本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。医療法人や社会福祉法人の承継相談を受けたとき、株式会社の案件と同じ頭で進めると、早い段階で行き詰まります。これらの法人には「株式」がなく、したがって「株式を譲る」という中心的な手続きが存在しないからです。所有の考え方が違えば、対価の意味も、決める人も、必要な手続きも変わります。ここでは、何がどう違うのかを構造から整理し、初期に何を確認し、依頼者にどの順番で説明するかを型にします。許認可そのものの承継可否については「許認可が論点になる案件」もあわせて読んでください。

「株式がない」とはどういうことか

株式会社では、株主が会社の所有者であり、株式を譲れば所有が移ります。対価は株主個人が受け取ります。ここが承継の中心にあり、他のすべての手続きはその周りに並んでいます。

医療法人・社会福祉法人・学校法人といった非営利法人には、この中心がありません。剰余金の配当が認められておらず、法人の財産を出資者が自由に取り戻せる前提になっていないためです。社団医療法人には社員(出資者ではなく議決権を持つ構成員)がいますが、社員の持つ議決権は原則として出資額に比例しません。社会福祉法人にはそもそも持分という概念がなく、評議員会と理事会が意思決定を担います。

実務者が最初に理解しておくべきことは次の三つです。

  • 所有者にあたる人がいない、あるいは分かりにくい:誰と契約するのか、誰の同意が要るのかを個別に確かめる必要がある
  • 対価が誰に渡るのかが自明でない:法人に入るのか、個人に入るのかで税務の扱いも説明も変わる
  • 所管庁が関与する:当事者の合意だけでは完了せず、認可や届出という第三者の工程が日程に入ってくる

この三点を押さえないまま「株式会社と同じように進みます」と説明してしまうと、後から前提を覆すことになります。分からないことは分からないと言い、確認してから答えるのが、この領域では特に重要です。

持分の有無で、案件の形が変わる

社団医療法人には、定款に出資持分の定めがあるもの(いわゆる持分あり)と、ないもの(持分なし)があります。2007年の医療法改正以降に設立された医療法人は持分の定めを設けることができず、それ以前から存続するものは経過措置として残されている、という整理が一般的です。財団医療法人や社会福祉法人には持分がありません。

類型出資持分承継で実際に動くもの対価の受け手
持分の定めのある社団医療法人あり(経過措置)出資持分の譲渡と、社員・理事の入替持分を持つ個人
持分の定めのない社団医療法人なし社員の入替と理事の交代が中心持分の対価という形にならない
財団医療法人なし評議員・理事の交代同上
社会福祉法人なし評議員・理事の交代、事業譲渡、合併同上

表の三列目と四列目が、案件の性格を決めます。持分がない法人では、承継の対価をどう組み立てるかという設計そのものが論点になります。役員退職慰労金、不動産の賃貸借、別会社への事業譲渡など、実務で用いられる形はいくつかありますが、いずれも法人の非営利性や税務上の取扱いに直結するため、仲介者が構成を決めてよい領域ではありません。税理士・弁護士に早い段階で入ってもらい、選択肢と留意点を出してもらったうえで依頼者に示すという順序を守ってください。

出資持分の払戻しという論点

持分の定めのある社団医療法人では、社員が退社する際に持分に応じた払戻しを請求できるとされている場合があります。これが承継の場面で二つの意味を持ちます。

  • 法人の資金が外に出る可能性がある:払戻しの請求が重なれば、法人の財政に影響します。買い手にとっては、引き継いだ後に予期しない資金流出が起きるかどうかという関心事になります
  • 相続の場面で表面化する:持分が相続財産として評価され、相続人が払戻しを求めることがあります。承継を検討する背景そのものが、この問題であることも少なくありません

実務では、定款にどう定められているか、過去に払戻しが行われた例があるか、出資者が何人いて誰が何割を持っているかを、初期の資料確認で必ず押さえます。出資者名簿が古いまま更新されていない、出資した本人が既に亡くなっていて相続の整理が終わっていない、といったことは珍しくありません。株式会社の案件で名義株や未分割株を確認するのと同じ作業だと考えてください(「株式が分散した会社の案件」の手順がそのまま応用できます)。

なお、持分あり法人を持分なし法人へ移行する制度も設けられています。移行を検討している途中で承継の相談が来ることもあるため、現在どの段階にいるのかを最初に確認してください。制度の適用条件と現在の取扱いは変わり得るので、必ず所管庁の案内と税理士の確認を経てから依頼者に説明します。

認可・届出と理事の交代 — 日程が読みにくい理由

非営利法人の案件で日程が読みにくいのは、当事者以外の工程が入るからです。定款変更や合併には所管庁の認可が必要とされる場面があり、役員の変更にも届出が求められます。医療法人の所管は都道府県知事(複数の都道府県にまたがる場合などは異なります)、社会福祉法人は都道府県や市が所管し、学校法人は文部科学省または都道府県が所管します。どこが所管かによって、必要書類も標準的な処理期間も変わります。

実務者としての動き方は次のとおりです。

  • 所管庁と担当窓口を最初に特定する:法人の登記事項と定款から確認できます。分からなければ依頼者に確認します
  • 公表されている手引きを取りに行く:多くの所管庁が手続きの手引きや様式を公表しています。一次資料を読んでから話すのが原則です
  • 年間の日程を確認する:認可の審議が定期開催される場合、その周期が全体日程の制約になります
  • 理事・監事・評議員の構成要件を確認する:人数や親族関係の制限など、交代後に要件を満たせるかを先に検算します

理事長の交代は、実態としても大きな意味を持ちます。医療法人であれば理事長は原則として医師である必要があるとされており、後任をどう用意するかが承継の可否そのものを左右します。「買い手候補はいるが、理事長になれる人がいない」という詰まり方は実際に起こります。候補を探す前に、この点を依頼者と確認してください。

依頼者に最初に伝えること、仲介者の動き方

相談を受けた初回で伝えるべきことは、答えではなく「何が違うか」と「誰に確認するか」です。分かっていないことを分かったように話す誘惑がいちばん強いのがこの領域ですが、後から覆せば信用を失います。

初回で伝えること言い方の例
株式譲渡という手続きが使えないこと「御法人には株式がないため、進め方の組み立てが株式会社とは異なります」
所管庁の工程が入り、日程に幅が出ること「当事者の合意だけでは完了せず、届出や認可の期間を見込む必要があります」
専門家と一緒に進めること「構成の選択肢は税理士・弁護士と検討したうえでお示しします」
いま分かること、これから確かめること「定款と出資者の状況を拝見してから、選択肢をご説明します」

そのうえで、初期に集める資料は、定款、登記事項証明書、出資者名簿または社員名簿、役員名簿、直近三期の決算書類、所管庁への提出書類の控え、許認可の一覧です。ここまで揃って初めて、進め方の選択肢が組み立てられます。

最後に姿勢の話をします。医療・介護・福祉・教育の法人は、地域で必要とされている事業を担っています。承継が滞れば、利用者や患者、通う子どもとその家族に影響が及びます。仲介者が扱っているのは案件の形式ではなく、その事業が続くかどうかです。手続きが複雑であることを理由に距離を置くのではなく、確認すべきことを一つずつ確認して、依頼者が判断できる材料を揃えてください。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、制度の適用や個別案件における法的・税務的な判断は、所管官庁の案内および弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.長くなる前提で日程を組んでください。当事者間の交渉に加えて、所管庁への届出や認可の工程が入るためです。どの手続きにどれだけかかるかは所管庁や案件の構成によって異なるため、初期に所管庁が公表している手引きを確認し、標準的な処理期間を把握したうえで、依頼者には幅を持たせて伝えます。日付を断定せず、根拠を添えて見込みを示すのが原則です。
A.そう単純ではありませんが、株式の対価という形にはなりません。実務では役員退職慰労金や資産の取扱いなど複数の論点を組み合わせて検討されますが、法人の非営利性や税務上の評価に直結するため、仲介者が構成を決めてよい領域ではありません。税理士・弁護士に選択肢と留意点を出してもらい、依頼者が選べる形にして示してください。
A.先に整理してから進めます。定款の定めを確認し、登記や過去の議事録、相続の経緯をたどって現在の状況を把握します。相続が絡んでいる場合は分割が済んでいるかどうかが要になります。状況が確定しないまま買い手候補への打診を始めると、後から前提が崩れて依頼者にも相手にも負担をかけます。時間はかかっても、順序を守ってください。
A.依頼者の意向を確認したうえで判断します。同行が適切な場面もありますが、法人の代表者や顧問の専門家が主体となるべき場面も多くあります。いずれにしても、相談に行く前に論点を整理し、聞くべきことを文書にまとめておくことが仲介者の役割です。窓口で何を確認したかは必ず記録に残し、依頼者と共有してください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら