譲渡が決まると、役員をどうするかを決めなければなりません。全員を入れ替えれば現場が混乱し、誰も変えなければ統合が進まない。実務では、その間のどこかに着地させます。判断の順番を整理しておきます。

いつ決めるのか

役員体制は、最終契約の交渉の中で決まります。クロージングと同時に臨時株主総会を開き、役員の選任と退任を決議するのが一般的な段取りです。

したがって、基本合意のあたりから具体的に詰め始めることになります。デューデリジェンスで役員の実態(誰が何をしているか、報酬はいくらか、親族かどうか)が明らかになり、それを踏まえて体制案が固まります。

売り手としては、残ってほしい役員、退任してもらう役員について、自分の考えを整理しておくことが大切です。買い手に丸投げすると、後から「聞いていない」という話になります。

前オーナーの処遇

前オーナーが一定期間残る場合、代表権のない取締役、顧問・相談役、あるいは代表取締役のまま、といった選択肢があります。詳しくは譲渡後の社長の役割で扱っています。

登記の観点では、代表取締役の変更登記が必要になります。クロージング後速やかに行います。金融機関の口座、許認可、契約先への届出も、代表者の変更に伴って発生します。

役員退職金を支給する場合は、株主総会の決議が必要です。支給額の算定根拠と決議の記録を残しておくことが、税務上も重要になります。

既存役員をどうするか

中小企業の役員には、大きく三つの類型があります。実際に業務を担っている役員親族で名前だけの役員功労に報いるための役員です。

業務を担っている役員は、原則として続投してもらいます。むしろ、この方々が辞めないことが統合の前提になります。買い手は、キーマンの残留を条件にすることもあります。

名前だけの役員、とくに配偶者や子が役員になっている場合は、退任してもらうのが通例です。報酬が実態と見合っていない場合、デューデリジェンスで指摘されます。クロージングまでに整理しておくほうが、交渉はすっきりします

買い手から誰を送り込むか

買い手側は、少なくとも一人は自社の人間を役員として入れるのが通常です。目的は、経営の把握と、本社との連携です。

ここで買い手が悩むのが、社長を送り込むか、現場から昇格させるかです。外から社長を入れると統合の意思は明確になりますが、現場の反発を招くことがあります。内部から昇格させると受け入れられやすい一方、経営の経験が不足することがあります。

売り手として意見を求められたら、社内の人間関係を正直に伝えてください。誰が信頼されているか、誰と誰が合わないか。これは書類には出てこない情報で、買い手にとって非常に価値があります。

代表権をいつ移すか

クロージングと同時に代表を交代する形が基本です。株主が変わった以上、代表も変わるのが自然だからです。

一方、許認可や取引先との関係で、代表者の変更が影響する場合は、段階を踏むことがあります。建設業の許可、運送業の許可など、代表者や常勤役員の要件が定められている業種では、要件を満たす人を確保してからでなければ交代できません。

この確認は、体制を決める前に済ませておく必要があります。「交代したら許可の要件を欠いた」という事態は、実際に起こり得ます。

手続きと届出

役員変更に伴う実務は多岐にわたります。登記(変更から2週間以内)、社会保険の被保険者資格の取得・喪失、金融機関への届出と印鑑の変更、許認可の変更届、取引先への通知。

とくに金融機関は、代表者の変更に伴って個人保証の扱いを確認してきます。前オーナーの保証を外し、新体制で対応するのか。これは最終契約の条件に含めておくべき論点です。

手続きの一覧を作り、誰がいつまでにやるかを決めてからクロージングを迎えてください。クロージング後の事務は、想像より量があります

役員報酬の水準をどう変えるか

前オーナーの役員報酬が高額だった場合、買い手はそれを実態に合わせて調整して収益力を評価しています。譲渡後は、新体制に見合った水準に改めるのが通例です。

ここで注意したいのが、残る既存役員の報酬です。オーナーの親族であることを理由に高めに設定されていた場合、引き下げは不利益変更の問題になります。役員報酬は株主総会の決議事項ですが、実務上は本人との話し合いが必要です。

クロージング前に、誰の報酬をどうするかを整理し、本人に伝えておく。ここを曖昧にしたまま引き渡すと、譲渡後に前オーナーが板挟みになります。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務・労務アドバイスではありません。実際の取り扱いは、会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.法律上の義務ではありませんが、実態と報酬が見合っていない場合はデューデリジェンスで指摘されます。実際に業務を担っているのであれば続投もあり得ます。クロージングまでに整理しておくほうが、交渉はすっきり進みます。
A.買い手にとって大きなリスクとなり、条件の見直しにつながることがあります。買い手がキーマンの残留を条件とすることもあります。早い段階で本人の意向を確認し、処遇を含めて話しておくことが重要です。
A.業種によって扱いが異なります。建設業や運送業など、代表者や常勤役員の要件が定められている業種では、要件を満たす人を確保してからでなければ交代できません。体制を決める前に確認してください。
A.自動的には外れません。保証契約はオーナーと金融機関の間の契約です。買い手が新たに保証を差し入れる、借り換えるといった方法で解除を求める交渉が必要で、最終契約の条件に含めておくべき論点です。
A.役員報酬は株主総会の決議事項ですが、実務上は本人との話し合いが必要です。とくに残る既存役員については、一方的な引き下げが不利益変更の問題になることがあります。クロージング前に整理し、本人に伝えておいてください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら