譲渡が済んだあと、真っ先に期限が来る業務のひとつが給与計算です。支給日は動かせません。一度でも遅れれば、従業員の不安が一気に高まります。

しかも中小企業では、給与計算を社長や特定の一人がやっていることが多くあります。その人が抜けると止まります。本稿では、譲渡の前後で確かめる項目と段取りを整理します。

誰がやっていたかを先に確かめる

最初に確かめるのは、実際に手を動かしていた人です。「経理担当」と聞いていても、最終の確認を社長がしていることがあります。

確かめる内容は次のとおりです。計算をする人、確認をする人、振込を実行する人、明細を配る人。一人が全部やっている場合、その人の引き継ぎが最優先になります。

社長がやっていた場合、引き継ぎの期間中に誰かへ渡す必要があります。渡す相手が社内にいなければ、買い手の側から人を出すか、外部に委託する形を取ります。

この確認は、譲渡が決まってからでは遅いことがあります。DDの段階で管理体制を見るときに、併せて聞いておくのが実務的です。

何を使って計算しているか

使っている道具を確かめます。専用のソフト、表計算、手書きの台帳——どれもあります。

ソフトを使っている場合、ライセンスが誰の名義か、更新の時期はいつか、データはどこに保存されているかを確かめます。社長個人の名義で契約していることがあります。

表計算で計算している場合、式が入ったファイルが引き継ぎの対象になります。作った人しか分からない式が入っていることが多く、引き継ぎには説明が必要です。

いずれの場合も、過去の計算の記録が残っていることが重要です。手当の計算の根拠、残業の集計の方法、控除の内容——前月と同じにするためには、前月の記録が必要です。

支給日までの段取り

譲渡の日と支給日の関係で、段取りが変わります。

譲渡の直後に支給日が来る場合、その月の計算は譲渡の前に済ませておくほうが確実です。計算を終えて、振込の手配までしておきます。

譲渡の日から支給日まで日数がある場合は、引き継ぎをしながら進められます。それでも、最初の一回は前の担当者が立ち会う形が望ましいです。

銀行の口座と振込の権限も確かめます。譲渡に伴って代表者が変わると、口座の名義変更や印鑑の変更が必要になることがあります。手続きの途中で振込ができない期間が生じないように、日程を合わせます。

社会保険と住民税

給与計算には、社会保険料と住民税の控除が含まれます。どちらも外部との手続きがあり、譲渡に伴って変わることがあります。

社会保険は、会社が加入している主体が変わらなければ、そのまま続きます。株式譲渡では会社が変わらないため、原則として継続します。

ただし、買い手のグループの制度に移る場合は手続きが必要です。移る時期と、その月の控除の扱いを確かめます。

住民税は、従業員の居住する自治体から通知が来ます。会社が給与から控除して納める形を取っている場合、納付先と納付の期限が決まっています。納付の担当が替わる月に漏れが出やすいので、引き継ぎの一覧に入れます。

外部に委託している場合

給与計算を税理士や社会保険労務士、専門の会社に委託している場合もあります。この場合は引き継ぎが軽くなりますが、別の確認が必要です。

委託の契約が誰の名義か。会社の名義であれば続きますが、社長個人の名義であれば切り替えが必要です。

委託先が譲渡後も続けてくれるか。顧問税理士が社長と長い関係にある場合、社長が退くと契約を終えたいと言われることがあります。

委託先が持っているデータの引き渡し。過去の計算の記録は、委託先にしかないことがあります。契約を終える場合は、データを受け取る取り決めをしておきます。

引き継ぎの一覧に入れる項目

給与計算の引き継ぎで、一覧に入れておきたい項目を挙げます。

給与の締め日と支給日。従業員ごとの支給額と手当の内訳。残業の集計の方法。通勤手当の計算の根拠。社会保険料の控除額と改定の時期。住民税の納付先と金額。賞与の支給の時期と算定の方法。退職金の規程があるかどうか。

このほか、口座の情報と振込の手順、使っているソフトのログイン情報、委託先の連絡先も必要です。

一覧は、前の担当者に書いてもらうのが確実です。引き継ぎを受ける側が聞き出す形だと、聞き漏らしが出ます。渡す側が書き、受ける側が実際にやってみて、分からない点を聞くという順が実務的です。

最初の一回を一緒にやる

書面の引き継ぎだけでは足りません。最初の一回は、前の担当者と一緒にやります。

一緒にやると、書面に書かれていない判断が出てきます。この手当は誰に付くのか、この控除はいつから始まったのか、この人の勤務時間はどう数えるのか。

二回目は、受ける側が計算して前の担当者が確認する形にします。三回目から独り立ちする、という進み方が安全です。

引き継ぎの期間が短い案件では、ここに時間を割けないことがあります。その場合、外部への委託を一時的に使う形も選択肢になります。給与の遅配は、ほかのどの引き継ぎの遅れよりも従業員に影響します。

なお、ここに書いたのは一般的な整理です。個別の判断は会社の事情によって変わりますので、税務・法務の点は税理士・弁護士などの専門家にご確認ください。

給与は、従業員が会社の変化をいちばん早く感じる場面です。ここが滞りなく進めば、ほかの引き継ぎの不安も小さくなります。

よくあるご質問

A.その月の計算は譲渡の前に済ませ、振込の手配までしておくのが確実です。口座の名義変更や印鑑の変更で振込ができない期間が生じないよう、日程を合わせてください。
A.株式譲渡で会社が変わらない場合、原則として継続します。買い手のグループの制度に移る場合は手続きが必要になるため、移る時期とその月の控除の扱いを確かめてください。
A.契約の名義によります。会社の名義であれば続きますが、社長個人の名義であれば切り替えが必要です。契約を終える場合は、過去のデータを受け取る取り決めをしておいてください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら