飲食店・飲食企業の売却は、1店舗の個人店から数十店舗を展開する企業まで、規模も形もさまざまです。「体力のあるうちに店を譲りたい」「不採算店舗を整理して主力業態に集中したい」「後継者がいないが、屋号と従業員は残したい」——業界では、こうしたお悩みを抱える経営者様が増えているといわれます。飲食業のM&Aには、店舗という資産の特性上、他業種とは異なる論点がいくつもあります。本稿では、事業譲渡と株式譲渡の使い分け、買い手が見る店舗価値の考え方、営業許可や賃貸借契約の承継といった実務論点を、順を追って解説します。
飲食業界でM&A・店舗売却が増えている背景
飲食業界は参入障壁が低く競争が激しい一方で、食材費・人件費・水道光熱費の上昇が続き、価格転嫁が難しい業態では利益の確保が課題となっています。人手不足も深刻で、ホール・キッチンの採用難や店長候補の育成難が、多店舗展開の壁になっています。経営者の高齢化と後継者不在という構造的な問題も、他業種と同様に進行しています。
一方で、買い手側の需要は堅調です。飲食企業や異業種の参入企業にとって、既存店の取得は「立地・内装・設備・スタッフ・常連客」を一度に手に入れられる効率的な出店手段です。好立地の物件は新規に確保することが難しく、内装・厨房設備への初期投資も年々重くなっているため、「居抜き」以上の価値を持つ「営業中の店舗」の取得、すなわちM&Aへの関心が高まっています。ブランド力のある業態や、セントラルキッチン・独自の仕入れルートを持つ企業は、多店舗展開のプラットフォームとして評価されることもあります。
事業譲渡と株式譲渡|飲食業ならではの使い分け
飲食業のM&Aでは、対象をどう切り出すかによって、大きく二つの方法が使い分けられています。
事業譲渡|店舗単位で譲渡できる
事業譲渡は、店舗の内装・設備・在庫、そして事業に関する契約等を個別に譲渡する方法です。「複数店舗のうち1店舗だけを譲りたい」「法人は残して事業だけを譲渡したい」という場合に適しており、飲食業では店舗単位の譲渡が多いことから、広く用いられています。買い手にとっても、引き継ぐ資産・契約を選べるため、簿外債務を引き継ぐリスクを抑えやすいという利点があります。一方で、賃貸借契約や雇用契約は一つずつ相手方の同意を得て引き継ぐ必要があり、後述する営業許可も買い手側での取得が前提となるなど、手続きの数は多くなります。
株式譲渡|会社ごと引き継ぐ
株式譲渡は、飲食店を運営する会社の株式を譲渡し、経営権を移転する方法です。法人格が変わらないため、店舗の賃貸借契約や取引契約、フランチャイズ契約などは原則としてそのまま存続し(契約条項の確認は必要です)、複数店舗を一括で承継する場合には手続きが比較的シンプルになります。会社全体を譲渡してオーナー様が引退するケースや、屋号・ブランドごと承継してほしいケースでは、株式譲渡が選ばれることが多くなっています。ただし、買い手は会社の債務も含めて引き継ぐため、財務内容の透明性がより強く求められます。
どちらの方法が適しているかは、譲渡の目的・対象範囲・税務上の影響によって変わります。両者の一般的な違いは「株式譲渡と事業譲渡の違い」で詳しく解説しています。
「居抜き(造作譲渡)」と事業譲渡はどう違うのか
店舗を手放す方法を調べると、最初に出てくるのが「居抜き」——内装や厨房設備をそのまま次の借主に引き取ってもらう方法です。事業譲渡と同じものだと思われがちですが、譲る対象がそもそも違います。
居抜き(造作譲渡)は、内装・厨房設備・什器といった「モノ」を次の借主へ売る取引です。売上や利益、従業員の雇用、仕入先との取引、常連のお客様は引き継がれません。お店を閉めることが前提で、スケルトン(原状回復)工事の負担を避けられることが主な目的になります。譲渡の相手は、その物件に新しく入る借主です。
事業譲渡は、その店舗が生んでいる営業そのものを引き継ぐ取引です。設備に加えて、従業員の雇用、仕入先との取引、レシピやオペレーション、屋号や口コミといった、決算書に表れにくいものまで対象になります。営業を止めずに引き渡すのが一般的で、譲渡の相手は事業を続ける買い手です。
分かれ目は、いまの営業が買い手にとって価値を持つかどうかです。赤字が続き、続ける人も引き継ぐ人も見当たらないのであれば、居抜きで設備だけを引き取ってもらい、撤退の費用を抑える判断に合理性があります。反対に、黒字で回っている、常連客がついている、スタッフが定着している、といった店舗は、営業ごと引き継いだほうが評価されやすく、従業員の働く場も残ります。「閉めるしかない」と考えていた店舗でも、営業を続けたまま引き継げる可能性はあります。閉店を決める前に、両方を並べて比べておくことをおすすめします。
なお、どちらの方法でも物件の賃貸借契約の扱いは必ず論点になります。借主または賃借権の帰属が変わる以上、貸主の承諾が要るのが通常で、承諾が得られるか、条件の見直しを求められるかによって進め方が変わります。造作の所有権が誰にあるか、原状回復義務をどちらが負うかも、契約書の条項次第です。契約書の解釈や税務上の取り扱いは個別性が高いため、実際の判断は賃貸借契約書を確認のうえ、弁護士・税理士等の専門家にご相談ください。
店舗ビジネス全般の引き継ぎ方は「店舗ビジネスの承継」で、店をたたむ場合との比較は「廃業と会社売却の比較」で整理しています。
店舗価値の考え方|買い手は何を評価するのか
飲食店の価値は、単に「儲かっているか」だけでは決まりません。買い手は概ね次のような要素を総合して評価します。
- 立地と物件条件(駅からの距離、視認性、賃料の水準、契約の残期間・承継可否)
- 店舗別の収益性(売上・FL比率・営業利益)と客数・客単価の推移
- 業態・ブランドの独自性(メニュー、コンセプト、SNS・口コミの評価)
- スタッフの定着状況(店長・料理長が譲渡後も残るか、オーナーシェフへの依存度)
- 内装・厨房設備の状態と、今後必要な改装投資
- 仕入れルート・レシピ・オペレーションの再現性(マニュアル化の程度)
とくに重要なのが「オーナー様がいなくなっても、同じ味とサービスを提供し続けられるか」という再現性です。オーナーシェフの腕と人柄で成り立っている店は、それ自体が魅力である反面、譲渡後の継続性という点では慎重に評価されます。レシピや調理工程のマニュアル化、番頭役となる人材の育成は、店舗価値を高める確実な準備といえます。また、営業中の店舗としての価値が評価されるのは黒字店が基本ですが、赤字店舗でも立地や設備によっては買い手が付くことがあります。閉店・撤退と売却の比較は「廃業と会社売却の比較」をご参照ください。
営業許可・賃貸借契約など承継の実務論点
飲食業の承継では、次の実務論点を早い段階で確認しておく必要があります。
営業許可
飲食店の営業には、食品衛生法に基づく営業許可が必要です。株式譲渡で法人格が変わらない場合、法人が受けている許可は原則として存続します(変更の届出等は必要です)。一方、事業譲渡の場合は許可を当然には引き継げず、買い手側での許可取得等の手続きが前提となります。深夜酒類提供や風営法関連の届出・許可がある業態では、さらに個別の確認が必要です。手続きの詳細は、必ず管轄の保健所・警察署等および行政書士などの専門家にご確認ください。
賃貸借契約
店舗物件の賃貸借契約は、飲食店売却の成否を分ける論点です。事業譲渡では賃借人の名義変更(または新契約)について貸主の承諾が不可欠であり、株式譲渡でも契約書に「経営権の変動時には貸主の承諾を要する」といったチェンジ・オブ・コントロール条項が置かれていることがあります。貸主との交渉のタイミングと進め方は、案件全体のスケジュールに関わるため、仲介会社と相談しながら慎重に設計することをお勧めします。
従業員・取引先
事業譲渡では、従業員の雇用は個別の同意を得て新会社へ移す形が原則です。転籍への同意取得と処遇の設計、そして情報開示のタイミングは、店の運営を途切れさせないための重要なポイントになります。
売却を有利に進めるための準備
飲食店・飲食企業の売却を検討される際は、次の準備を進めておくと交渉がスムーズになります。
- 店舗別の損益を月次で整理し、季節変動も含めて説明できるようにする
- 賃貸借契約書・営業許可証・リース契約等の書類を揃え、契約条件を確認しておく
- レシピ・オペレーションのマニュアル化と、キーパーソンの処遇方針を考えておく
- 情報管理を徹底する(売却の噂はスタッフの離職や客足に影響しかねません)
- 希望条件(価格だけでなく、屋号の存続、スタッフの雇用継続など)に優先順位を付ける
小規模な店舗の譲渡は、いわゆるスモールM&Aとして進め方に固有の工夫があります。詳しくは「スモールM&Aとは」もあわせてご覧ください。
まとめ|「繁盛しているうち」が最良のタイミング
飲食店・飲食企業の売却では、①事業譲渡と株式譲渡の使い分け、②再現性を含めた店舗価値の整理、③営業許可・賃貸借契約の承継という三つの論点を押さえることが基本です。そして何より大切なのはタイミングです。店舗の価値は、客足とスタッフが維持されているうちにこそ高く評価されます。業績が下がり始めてからではなく、繁盛しているうちに選択肢を検討し始めることが、納得のいく承継への近道です。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、飲食業を含む中小企業・店舗のM&Aを初回相談から成約まで一気通貫でご支援しています。飲食業界のM&A支援の詳細は飲食業界のM&A支援ページを、現在ご紹介中の案件は譲渡案件をご覧ください。守秘義務を徹底のうえ対応いたしますので、どうぞお気軽にご相談ください。