の対象にはならない
買い手から見た印象売り手側の費用として整理されており、論点になりにくい

注意点は、中間金の資金繰りです。中間金は基本合意の時点で発生しますので、譲渡代金の受領前に個人の資金から支出することになります。当社の中間金は成功報酬額の10%で、成約時の成功報酬から全額を差し引きます(基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません)。ただし、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。

また、譲渡費用として認められる範囲は支出の内容によって判断が分かれます。仲介手数料のほか、名義書換に要した費用などが該当し得ますが、具体的な取扱いは顧問税理士にご確認ください

会社が契約当事者になる場合

対象会社を契約当事者とする形が採られることもあります。この場合に生じる論点を整理します。

  • 損金性——会社にとって事業関連性のある支出と言えるか。株主のための支出と見られないか
  • 役員給与としての認定——株主兼役員のための支出とされた場合、役員給与として扱われる余地があります
  • 買い手が引き継ぐ帳簿——譲渡後、会社の所有者は買い手に変わります。売り手側の費用が計上されている状態は、デューデリジェンスで必ず論点になります
  • 価格調整——買い手から、その支出分を価格に反映するよう求められることがあります
  • 消費税——会社が課税事業者であれば仕入税額控除の対象となり得ますが、株式譲渡が非課税売上であることとの関係で個別対応が必要になる場合があります

とくに買い手が引き継ぐ帳簿の点は、実務上の摩擦を生みます。買い手からすれば、自分が取得する会社のお金で、売り手が売却のための費用を払っている状態です。合理的な説明ができなければ、価格の交渉材料にされます。

会社を当事者とするなら、会社にとっての事業上の必要性を説明できるかを、契約の段階で税理士と確認しておく必要があります。事業譲渡のように会社自身が取引の当事者となる場合は、整理が異なります。

決めるタイミングと、変えられない理由

契約当事者は、仲介契約を結ぶ時点で決まります。そして原則として、後から変えることはできません。

理由は単純で、契約は締結時点の当事者間で効力を持つからです。すでに役務が提供された後で当事者を差し替えれば、その間の権利義務の帰属が不明確になります。仮に変更するとしても、双方の合意による契約の巻き直しが必要になり、実務上は容易ではありません。

また、税務上の位置づけも締結時点で決まります。「支払う段階になって、やはり会社から払うことにした」という処理は、契約の当事者と支払主体が食い違うことになり、後の説明が難しくなります。

したがって、この判断は仲介契約を検討する段階で、顧問税理士に相談すべき事項です。契約書の草案を受け取ったら、報酬条項とあわせて当事者の欄を確認し、税理士に見てもらってください。仲介契約全般の読み方は「M&A仲介契約(アドバイザリー契約)の読み方」で整理しています。

他の費用は、誰が払うのか

仲介手数料以外の費用についても、負担者の整理が必要です。項目ごとに考え方が異なります。

費目一般的な負担者留意点
買い手のデューデリジェンス費用買い手売り手が資料準備に要する社内コストは売り手側の負担
売り手側の弁護士費用売り手(株主または会社)誰のために助言を受けるかで整理する
株主名簿・議事録の整備会社会社の書類を整える作業であり、会社の費用として整理しやすい
譲渡後の確定申告株主個人個人の申告に関する費用
役員変更登記会社クロージング後、買い手側が手配することが多い

判断の軸は一貫しています。その支出が、誰のために、何を目的として行われるかです。会社の書類を整備する費用は会社、株主個人の申告に関する費用は個人、という整理になります。

費用の全体像は「M&Aで仲介手数料以外にかかる費用」で整理しています。それぞれの費用について、誰が負担するのが自然かを早い段階で決めておくと、クロージング前後の混乱を避けられます。

確認しておくこと

契約当事者の選択について、確認すべき事項をまとめます。

  • 契約書の当事者欄——誰の名前で契約するか。草案の段階で確認する
  • 請求書の宛先——契約当事者と一致しているか
  • 支払口座——契約当事者の口座から支払えるか
  • 税務上の扱い——顧問税理士の見解を、契約前に取っておく
  • 中間金の原資——譲渡代金の受領前に払える資金があるか
  • 買い手への説明——会社を当事者とする場合、説明できる整理になっているか

いずれも、契約を結ぶ前であれば選べることです。結んだ後では選び直せません。草案を受け取ってから署名するまでの間に、税理士に見てもらう時間を確保してください。急かされて署名する必要はまったくありません。

当社では、ご契約の前に契約当事者と請求書の宛先を明示し、想定される税務上の扱いについても税理士にご確認いただくようお伝えしています。ご相談の段階で費用が発生することはありませんので、契約の内容についてもご遠慮なくお尋ねください。

よくあるご質問

A.契約当事者と取引の実態によります。株式譲渡で対価を受け取るのは株主個人であるため、株主が負担すべき費用を会社が支払うと、経済的利益の供与や役員給与として扱われる余地があります。会社を当事者とする場合は、会社にとっての事業上の必要性を説明できる整理が必要です。取扱いは事情により分かれますので、必ず顧問税理士にご確認ください。
A.原則としてできません。契約は締結時点の当事者間で効力を持ち、すでに役務が提供された後で差し替えると権利義務の帰属が不明確になります。税務上の位置づけも締結時点で決まりますので、契約書の草案を受け取った段階で当事者の欄を確認し、顧問税理士に見てもらってください。
A.株式の譲渡所得を計算する際の譲渡費用として扱われるのが一般的ですが、支出の内容によって判断が分かれます。仲介手数料のほか名義書換に要した費用などが該当し得ます。譲渡所得の計算に直接影響しますので、領収書や契約書を保存したうえで、顧問税理士にご確認ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら