M&Aの現場で、売り手オーナーから最初に出る質問の一つが「税金はいくらかかるのか」です。この問いに、正確に、しかし自分の領分を越えずに答えることは、アドバイザーの基本動作です。本稿では、税務判断をしないという原則、株式譲渡益課税の理解、役員退職金やのれんが論点になる場面、そして顧問税理士への質問の仕方を、実務の型として整理します。
大原則|アドバイザーは税務判断をしない
税理士法により、税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士の独占業務とされています。アドバイザーが個別の事案について「この場合はこう処理すれば税金が減ります」と助言することは、この線を越えるおそれがあります。加えて、誤った助言はオーナーに実害を与え、当社の責任問題にもなります。
ではアドバイザーの役割は何か。次の3つです。
- 制度を一般的に説明する:公表されている税制の枠組みを、前提を明示して伝える
- 論点を発見する:この案件で税務が問題になりそうな箇所を見つけ、放置しない
- 専門家につなぐ:顧問税理士や連携先に、答えられる形で論点を渡す
この3つを高い精度でやることが、実は最も価値があります。税務の論点は、気づかなければ存在しないことになってしまうからです。基本合意の後で「実はこの処理が」と発覚すると、価格の再交渉やスケジュールの遅延に直結します。
中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)も、仲介者に対して依頼者への丁寧な説明と、専門家との適切な連携を求めています。「知らないので聞いておきます」と言えることは、弱さではなく職業的な誠実さです。
株式譲渡益課税20.315%|何を説明でき、何を説明できないか
中小企業のM&Aで最も多い株式譲渡の場合、株式を譲渡した個人株主の譲渡所得には、申告分離課税として20.315%(所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%)が課されます。譲渡所得は「譲渡価額 − 取得費 − 譲渡費用」で計算されます。
| 項目 | アドバイザーが説明できること | 税理士に確認すべきこと |
|---|---|---|
| 税率 | 個人株主の株式譲渡益は申告分離課税20.315% | 他の所得との関係、住民税の取扱い、申告の実務 |
| 取得費 | 取得に要した金額が差し引かれるという考え方 | 創業時からの増資・相続・贈与を経た株式の取得費の算定 |
| 譲渡費用 | 譲渡に直接要した費用が控除対象となりうること | 仲介手数料などが控除できるかの個別判断 |
| 法人株主 | 法人が株主の場合は法人税の課税対象になること | 法人実効税率の適用、グループ内の取扱い |
| 消費税 | 株式の譲渡自体は課税売上とは異なる扱いであること | 事業譲渡の場合の課税区分、標準税率10%の適用範囲 |
| 手取り | 前提を置いた概算の試算 | 実際の申告額、納付時期 |
実務で頻繁に問題になるのが取得費です。数十年前に設立された会社では、設立時の払込資本、その後の増資、相続や贈与による移転が重なり、取得費の資料が残っていないことがあります。ここは判断を要する領域なので、必ず税理士に渡してください。取得費が確定しないと、オーナーに提示する手取り概算の前提が崩れます。
また、いわゆるミニマムタックス(極めて高い所得に対する追加的な課税の仕組み)は2025年分から適用され、2027年分からは基準が強化されます。株式譲渡益が非常に大きい案件では、契約や決済の時期が税負担に影響しうるため、早い段階で税理士に相談する必要があります。2026年12月31日までの譲渡契約であれば現行制度の枠組みが適用されますが、個別の当てはめは税理士の領域です。制度の全体像は「会社売却にかかる税金」でも解説しています。
役員退職金が論点になる場面
オーナーが退任する案件では、譲渡対価とは別に、あるいは対価の一部として役員退職金を支給する設計が検討されることがあります。売り手・買い手・会社のそれぞれで税務上の扱いが変わるため、代表的な論点になります。
アドバイザーが理解しておくべきは、次の構造です。
- 退職金は、受け取る個人にとって株式譲渡所得とは異なる所得区分として扱われる
- 支給する会社側では、要件を満たせば損金として扱われうるが、不相当に高額と判断されれば否認される可能性がある
- 退職金を支給すれば会社の純資産は減るため、株式の譲渡価格にも影響する
- 支給には株主総会の決議など会社法上の手続が必要で、時期と手順を誤ると効力に疑義が生じる
- 買い手にとっては、いつ・誰が負担するのかが条件交渉の対象になる
ここで絶対にやってはいけないのが、アドバイザーが「退職金にしたほうが有利です」と踏み込んで助言することです。有利かどうかは、金額、勤続年数、他の所得、会社の損金算入の可否、買い手の意向によって変わります。アドバイザーの正しい振る舞いは、「本件では退職金の設計が論点になります。税理士の先生と設計を詰めさせてください」と早期に提起し、税理士・弁護士と検討の場を作ることです。
加えて、退職の実態が伴うかどうかも重要です。譲渡後もオーナーが引き継ぎのために一定期間関与するケースは多く、その関与の形が退職の事実と整合しているかは、税務・法務の両面で確認が必要です。引き継ぎ期間の設計はPMIにも関わるため、条件交渉の段階から扱います。
のれん・スキーム選択で税務が動く場面
「のれん」という言葉は、会計上の無形資産、税務上の資産調整勘定・営業権、そして簡易株価算定における営業権と、文脈によって指すものが違います。会話の中で混同が起きやすいので、アドバイザーは自分がどの意味で使っているかを常に意識してください。
| 場面 | 税務が論点になる理由 | 誰に確認するか |
|---|---|---|
| 株式譲渡か事業譲渡か | 課税される主体(個人か法人か)と課税区分が変わる | 税理士(法務手続は弁護士も) |
| 事業譲渡を選ぶ場合 | 資産ごとの消費税の課税区分、譲渡益への法人課税 | 税理士 |
| 買い手側ののれん償却 | 買い手の税負担が変わり、提示価格に影響しうる | 買い手側の税理士 |
| 会社分割・株式交換等 | 組織再編税制の要件充足の判定が必要 | 税理士・弁護士 |
| 不動産を含む譲渡 | 流通に関する税、評価の論点 | 税理士 |
| 役員貸付金・借入金の整理 | 債権放棄や返済の処理により課税関係が生じうる | 税理士 |
| 事業承継税制の検討 | 特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、適用期限は2027年12月31日 | 税理士 |
また、法人側の税負担については、2026年4月以後に開始する事業年度から防衛特別法人税が導入されており、法人実効税率の目安は約30%とされています。買い手が税引後のキャッシュフローで投資判断をする以上、税制の変更は価格観にも影響します。制度の骨格を知っておけば、買い手側の言い分の背景が理解できます。
スキームの選択は、税務だけでなく法務、許認可、従業員の処遇、契約の承継可否など複数の軸で決まります。アドバイザーは全体を見渡して論点を洗い出し、各専門家の見解を統合して依頼者に選択肢として示す立場です。デューデリジェンスの場での役割分担は「DDの段取りとコーディネーション」、税務DDの中身は「税務デューデリジェンス」を参照してください。
税理士への質問の仕方|依頼書の型
「税金はどうなりますか」と口頭で聞いても、有用な回答は返ってきません。前提が不明だからです。書面で、次の構成で依頼してください。なお、顧問税理士に接触する前に、必ず売り手オーナーの明示的な了解を得ます。M&Aの検討自体が高度な秘密情報であり、順序を誤れば信頼を一度で失います。
- 1. 依頼の目的:何を判断するために必要なのか(例:オーナーへの手取り概算の提示)
- 2. 前提事実:株主構成と持株数、株式取得の経緯、決算期、想定スキーム、想定時期、金額レンジ
- 3. 確認したい論点:番号を振って具体的に。「取得費の算定に必要な資料は何か」「退職金を支給する場合の留意点」など
- 4. 添付資料:決算書・申告書・株主名簿・登記事項証明書など、判断に必要なもの
- 5. 回答希望期限と使途:いつまでに、何に使うのか。オーナーへの提示資料に反映するのかを明示
- 6. 秘密保持の確認:検討の事実を含め、社内外への共有範囲を明記
回答を受け取ったら、そのまま依頼者に転送するのではなく、「税理士の見解として、こう伺いました」と出所を明示して伝えます。アドバイザーの意見と専門家の見解を混ぜないことが、後の紛争を防ぎます。そして、回答は必ず案件フォルダに保存し、日付と発言者を記録します(管理の型は「受領資料の整理術」参照)。
顧問税理士は、M&Aの検討を「顧問先を失う話」と受け止めることがあります。実際には譲渡後も関与が続くことが多く、早い段階で丁寧に説明し、専門家として敬意をもって協働を求めることが、案件を安定させます。オーナーが最も長く信頼してきた相手であることを忘れないでください。
やってはいけない5つのこと
- 個別の税務判断を自分で下す:「この場合は非課税です」「こうすれば節税になります」と断定しない
- 概算に但し書きをつけない:前提と「税理士に要確認」を必ず添える。口頭でも書面でも同じ
- 税負担を理由に取引を誘導する:「税制が変わる前に急いだほうがよい」と煽らない。時期はオーナーが決めること
- 顧問税理士を飛ばす:オーナーの了解なく接触しない。逆に、確認すべきことを確認しないまま進めない
- 古い制度の知識で話す:税制は毎年改正される。記憶で語らず、公表資料と専門家の確認に戻る
まとめると、アドバイザーに求められる税務の力とは、答えを出す力ではありません。「ここは税務の論点だ」と気づく感度、前提を整理して専門家に渡す力、そして返ってきた見解を依頼者に正確に伝える力です。この3つは、実務の反復でしか身につきません。当社では税務・法務に関わる論点は必ず上長と専門家の確認を経る運用としており、新任のアドバイザーが一人で判断する場面をつくらない体制をとっています。
なお、当社の報酬体系は相談料・着手金・月額報酬0円、基本合意時に成功報酬額の10%を中間金として受領し(成功報酬から全額差引・不成立でも返金なし)、成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)で最低2,000万円(税別)です。手取りの概算を示す際は、税負担と報酬の両方を前提に置いて説明します。