「借入が残っているのに、会社を譲れるのか」「銀行に知られたら、融資を引き上げられるのではないか」——譲渡の検討を始めた経営者様が、口には出さずに抱えていることの多いご懸念です。

いつ銀行に伝えるべきかというタイミングの論点は「M&Aを銀行に伝えるタイミング|融資・保証との関係で気をつけること」で扱っています。本稿はそれとは別の角度から、銀行の側がM&Aという出来事をどう評価しているのか、そして譲渡の前後で融資や保証がどう変わるのかを整理します。相手の見方がわかれば、必要以上に身構えずに済みます。

銀行が見ているのは、返済力と保証の所在

結論から申し上げると、金融機関がM&Aに際して確認したいことは、突き詰めれば2つです。

  • 貸したお金は、これまでどおり返ってくるのか(債務者の返済力)
  • 返せなくなったとき、誰が責任を負うのか(担保・保証の所在)

この2点が確保されるのであれば、株主が誰であるかは、銀行にとって本質的な問題ではありません。むしろ、後継者不在で先行きが不透明だった会社に、資力のある新しい株主が付くことは、債権者の立場からは前向きに評価されうる変化です。

「M&A=経営が苦しい」という受け止め方は、かつてはあったかもしれませんが、現在の金融機関の実務ではそうではありません。事業承継の手段として第三者への引継ぎは一般的な選択肢になっており、レコフデータの調べによれば2025年のM&A件数は5,000件を超え、2年連続で過去最多となっています。金融機関自身がM&Aの相談窓口を持っている場合も多くあります(「銀行からM&Aを提案されたら|金融機関経由の話の受け止め方」)。

とはいえ、伝え方と順序を誤れば、不必要な警戒を招くのも事実です。以下、具体的な論点を見ていきます。

株主が変わると、借入はどう扱われるのか

スキームによって扱いがまったく異なります。

株式譲渡事業譲渡
債務者会社のまま変わらない原則として売り手企業に残る。買い手が引き継ぐには個別の合意が必要
借入契約原則として継続。ただし契約条項の確認が必要原則として移転しない
担保そのまま維持されることが多い担保物件を譲渡する場合、抹消・設定の手続きが必要
経営者保証旧経営者の保証を外し、必要に応じて新経営者に切り替える交渉が生じる売り手企業に債務が残るため、保証も残るのが原則

中小企業のM&Aで多く用いられる株式譲渡では、会社そのものは変わりません。借りているのは会社であり、株主が交代しても債務者は同じです。したがって、借入をいったん全額返済する必要は原則としてありません。

ただし、契約条項の確認は必要

金銭消費貸借契約や取引約定書に、次のような条項が入っていることがあります。

  • 株主構成に重要な変動が生じた場合、事前に通知する(あるいは承諾を得る)
  • 財務制限条項(コベナンツ)に抵触した場合、期限の利益を喪失する
  • 代表者の変更、組織再編の際に届け出る

これらは、いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項に類するものです。実務上、通知を怠ったことで直ちに一括返済を求められるケースは多くありませんが、信頼関係の問題として、後から発覚するのは避けたいところです。検討の初期段階で、借入契約の写しを取り寄せて条項を確認しておいてください。

買い手が借入をどう見るか

買い手の視点も押さえておく価値があります。株式譲渡では会社の借入も一緒に引き継ぐことになるため、買い手は株式の対価と借入の合計で投資額を捉えます。借入が多ければ、その分だけ株式の評価は下がるのが通常です。なお当社の手数料も、株式価値に負債総額を加えた「移動総資産」を基準額とする方式を採っており、この考え方は料金体系のページで公開しています。

また、役員からの借入金(社長個人が会社に貸しているお金)がある場合は、譲渡の際に精算するのか、そのまま残すのかを決める必要があります。「役員借入金・役員貸付金がある会社の売却|買い手はどう見るか」で解説しています。

経営者保証は、いつ・どうやって外れるのか

経営者様にとって、最も切実な論点がこれです。会社の借入に個人保証を付けている限り、譲渡後も自宅や個人資産にリスクが残ります。「対価を受け取ったが保証は残った」という状態では、譲渡した意味が半減します。

自動では外れない

まず押さえるべきは、株式を譲渡しても保証契約は自動的には消滅しないということです。保証契約は、経営者個人と金融機関との間の契約だからです。株主でなくなり、代表者でなくなっても、金融機関が解除に応じなければ保証は続きます。

解除の一般的な流れ

  • ① 保証の棚卸し:どの借入に、誰の保証が、どの範囲で付いているかを一覧化する
  • ② 買い手との合意:保証を外すことを譲渡の条件とし、最終契約に盛り込む。買い手側の保証差し入れや、借入の借り換えを前提とすることもある
  • ③ 金融機関との協議:新しい株主・経営者の信用力、事業の継続性を説明し、解除を求める
  • ④ クロージングと同時、または直後に解除

ここで重要なのが②です。保証の解除を、最終契約のクロージング前提条件に位置づけておくと、実効性が大きく高まります。「努力する」という書き方にとどめると、後で扱いが曖昧になりかねません。

環境は改善している

近年、経営者保証をめぐる環境は明確に変わってきています。金融庁の公表によれば、経営者保証に依存しない新規融資の割合は2024年度上期で52%となっています。事業承継の場面で保証を求めない取り扱いも広がっており、以前より解除の交渉はしやすくなっています。詳しい実務は「経営者保証は外せるか|M&Aによる個人保証解除の実務」をご覧ください。

なお、買い手が大企業やファンドの場合、買い手側が保証を差し入れない方針であることもあります。その場合は、借り換えによって既存の借入を組み替えるなど、別の手立てを検討することになります。

譲渡後の資金調達は、良くなることも悪くなることもある

譲渡後、会社の資金調達環境がどう変わるかは、買い手の性格によって分かれます。

買い手のタイプ資金調達への一般的な影響
自社より規模の大きい事業会社親会社の信用力が背景となり、与信枠や条件が改善することがある。グループ内の資金融通が使える場合も
同規模の事業会社大きくは変わらないことが多い。新しい経営者の信用と事業計画次第
投資ファンド買収時に借入を用いる場合、会社の財務構成が変わることがある。買収後の資金計画を事前に確認しておきたい
個人の買い手個人の信用力が新たに問われる。金融機関との関係を一から作り直すことになる場合がある

売り手の立場から見て大切なのは、会社が譲渡後も資金繰りに困らない体制になるかという点です。従業員の雇用や取引先との関係を守りたいのであれば、買い手の資金力と、譲渡後の資金調達の見通しは確認しておくべき事項です。

また、譲渡前に金融機関との関係を良好に保っておくことも、間接的に効いてきます。返済遅延がない、期日どおりに試算表を提出している、といった日々の積み重ねは、譲渡の場面で必ず評価されます。

銀行との向き合い方|3つの実務論点

① 誰が、どの段階で伝えるか

原則として、方向性が固まってからです。検討の初期段階で相談すると、行内で情報が共有され、意図せず広がる可能性があります。一方、契約条項で事前通知や承諾が求められている場合は、その時期を守る必要があります。契約の内容を先に確認したうえで、伝える時期を設計してください。

② 説明の内容

金融機関への説明では、次の点を明確にします。

  • 譲渡の理由(後継者不在など、事実を簡潔に)
  • 買い手の概要と、事業を継続する方針であること
  • 借入の返済計画に変更がないこと
  • 経営者保証の扱いについての希望
  • クロージングの想定時期

買い手に同席してもらう形が、最も説得力があります。金融機関が知りたいのは新しい債務者の実像だからです。

③ メインバンクを買い手探しに使うかどうか

金融機関にM&Aの相談をすると、そのまま同行のM&A部門やグループ会社を紹介されることがあります。地域の企業情報に通じている点は大きな強みですが、相談することは依頼することとは別です。複数の相手の話を聞き、条件を比較したうえで依頼先を決めて差し支えありません。相談先ごとの特徴は「M&Aは誰に相談すべきか|銀行・税理士・仲介会社の違いと使い分け」で整理しています。

※ 借入契約の条項の解釈や、保証解除の可否は、金融機関ごと・契約ごとに判断が異なります。具体的な対応については、金融機関および弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

まとめ|借入があることは、譲渡の障害ではない

借入があるから会社を譲れない、ということはありません。株式譲渡であれば債務者は会社のまま変わらず、返済力と保証の所在が確保されるなら、金融機関にとって株主の交代は受け入れられる変化です。むしろ、後継者不在のまま時間が経つほうが、債権者から見ればリスクの高い状態です。

売り手として押さえるべきことは3つです。借入契約の条項を早めに確認すること。経営者保証の解除を、努力目標ではなく契約上の条件として組み込むこと。そして、伝える時期と説明の中身を設計してから金融機関に向き合うこと。

当社プラチナパートナーズでは、借入と保証の棚卸しから、金融機関への説明の設計、保証解除を前提条件として最終契約に落とし込むところまで、売り手様と一緒に進めています。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。借入や保証が気がかりで踏み出せないという段階のご相談も歓迎します。

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら

よくあるご質問

A.原則として、譲渡の方向性が固まってからです。検討の初期に相談すると行内で情報が共有され、意図せず広がる可能性があります。説明では、譲渡の理由、買い手の概要と事業を継続する方針、返済計画に変更がないこと、経営者保証の扱いについての希望、クロージングの想定時期を明確にします。買い手に同席してもらう形が最も説得力があります。金融機関が知りたいのは新しい債務者の実像だからです。
A.外れません。保証契約は経営者個人と金融機関との間の契約であり、株主が変わっても当然には消滅しません。実務では、保証の棚卸し、買い手との合意、金融機関との協議という順で進め、保証の解除を最終契約のクロージング前提条件に位置づけておくと実効性が高まります。金融庁の公表では、経営者保証に依存しない新規融資の割合は2024年度上期で52%です。可否の判断は金融機関ごとに異なります。
A.金銭消費貸借契約や取引約定書には、株主構成に重要な変動が生じた場合の事前通知や承諾、財務制限条項、代表者変更時の届出といった定めが入っていることがあります。実務上、通知を怠ったことで直ちに一括返済を求められる例は多くありませんが、後から発覚すると信頼関係の問題になります。検討の早い段階で条項を確認してください。解釈は契約ごとに異なりますので、具体的な適用は弁護士にご確認ください。

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