本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。許認可の確認は、案件の初期に必ず行うべき作業です。理由は単純で、許認可の扱いがスキームの選択そのものを決めてしまうからです。「事業譲渡で進めましょう」と決めた後に「その許可は引き継げません」と判明すれば、設計はやり直しになります。しかも、当事者の信頼も失います。本稿では、許認可が論点になる案件で、仲介者がどう初期判定を行い、どこで専門家に渡すかを整理します。制度の全体像は「M&Aと許認可」も併せてご覧ください。
許認可はスキーム選択を左右する|最初に確認する理由
許認可の確認を後回しにすると、次のような事態が起きます。
- 事業譲渡で合意した後、買い手側で許可の取得に想定外の期間がかかり、クロージングが大幅に遅れる
- 要件を満たす人材が売り手側にしかおらず、その人が承継後に残らないため、事業が継続できない
- 買い手が許可の要件(財産的基礎、経営経験など)を満たさず、そもそも承継できない
- 届出や承認の手続きを失念し、承継後に行政上の問題が生じる
いずれも、案件の初期に確認していれば防げた問題です。仲介者としては、受託の段階で「この会社の事業に、行政の許可・登録・届出は必要か」を必ず確認してください。オーナーが当然のこととして話題にしない場合もあるため、こちらから聞く必要があります。
そして最も重要な原則。仲介者は「引き継げます」「引き継げません」と断定しない。許認可の承継可否は、法令、業種、地域、個別の事情によって異なります。仲介者の役割は、論点を発見し、確認の段取りを作ることです。
初期判定の3ステップ
受託の初期に行う判定を、三つのステップに分けます。
ステップ1:必要な許認可を洗い出す
- 登記事項証明書の目的欄を確認する
- 実際に行っている事業を、オーナーから具体的に聞き取る(登記の目的と実態は一致しないことがある)
- 許可証・登録証の現物を確認する。有効期限、条件、更新の時期を控える
- 付随的な届出も拾う(消防、保健所、労働関係、業界固有の届出)
ステップ2:承継の扱いを確認する
- 想定しているスキーム(株式譲渡・事業譲渡・会社分割)で、その許認可がどう扱われるかを確認する
- 承継の制度が設けられている許認可か、新規取得が必要かを確認する
- 事前の認可・承認が必要か、事後の届出でよいかを確認する
- 所管の窓口または専門家に確認する。ここを推測で済ませない
ステップ3:要件を満たせるかを確認する
- 人の要件:資格者、経験者、常勤の管理者などが承継後も確保できるか
- 物の要件:施設、設備、事務所の要件を満たすか
- 財産の要件:資本金や純資産などの基準を買い手が満たすか
- 欠格事由:買い手側に該当する事情がないか
この三段を、買い手候補に打診を始める前に終えておくのが理想です。少なくとも、ステップ1と2は初期に済ませてください。
スキームごとの扱いの違い
一般的な傾向として、方式によって許認可の扱いは次のように異なります。ただし業種ごとに例外があり、必ず個別の確認が必要です。
| 方式 | 一般的な扱い | 実務上の注意 |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 許認可は会社が保有したまま。会社自体は変わらない | 役員変更等に伴う届出が必要な場合がある。業種によっては事前の承認が求められることもある |
| 事業譲渡 | 原則として承継されず、買い手側での新規取得が必要になることが多い | 取得までの期間がクロージング日の制約になる |
| 会社分割 | 承継が認められる制度がある許認可と、そうでないものがある | 業種ごとに扱いが分かれる。事前の確認が不可欠 |
この違いがあるため、許認可が事業の前提である業種では、株式譲渡が選ばれやすい傾向があります。逆に言えば、事業譲渡や会社分割を検討する案件では、許認可の確認が設計の前提条件になります。
事業譲渡での実務は「事業譲渡案件の実務」に、会社分割については「会社分割を使う場面」に整理しています。スキームの選択は税務・法務の検討を経て決まりますが、許認可という制約条件を最初に出せるのは仲介者です。
業種別に見る典型論点
実務で許認可が論点になりやすい業種と、その勘所を挙げます。制度の詳細は改正されることがあるため、必ず最新の情報を所管窓口・専門家に確認してください。
- 建設業:許可の業種区分、経営業務の管理を担う体制、専任技術者の配置が論点。承継後も要件を満たす人員が残るかを必ず確認する(「建設業のM&A」参照)
- 運送業:営業所・車庫・車両の要件、運行管理者・整備管理者の配置。2025年4月に施行された改正物流効率化法により、一定規模の事業者には2026年4月からCLO(物流統括管理者)の選任が義務づけられます(「運送業のM&A」参照)
- 産業廃棄物処理:許可の区分と、施設・車両・処分場の要件。承継の手続きは特に慎重な確認を要する(「産業廃棄物処理業のM&A」参照)
- 医療・介護:指定や許可の主体、管理者の要件、指定の承継手続き。事業所ごとの確認が必要
- 調剤薬局:開設許可、管理薬剤師の配置。2026年度の調剤報酬改定(2026年6月施行)の影響も含めて確認する
- 飲食・酒類販売:営業許可、酒類販売業免許。免許は事業者に紐づくため、方式によって扱いが変わる
- 宅地建物取引業:免許、専任の宅地建物取引士の配置、事務所の要件
- 人材紹介・人材派遣:許可の区分、責任者の要件、資産要件
- 警備・古物・旅行:いずれも要件と手続きが定められており、事前確認が必要
この一覧は網羅ではありません。「許認可がない業種のほうが少ない」くらいの構えで、毎回確認する習慣をつけてください。
人に紐づく要件という論点
許認可の実務で、最も見落とされやすく、最も致命的なのが人に紐づく要件です。
- 有資格者の在籍:特定の資格を持つ者が常勤していることが要件になっている
- 実務経験の要件:一定年数の経験を持つ者が必要とされる
- 常勤性:名前だけでなく、実際に常勤していることが求められる
- 管理者の配置:事業所ごとに管理者を置く必要がある
問題は、その要件を満たしているのがオーナー本人である場合です。オーナーが引退すれば要件を欠き、事業が継続できなくなります。この場合の対応は次のようになります。
- オーナーに一定期間残っていただき、その間に後任を確保する
- 買い手側で要件を満たす人材を配置する
- 社内の従業員が要件を満たせるよう、資格の取得や経験の要件を確認する
いずれにせよ、案件の初期に判明していなければ手が打てません。「その許可の要件を満たしているのはどなたですか」——この質問を、初回の面談の質問リストに入れておいてください。承継後の関与の設計は「PMIの話を売り手にどう伝えるか」の引き継ぎ期間の議論とも直結します。
確認の作法|窓口・専門家・記録
最後に、確認の進め方を整理します。
- 一次情報に当たる:所管する行政庁の公表資料、手引き、窓口。ネット上の要約情報だけで判断しない
- 専門家に確認する:行政書士や弁護士など、その分野に詳しい専門家に確認する。業種ごとに得意な専門家が異なる
- 匿名で相談する配慮:窓口への照会が、譲渡の事実を伝えることにならないよう配慮する。一般的な照会として尋ねる、専門家を通す、といった方法がある
- 回答を記録する:誰に、いつ、何を確認し、どういう回答を得たかを残す。担当者の名前まで控えると、後で確認できる
- 期間を工程表に反映する:取得や承認に要する期間を、クロージング日から逆算して組み込む
- 当事者に事実として伝える:「確認したところ、こういう回答でした」と、推測と区別して伝える
三つ目の配慮は忘れられがちです。行政への照会が情報漏えいの経路になり得ることを意識してください。特に地域に密着した業種では、慎重な進め方が求められます。
許認可の確認は地味な作業です。しかし、ここを丁寧にやる担当者は、案件を壊しません。逆に、確認を怠って「たぶん大丈夫でしょう」と進めた案件は、最悪の段階で問題が表面化します。初期に確認し、専門家につなぎ、記録に残す。この三つを習慣にしてください。