M&Aは、最後は契約という法律行為で完了します。だからこそ、アドバイザーが法務の基礎を持っているかどうかで、案件の進み方は大きく変わります。ただしここでも役割は明確です。法的な判断と契約の作成は弁護士の職務であり、アドバイザーは論点を早期に見つけ、手続の段取りを組み、専門家に正しく渡す。本稿では、その線引きと、現場で押さえるべき論点を整理します。

大原則|法律事務は弁護士の職務である

弁護士法により、弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことは制限されています。M&A仲介の現場に当てはめると、次のような行為は弁護士に委ねるべき領域です。

  • 株式譲渡契約書・基本合意書などの条項を作成し、法的な当否を判断すること
  • 契約条項の解釈について、依頼者に法的見解を述べること
  • 紛争が生じている、または生じるおそれのある事項について、一方の代理人として交渉すること
  • 法的手続(登記、争訟、行政手続)について具体的な指示を与えること

一方で、アドバイザーが行う次のような業務は、通常この制限とは異なる領域にあります。

  • 売り手と買い手の間に立ち、経済条件やスケジュールの調整を行うこと
  • 公表されている制度や一般的な手続の流れを説明すること
  • 必要な書類・手続を洗い出し、期日管理をすること
  • 弁護士に渡すための事実関係を整理し、資料を揃えること

この境界は、実務では「判断しているか、整理しているか」で見分けます。「この条項は不利なので削除すべきです」は判断であり越境です。「この条項について、先生に確認したい点が3つあります」は整理です。判断したくなったときこそ、立ち止まってください。中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)も、仲介者に対して専門家との適切な連携を求めています。

本稿は実務上の着眼点を一般的に整理したものであり、個別の事案における法的判断・契約条項の当否を示すものではありません。個別の法的判断は必ず弁護士に、税務の判断は税理士にご確認ください。

株主を確定する|最初にして最大の論点

中小企業のM&Aで最も頻繁に、そして最も深刻に問題になるのが「誰が株主か」です。株式譲渡は株主から株式を買う取引ですから、株主が確定していなければ取引そのものが成り立ちません。初期段階で必ず次を確認してください。

確認事項見る資料よくある論点
発行済株式総数・種類登記事項証明書、定款種類株式の有無、単元の定め
現在の株主と持株数株主名簿、法人税申告書別表二名簿が整備されていない、申告書と一致しない
株式の取得経緯過去の譲渡契約、相続関係資料書面が残っていない、口頭で移転している
名義株の有無設立時の出資の経緯、資金の出所設立時の名義貸し、実質株主との不一致
相続で分散した株式戸籍、遺産分割協議書相続人が多数、連絡先不明、遺産分割が未了
株券発行会社かどうか定款、登記株券発行の定めがあるが現物が存在しない
少数株主の存在株主名簿従業員株主、取引先株主、疎遠な親族

株式が分散していたり、名義株の疑いがあったり、相続人の一部と連絡が取れなかったりする場合、買い手は全株式の取得ができないリスクを嫌います。これは価格の問題ではなく、成立するかどうかの問題です。だからこそ初期に確認するのです。

アドバイザーがすべきことは、事実関係を丁寧に聞き取り、資料を集め、弁護士に渡すことです。「この株は名義だけだから問題ありません」とアドバイザーが結論を出してはいけません。実質的な株主が誰かは法的な評価であり、後で争われれば取引の効力に関わります。

譲渡制限と株式譲渡承認の手続

中小企業の多くは、定款で株式の譲渡に会社の承認を要する旨を定めています(譲渡制限株式)。この場合、株式譲渡には会社法上の手続が必要になります。アドバイザーは、手続の存在と大まかな流れを理解し、スケジュールに落とし込めなければなりません。

  • 定款と登記事項証明書で、譲渡制限の有無と承認機関(株主総会か取締役会か)を確認する
  • 譲渡を希望する株主から会社への承認請求
  • 承認機関での決議と、議事録の作成
  • 会社から請求者への承認の通知
  • 株式譲渡実行後の株主名簿の書換え、名義書換請求
  • 必要に応じて、役員変更などの登記手続

実務でつまずくのは、書面が残っていないケースです。取締役会を設置しているのに議事録が作られていない、株主総会を実際には開いていない、といった状況は珍しくありません。この場合にどう対応するかは、弁護士の判断領域です。アドバイザーは事実を正確に把握し、「書面がない」という事実を隠さずに共有してください。

クロージング当日は、多くの書類が同時に動きます。譲渡承認に関する書類、株式譲渡契約書、株主名簿、代金決済、役員の辞任・就任、印鑑や通帳の引き渡し、金融機関への連絡。この一連を漏れなく段取りするのがアドバイザーの腕の見せどころです。チェックリストを作り、誰が何をいつまでに準備するかを明記し、前日までに全員で確認します。

表明保証と補償の枠組み

株式譲渡契約では、売り手が「一定の事実がこうである」と相手方に表明し保証する条項が置かれるのが一般的です。表明した内容が事実と違っていた場合に、買い手が被った損害を売り手が補償する——これが表明保証と補償の基本的な枠組みです。

条項の設計と法的評価は弁護士の領域です。しかしアドバイザーは、その前提となる「事実」を最もよく知る立場にいます。だからこそ、次の領域について早い段階で事実を確認しておく必要があります。

領域確認しておく事実
株式株主構成、担保・質権の設定、株式に関する合意の有無
財務計算書類の正確性、簿外債務、保証債務、デリバティブ等
労務未払残業、社会保険の加入状況、労使間の紛争、就業規則の整備
契約主要契約の存在と条件、支配権が変わった場合の条項の有無
許認可事業に必要な許認可の取得状況、有効期限、承継の可否
資産不動産の権利関係、担保、賃貸借、知的財産の帰属
訴訟・紛争係属中の訴訟、クレーム、行政指導、その可能性
コンプライアンス法令違反の有無、反社会的勢力との関係の不存在

ここでアドバイザーが売り手に伝えるべき最も重要なメッセージは、「知っていることは先に開示するほうが安全です」です。隠した事実は、デューデリジェンスで見つかれば信頼を失い、見つからなければ表明保証違反として後で補償の問題になります。開示していれば、価格や条件で調整できます。この理屈を丁寧に説明することが、売り手を守ることになります。表明保証の考え方は「表明保証とは」も参照してください。

労務は、中小企業で最も論点になりやすい領域です。未払残業や社会保険の未加入は、金額が読めるため価格調整の対象になりやすく、逆に言えば早期に把握できれば扱えます。労務DDの内容は「労務デューデリジェンス」で解説しています。

弁護士に何を任せ、何を自分で用意するか

弁護士に依頼する際は、税務の依頼と同じく、書面で前提と論点を整理して渡します。効率の差がそのままコストと時間の差になります。

弁護士に任せることアドバイザーが用意すること
契約書の作成・レビュー・条項の法的評価合意された経済条件、スケジュール、引き継ぎ内容の正確な整理
表明保証・補償・解除条項の設計DDで判明した事実と、売り手からの開示事項の一覧
会社法上の手続の要否と進め方の判断定款、登記事項証明書、株主名簿、議事録などの原資料
株主の確定に関する法的評価株式の取得経緯の聞き取り記録と裏づけ資料
許認可の承継可否の法的判断取得している許認可の一覧と有効期限
紛争性のある事項への対応事実経過の時系列整理と関係書類

依頼書には、目的、当事者、想定スキーム、想定スケジュール、確認したい論点(番号を振る)、添付資料一覧、回答希望期限を書きます。そして、返ってきた見解は必ず「弁護士の見解として」と出所を明示して依頼者に伝えます。アドバイザーの意見と混ぜてはいけません。

売り手と買い手のどちらの弁護士なのかも、常に意識してください。仲介の立場では、双方がそれぞれ専門家を立てることが望ましく、当社は一方の代理人として振る舞いません。中立の立場と、専門家の助言を受ける権利は、依頼者に明確に説明します。

現場での立ち回りと、超えてはいけない線

最後に、日々の場面ごとの振る舞いを整理します。

  • 契約書ドラフトを受け取ったとき:法的評価はしない。ただし「合意した内容と違う箇所」は必ず指摘する。事実の整合性チェックはアドバイザーの責務
  • 条項の意味を聞かれたとき:「一般にこういう趣旨の条項と言われています」までにとどめ、「本件でどうかは先生にご確認ください」と続ける
  • 当事者が対立し始めたとき:自分で法的な決着をつけようとしない。紛争性が出た時点で弁護士に引き渡す判断をする
  • 売り手が不利な条件を受け入れそうなとき:「専門家の意見を聞いてから決めましょう」と時間を作る。急がせない
  • 買い手から法的見解を求められたとき:双方に専門家を立てていただく。仲介者が一方に法的助言をしない
  • 記録を残す:誰が、いつ、何を合意したか。議事メモを当日中に作り、当事者に共有して認識を揃える

アドバイザーの法務力とは、条文を暗記していることではありません。「これは法的な論点だ」と気づく感度、手続を段取りに変える力、そして自分の限界を認めて専門家に渡す判断力です。この3つは、案件を重ねることでしか身につきません。当社では、法務・税務に関わる論点は必ず上長と専門家の確認を経る運用としており、経験の浅いアドバイザーが一人で判断する場面をつくらない体制をとっています。

法務を「面倒な手続」と捉えるか、「依頼者を守る仕組み」と捉えるかで、仕事の質は変わります。契約書の一行は、譲渡後の何年かにわたって当事者を縛ります。その重さを理解しているアドバイザーは、急ぎません。

よくあるご質問

A.法律事務の取扱いは弁護士の職務であり、報酬を得て法律事件について法律事務を扱うことは弁護士法により制限されています。株式譲渡契約書の作成や条項の当否の判断は弁護士に委ねてください。アドバイザーが担うのは、合意された経済条件・スケジュール・引き継ぎ内容を正確に整理して弁護士に伝えること、そしてドラフトが当事者の合意した事実と食い違っていないかを確認して指摘することです。
A.まず定款と登記事項証明書で譲渡制限の有無と承認機関(株主総会か取締役会か)を確認します。そのうえで、承認請求から承認決議、議事録の作成、株主名簿の書換えという流れを、クロージングまでのスケジュールに落とし込みます。手続の要否・具体的な進め方・書面の内容は弁護士の確認事項です。アドバイザーの役割は、必要な手続を洗い出して段取りを組み、期日を管理することです。
A.条項の設計と法的評価は弁護士の領域ですが、表明保証の前提となる事実の把握はアドバイザーの仕事です。株主構成、簿外債務の有無、係争の有無、労務の実態、許認可の状況といった事実を早期に確認し、懸念があればデューデリジェンスの前に売り手と共有します。事実が違っていれば補償の問題に発展するため、売り手に対して「知っていることは先に開示するほうが安全である」と丁寧に説明することが重要です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら