本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。M&Aの資料に添える事業計画ほど、作り手の姿勢が出るものはありません。右肩上がりの棒グラフが並ぶだけの計画は、買い手の担当者に一目で見抜かれます。かといって、保守的すぎる計画は会社の実力を過小に見せます。目指すべきは過大でも過小でもなく、前提が明示された計画です。本稿では、計画の目的整理、売上の分解、費用と投資の置き方、三本立ての設計、達成条件の書き方までを扱います。基礎的な作り方は「事業計画書の作り方」もあわせてご覧ください。

M&Aの事業計画は「誰のため」に作るのか

まず、計画の目的を確認します。中小企業が作る計画には、いくつかの種類があります。

  • 金融機関向けの計画:返済できることを示すのが目的。保守的に作られていることが多い
  • 社内向けの計画:目標として掲げる数字。意欲的に作られていることが多い
  • M&Aの場面で使う計画:買い手が投資判断をするための材料。実現可能性の説明が目的

三つ目が本稿の対象です。社内向けの目標をそのままM&Aの資料に転用すると、たいてい過大になります。逆に金融機関向けをそのまま使うと過小になる。目的が違えば作り方も違う——ここを売り手に説明するところから始めてください。

また、そもそも計画が必要かを判断することも実務です。直近の実績が安定していて事業が分かりやすい会社なら、実績と足元の受注状況を示すだけで十分なこともあります。形式的に作った根拠の薄い計画は、あるほうが害になる。必要性の判断も仲介者の仕事です。

売上を分解する|数量×単価に落とすまで粘る

計画の質は、売上の分解の深さで決まります。「前年比◯%増」は分解ではありません。次の水準まで落とします。

事業の型分解の切り口
受注生産・工事受注件数 × 平均単価。受注残、見積提出中の案件、失注率を分けて示す
継続契約・保守契約件数 × 月額単価 × 継続月数。新規獲得数と解約数を分けて置く
卸・商社取引先別の数量 × 単価。主要先ごとに継続の見込みを確認する
店舗・拠点型拠点数 × 拠点あたり売上。新規出店の時期と立ち上がり期間を明示する
時間販売型稼働人数 × 稼働率 × 単価。採用の見込みと育成期間を織り込む

分解する目的は二つあります。第一に、どの前提が結果を動かすかが見えること。単価が5%動いたときの影響、稼働率が5ポイント動いたときの影響が計算できます。第二に、買い手が自社の前提で読み替えられること。買い手は「自社の販路を使えば件数はもっと伸びる」といった検討をします。分解されていない計画では、それができません。

そして、既存分と新規分は必ず分けてください。既存顧客の継続だけで、いくらの売上になるのか。これは買い手が最も知りたい数字です。新規の上積みは不確実でも、既存の継続は検証しやすい。この二つを混ぜた計画は、検証の手がかりを失わせます。

費用と投資の置き方|人件費と設備を積み上げる

売上を伸ばす計画なら、それを支える費用も増えます。ここを据え置いた計画は、利益率が不自然に改善し、一目で見抜かれます。

人件費

  • 必要人員を職種別に積み上げる。増員する場合は、採用時期と一人前になるまでの期間を織り込む
  • オーナーの代替人件費を必ず入れる。譲渡後に社長の職務を誰が担うのか、その費用はいくらか
  • 賞与、法定福利費、退職金の発生見込みを忘れない
  • 採用の難易度が高い職種は、計画どおり採れない可能性にも触れる

設備投資

  • 維持更新投資と成長投資を分ける。維持更新は、減価償却費と近い水準になるのが一つの目安
  • 固定資産台帳から、取得時期の古い設備と更新の必要性を洗い出す
  • 先送りされている修繕や更新があれば、計画に織り込むか、少なくとも注記する
  • 投資の時期と、効果が出るまでの時間差を明示する

運転資本

売上が伸びれば、売掛金と在庫も膨らみます。回転期間を固定して連動させ、成長に必要な運転資金を計画に反映してください。ここを無視した計画は、利益は出るのに資金が足りないという実態を隠します。運転資本の考え方は「運転資本の見方」を参照してください。

三本立てにする|保守・標準・強気を並べる

一本の計画だけを示すと、それが「約束」に見えます。実務では三本立てを勧めます。

  • 保守ケース:既存顧客の継続のみ。新規の上積みも、投資の効果も見込まない
  • 標準ケース:足元の受注状況と、確度の高い新規を織り込んだ水準
  • 強気ケース:計画どおりに採用・投資・新規開拓が進んだ場合

三本並べる効果は大きい。買い手は保守ケースを見て「最低限どこまで行くか」を確認し、標準ケースで投資判断をし、強気ケースで上振れの余地を見ます。一本だけの計画では、この三つの問いに同時に答えられません。

そして、三本の差がどこから生まれるかを明示します。「保守と標準の差は、新規受注◯件分」「標準と強気の差は、増員◯名と設備◯の稼働」。差の要因が分かると、買い手は自社の力で埋められる部分を判断できます。これはシナジーの議論への入口にもなります。

なお、三本立てはDCFの感度分析とも接続します。評価の場面での使い方は「DCFを中小M&Aでどう使うか」を参照してください。

達成条件を書く|数字より条件が読まれる

ここが本稿で最も伝えたい点です。買い手が計画で本当に読んでいるのは、数字ではなくその数字が成り立つ条件です。だから、計画表の隣に条件を書いてください。

  • :何名を、いつまでに、どの職種で採用する必要があるか。育成にどれくらいかかるか
  • 設備:どの設備を、いつ導入し、いくらかかるか。稼働までの期間は
  • 資金:投資と運転資本の増加で、いくらの資金が必要か
  • 取引:どの顧客との取引が継続する前提か。新規はどのチャネルから見込むか
  • 外部環境:価格転嫁、法規制、原材料価格など、前提としている条件
  • リスク:条件が満たされない場合、どの程度下振れするか

条件を書くと計画が弱く見えるのでは、と心配する人がいます。逆です。条件が書かれた計画は「検証できる計画」であり、書かれていない計画は「願望」です。買い手の担当者は社内で説明する責任を負っています。条件が明示された計画は、そのまま稟議の材料になります。

また、条件を並べる過程で、売り手ご自身が現実的な水準に調整されることが多くあります。「この売上には◯名の採用が必要ですが、採れそうですか」と問うだけで、計画は自然と地に足のついたものになります。数字を否定せず、条件を問う——これが仲介者の立ち位置です。

買い手は計画をどう読むか|作成者の姿勢が見られている

最後に、買い手側の視点です。買い手の担当者は、計画を読むときに次を見ています。

  • 過去の計画と実績の乖離:過去に作った計画があれば、その達成度を必ず聞かれる。乖離が大きい会社の新しい計画は割り引いて読まれる
  • 直近の足元:計画の初年度と、直近の月次実績が整合しているか。ここがずれていると全体が疑われる
  • 誰が作ったか:売り手が作ったのか、仲介者が整理したのか。作成主体が書かれていない計画は評価されない
  • 都合の悪い前提も書いてあるか:リスクや下振れ要因に触れている計画は信頼される

一つ目の「過去の計画と実績の乖離」は、実務上とても大事です。金融機関に提出した計画が手元にある会社は多く、デューデリジェンスで確認されます。過去に大きく未達なら、その理由を先に説明しておくほうが安全です。

そして、計画に載せる数字は必ず売り手の確認を経てください。仲介者が作った計画をそのまま資料化し、後に前提が事実と異なると判明すれば、表明保証の問題にもなり得ます。資料には作成主体と作成日、前提条件を明記する。この作法は「IMの財務パートの書き方」と共通です。事業ごとの指標の選び方は「業種別KPIの選び方」を続けてお読みください。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における会計・税務・法務の判断は、公認会計士・税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.必ずしも必須ではありません。直近の実績が安定していて、事業内容が分かりやすい会社であれば、実績と足元の受注状況を丁寧に示すだけで十分な場合もあります。計画が有効なのは、成長投資の効果を示したい場合、収益に季節性や周期性がある場合、直近に一時的な悪化があってその回復を説明したい場合などです。必要性を判断せずに形式的に作ると、根拠の薄い数字がかえって信頼を損ないます。
A.まず、違いがどこから来ているかを分解します。売上の前提か、費用の見積もりか、投資の時期か。そのうえで、売り手の前提を否定するのではなく、達成に必要な条件を明示していきます。「この売上を実現するには、この人数の採用とこの設備が必要になります」と条件を並べると、多くの経営者は自ら現実的な水準に調整されます。資料には作成主体を明記し、仲介者の見立てと売り手の計画を混ぜないでください。
A.3年から5年が一般的です。それ以上先まで細かく積み上げても精度は上がらず、かえって根拠の薄い数字が増えます。むしろ、初年度を月次または四半期で細かく作り、2年目以降は年次で示すという設計のほうが実務的です。直近が具体的であるほど、買い手は計画全体を検証可能なものとして受け止めます。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら