M&Aのプロセスに入ると、買い手から「株主名簿を見せてほしい」「役員の生年月日を教えてほしい」「主要取引先の一覧をいただきたい」といった依頼が届きます。これらの一部は、いわゆる反社会的勢力チェック(反社チェック)のために求められる情報です。日常の事業運営ではあまり意識しない手続きですが、M&Aでは避けて通れない確認項目のひとつであり、ここでつまずくと取引そのものが止まります。本稿では、反社チェックがなぜ行われるのか、どこまでが確認の対象になり得るのか、そして売り手として何を準備しておけばよいのかを、実務の流れに沿って整理します。
なぜM&Aで反社チェックが行われるのか
反社会的勢力との関係遮断は、いまや企業活動の前提です。政府の指針が示されて以降、企業には反社会的勢力との一切の関係を遮断することが求められるようになり、その流れを受けて、暴力団排除条例はすべての都道府県で施行されています。条例の内容は自治体ごとに差がありますが、事業者に対して、暴力団の活動を助長するような利益供与を行わないことなどを求める点は共通しています。
M&Aは、会社そのものを承継する取引です。買い手からすれば、取得した会社が反社会的勢力と関係を有していた場合、そのリスクをまるごと引き受けることになります。金融機関の取引が停止される、上場企業であれば適時開示や株主への説明を迫られる、行政手続や許認可に影響が及ぶ——影響は事業のあらゆる面に及び得ます。だからこそ買い手は、価格や事業内容の検討と並行して、この点を慎重に確認します。
そして、この確認は一方通行ではありません。売り手の側も、買い手が信頼できる相手かどうかを確認する必要があります。譲渡後も従業員が働き続け、取引先との関係が続くことを考えれば、相手方の素性を確かめるのは売り手の責務でもあります。実務では、双方が互いに確認し合う形で進むのが通例です。
確認の対象になり得る範囲|会社・株主・役員・取引先
「反社チェック」と一言で言っても、その範囲は案件によって異なります。一般に、確認の対象となり得るのは次のような層です。
| 対象 | 確認の趣旨 | 準備する情報の例 |
|---|---|---|
| 対象会社 | 法人そのものに問題がないか | 商号・所在地・法人番号・沿革 |
| 株主 | 実質的な支配者に問題がないか | 株主名簿、持株比率、法人株主の背後関係 |
| 代表者・役員 | 経営を担う個人に問題がないか | 氏名・生年月日・住所、過去の役員歴 |
| 主要取引先 | 継続的な取引関係に問題がないか | 主要な販売先・仕入先の一覧 |
| その他の関係先 | 資金の出し手や不動産の賃貸人など | 借入先、賃貸借契約の相手方 |
どこまで広げるかは、買い手の社内規程や業種の性質によって変わります。金融機関から買収資金を調達する場合には、金融機関側の基準に合わせて範囲が広がることもあります。買い手側の資金調達については「M&Aの買収資金はどう調達する?」もあわせてご覧ください。
なお、法人株主がいる場合には、その法人の株主構成まで遡って確認されることがあります。実質的な支配者を把握するという趣旨からすれば自然な話ですが、売り手として意外に手間がかかる部分でもあります。株主に法人が含まれる会社では、早めに資本関係の整理に着手しておくとよいでしょう。
どのタイミングで、どのように確認されるか
反社チェックは、M&Aのプロセスの中で複数回、段階的に行われます。
初期段階——アドバイザーによる確認
仲介会社やアドバイザーは、支援を開始する時点で依頼者の確認を行います。当社を含む多くの支援機関が、契約締結時に反社会的勢力に該当しない旨の表明を求める運用を採っています。これは支援機関自身のコンプライアンス上の要請であると同時に、後の段階で問題が発覚して当事者双方に無駄な労力を生じさせないための予防でもあります。
相手方の検討段階——買い手による初期確認
買い手は、案件の検討を本格化させる前に、対象会社と代表者について公知情報を中心とした初期的な確認を行います。この段階では概要レベルの情報で足りることが多く、売り手に細かな情報提供が求められるとは限りません。
デューデリジェンス——本格的な確認
基本合意の後、デューデリジェンスの一環として本格的な確認が行われます。株主名簿、役員名簿、主要取引先一覧などの資料提出を求められ、必要に応じてヒアリングも行われます。法務デューデリジェンスの一項目として扱われることが一般的です。
クロージング直前——最終確認
契約締結からクロージングまでに期間がある場合、その間に事情が変わっていないことを確認します。表明保証の内容がクロージング時点でも真実であることを、前提条件として求める設計が一般的です。
確認の方法は、公知情報の調査、当事者からの表明・誓約の取得、必要に応じた専門機関への照会など、複数を組み合わせるのが通常です。具体的にどの手段を用いるかは買い手の社内基準によりますので、売り手としては「求められた情報を正確に、速やかに出す」ことに集中すれば十分です。
契約書の暴力団排除条項と表明保証
調査による確認と並んで重要なのが、契約による手当てです。M&Aの契約書には、次の二つの形で反社会的勢力に関する定めが置かれるのが一般的です。
暴力団排除条項(反社条項)
秘密保持契約の段階から最終契約に至るまで、多くの契約書に置かれる条項です。一般には次のような内容が相互の約束として定められます。
- 自身および自身の役員・主要株主等が反社会的勢力に該当しないこと
- 反社会的勢力に対して資金提供を行うなど、その活動を助長する行為をしないこと
- 反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有しないこと
- 暴力的な要求行為、法的責任を超えた不当な要求行為、風説の流布や偽計・威力を用いた信用毀損行為などを行わないこと
- これらに違反した場合、相手方は催告なく契約を解除でき、解除により違反者に損害が生じても賠償責任を負わないこと
最後の「無催告解除・損害賠償責任を負わない」という点が、この条項の実効性を支えています。通常の債務不履行と異なり、是正の機会を与えずに関係を断てるようにしておくのが、この条項の眼目です。
表明保証
最終契約では、売り手が対象会社および自身について、反社会的勢力との関係がない旨を表明保証することが求められます。表明保証に違反があった場合には補償の対象となり、事案によっては契約解除の根拠にもなります。表明保証の対象範囲(株主まで含むか、取引先まで含むか)や、「知る限り」といった限定を付すかどうかは交渉事項です。売り手として、自らが確認しようのない事項まで無限定に保証することのないよう、条項の文言は弁護士とともに確認してください。契約全体の構造は「基本合意書(LOI)と最終契約書(SPA)の違いと注意点」で解説しています。
売り手が事前に整えておくべきこと
反社チェックへの備えは、特別な作業ではありません。多くは「会社の基本情報を正確に整える」という、M&A準備そのものと重なります。
1. 株主名簿を最新かつ正確に
最も多いつまずきが、株主名簿の不備です。名義株(実際の出資者と名義人が異なる株式)や、相続によって所在不明になった株主が残っていると、実質的な支配者を確認できません。誰が何株を保有しているのかを、根拠資料とともに整理しておきます。これは反社チェックのためだけでなく、株式譲渡そのものの前提条件でもあります。
2. 役員・主要株主の基本情報を把握
氏名・生年月日・住所といった基本情報は、同姓同名の他人と取り違えないために必要とされます。個人情報ですので、提供にあたっては秘密保持契約の範囲と利用目的を確認したうえで、必要な範囲に限って提供します。
3. 主要取引先の一覧を整理
販売先・仕入先の上位先を、取引金額の規模感とともに整理しておきます。これは磨き上げの観点からも有用な作業です。
4. 気になる関係は先に共有する
最も大切なのはこれです。過去に取引を打ち切った相手、素性のはっきりしない紹介者、内容の不透明な支払い——気にかかることがあるなら、買い手に知られる前に、自社側のアドバイザーへ共有してください。事前にわかっていれば、事実関係を整理し、必要な手当てをしたうえで説明する準備ができます。デューデリジェンスの過程で買い手が先に見つけた場合、事実そのものよりも「隠していた」という印象が交渉に響きます。
グレーな関係が見つかったときの実務対応
調査の結果、明確に反社会的勢力と判明することは多くありません。むしろ実務で悩ましいのは、「白とも黒とも言い切れない」情報が出てきたときです。過去の報道記事に名前が出ている、関係者に不安のある噂がある、といったケースです。
こうした場合、一般的には次のような手順で対応します。
- 事実関係を確定させる——情報の出所と時期、内容の信憑性を確認する。古い記事や別人との混同であることも少なくない
- 現在の関係の有無を確認する——過去の一時的な取引であり、すでに関係が解消されているのか、現在も継続しているのか
- 解消の措置を検討する——関係が残っている場合、クロージングまでに解消することを前提条件として設計できるか
- 専門家の判断を仰ぐ——最終的な評価は弁護士に委ね、当事者の主観で「問題ない」と結論づけない
仲介者としての当社の立場から申し上げると、この局面で最も避けるべきは、曖昧なまま先に進めることです。取引を成立させたいという気持ちは双方にありますが、この論点は後から取り返しがつきません。事実を確定させ、専門家の判断を得たうえで、進めるか否かを判断する。時間はかかっても、その順序を崩さないことが結果的に双方を守ります。
まとめ
M&Aにおける反社チェックのポイントを整理します。
- 暴力団排除条例はすべての都道府県で施行されており、反社会的勢力との関係遮断は企業活動の前提となっている
- M&Aでは会社ごとリスクを承継するため、買い手・売り手の双方が相互に確認を行う
- 確認の対象は、対象会社に加えて株主・役員・主要取引先などに及び得る。範囲は案件ごとに異なる
- 調査による確認に加え、契約書には暴力団排除条項を置き、最終契約では表明保証で手当てするのが一般的
- 売り手の準備は、株主名簿の整備・役員および主要株主の基本情報・主要取引先一覧の三点が基本
- 不安のある事実は隠さず早期にアドバイザーへ共有する。後からの発覚のほうが影響は大きい
当社では、ご相談の初期段階から株主名簿や役員情報の整理をご一緒し、買い手からの確認依頼に落ち着いて対応できる状態を整えていきます。相談料・着手金・月額報酬は0円ですので、準備段階からお気軽にご相談ください。