「うちの会社は、いくらで売れるのか」——この問いに対して、中小企業のM&Aの現場で昔から使われてきたのが年買法(ねんばいほう。年倍法とも書きます)です。「時価純資産に、営業利益の数年分を上乗せする」という単純な考え方で、決算書があればすぐに目安を計算できることから、価格の当たりをつける場面で広く用いられてきました。一方で、年買法は理論的に厳密な評価手法ではなく、その限界を理解せずに使うと判断を誤るおそれもあります。本稿では、年買法の計算の仕組み、「何年分」の考え方、メリットと限界、他の評価手法との使い分けまでを整理します。
年買法(年倍法)とは|「時価純資産+営業利益の数年分」の簡便法
年買法とは、次の式で株式価値の目安を計算する方法です。
- 株式価値の目安 = 時価純資産 + 営業利益 × 数年分
式の前半の時価純資産は、貸借対照表の資産・負債を時価で評価し直したうえでの純資産です。帳簿上の純資産をそのまま使うのではなく、土地や有価証券の含み損益、回収が難しい売掛金、実態のない在庫などを反映して修正します。詳しくは「時価純資産法とは」で解説しています。
式の後半の営業利益×数年分は、「のれん(営業権)」に相当する部分です。会社の価値は、いま持っている財産(純資産)だけでなく、これから利益を生み出す力にもあります。その収益力を「営業利益の数年分」という形で簡便に数値化して上乗せする——これが年買法の発想です。「今後数年分の利益を先に買う」というイメージから「年買」と呼ばれます。
重要なのは、年買法が理論から導かれた手法ではなく、中小M&Aの現場で慣行的に使われてきた簡便法だという点です。会計基準や法令で定められた計算方法ではなく、「わかりやすく、それなりに納得感のある目安」を素早く得るための道具と位置づけるのが適切です。
計算の仕組みと手順|説明用の仮の数値で見る
仕組みを具体的にイメージしていただくため、計算例をお示しします。以下の数値はあくまで説明用の仮の数値であり、実際の評価水準や相場を示すものではありません。
| 項目 | 仮の数値 | 備考 |
|---|---|---|
| 帳簿上の純資産 | 2億円 | 貸借対照表の純資産の部 |
| 時価評価による修正 | ▲2,000万円 | 例:回収困難な債権・在庫の評価減など |
| 時価純資産 | 1億8,000万円 | ① |
| 営業利益(調整後) | 3,000万円 | 実態を反映した水準に調整 |
| 上乗せする年数 | 仮に3年分とした場合 | 年数は案件により異なる(後述) |
| のれん相当額 | 9,000万円 | ② = 3,000万円 × 3年 |
| 株式価値の目安 | 2億7,000万円 | ① + ② |
手順としては、(1)貸借対照表を時価ベースに修正して時価純資産を求める、(2)営業利益を実態ベースに調整する、(3)調整後の営業利益に一定の年数を乗じてのれん相当額とする、(4)両者を合計する、という流れです。
(2)の「営業利益の調整」は見落とされがちですが重要な工程です。中小企業の決算書上の利益は、役員報酬の水準や保険料など、経営者の方針によって大きく変わっているため、そのまま使うと収益力を正しく反映できません。この調整の考え方は「実質利益(正常収益力)とは」で詳しく解説しています。
営業利益を「何年分」見るかはどう決まるのか
年買法について最も多いご質問が「何年分を掛けるのが普通なのか」というものです。結論から申し上げると、決まった年数はなく、案件により異なります。「この業種なら何年分」という一律の相場を前提にすることは適切ではありません。実務では、次のような要素が年数の議論に影響します。
- 利益の安定性・再現性——毎期安定して利益が出ているか、特定の年だけ突出していないか
- 経営者への依存度——社長が退いても利益が続く体制か、属人的な売上に支えられていないか
- 顧客基盤の質——継続的な取引が見込める顧客構成か、特定先への集中がないか
- 業界の見通し——事業環境が拡大傾向か、縮小圧力にさらされていないか
- 買い手にとっての価値——買い手の事業との相乗効果(シナジー)がどの程度見込めるか
つまり「何年分か」は、機械的に決まる係数ではなく、会社の収益力の質に対する評価が凝縮された交渉のテーマです。同じ利益水準の会社でも、利益の中身や体制によって年数の議論は変わります。裏を返せば、売却をお考えの経営者様にとっては、利益の再現性を高め、経営の属人性を下げておくことが、この部分の評価を高める王道だといえます(「磨き上げ」の記事もご参照ください)。
年買法のメリットと限界
メリット|速く、わかりやすく、対話しやすい
- 計算が簡単——決算書があれば短時間で目安を出せる
- 直感的にわかりやすい——「財産+利益の数年分」という構造は、財務の専門家でなくても理解しやすい
- 交渉の土台になる——売り手・買い手の双方が同じ物差しで話しやすく、価格の対話の出発点をつくれる
中小M&Aで年買法が長く使われてきたのは、この「わかりやすさ」の価値が大きいからです。評価の初期段階で方向感を共有する道具としては、いまも有用です。
限界|将来やリスクを織り込む枠組みがない
- 将来の変化を反映しにくい——過去の営業利益をベースにするため、これからの成長や減速を織り込む仕組みがない
- リスクの大小を反映しにくい——事業の不確実性が高くても低くても、式の構造は同じ
- 年数の根拠が理論的に説明しづらい——「なぜその年数なのか」は最終的に交渉で決まる
- 買い手側の検証に耐えない場合がある——特に買い手が上場企業やファンドの場合、DCF法やマルチプル法での検証が前提となることが多い
要するに年買法は、目安をつかむ道具としては優れていても、価格の妥当性を論証する道具としては力不足です。この限界を理解したうえで使うことが大切です。
DCF法・マルチプル法との違い|使い分けの考え方
企業価値評価には、年買法のほかに代表的な手法として、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くDCF法、類似する上場会社の評価倍率を参照するマルチプル法(類似会社比較法)、資産・負債の時価に着目する時価純資産法などがあります。
| 手法 | 着眼点 | 特徴 |
|---|---|---|
| 年買法 | 時価純資産+利益の数年分 | 簡便で直感的。目安の把握に向くが、将来やリスクの反映は弱い |
| 時価純資産法 | 資産・負債の時価 | 財産価値に忠実。収益力の評価は別途必要 |
| DCF法 | 将来キャッシュフロー | 理論的だが、事業計画と割引率の置き方で結果が大きく動く |
| マルチプル法 | 類似上場会社の倍率 | 市場の視点を反映。類似会社の選定が結果を左右する |
実務では、どれか一つの手法だけで結論を出すのではなく、複数の手法で計算した結果を突き合わせ、幅をもって価値を捉えるのが基本です。年買法で得た目安を、マルチプル法やDCF法の視点から検証する、といった使い方が健全です。評価全体の考え方は「会社売却の価格はどう決まる」で体系的に解説しています。
まとめ|目安として使い、複数の視点で検証する
年買法(年倍法)は、「時価純資産+営業利益の数年分」で株式価値の目安をつかむ、中小M&Aの慣行的な簡便法です。速く、わかりやすく、対話の土台になる一方、将来の変化やリスクを織り込む枠組みを持たず、「何年分か」も案件ごとの交渉で決まります。
- 年買法は「目安を得る道具」であり、価格を確定する手法ではない
- 営業利益は決算書の数字のまま使わず、実態ベースに調整する
- 「何年分か」に一律の相場はなく、利益の質と交渉で決まる
- DCF法・マルチプル法など複数の視点での検証と組み合わせる
当社プラチナパートナーズでは、無料相談の段階で、貴社の決算書をもとにした株式価値の目安の考え方をご説明しています。数字の根拠を一つひとつ言葉にしてお伝えしますので、「まず自社の目安を知りたい」という段階でも、お気軽にお問い合わせください。