会社を譲渡する過程で、買い手から「事業計画を見せてください」と求められる場面が必ず訪れます。中小企業では、金融機関に提出する程度の簡易なものしか作っていない、あるいは頭の中にはあるが文書化していない、という会社も少なくありません。しかしM&Aにおける事業計画は、単なる将来の希望ではなく、価格の議論と信頼の土台になる文書です。本稿では、買い手に信頼される事業計画をどう作るか、逆にどのような計画が評価を下げるのかを、仲介の実務から整理します。

M&Aにおける事業計画の役割

事業計画がM&Aで果たす役割は、大きく三つあります。

1. 企業価値算定の材料になる

将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価するDCF法では、事業計画がそのまま算定の入力値になります。マルチプル法を用いる場合でも、直近実績だけでなく計画値を参照して倍率を当てはめることがあります。算定手法そのものについては「会社はいくらで売れる?企業価値評価(バリュエーション)の3つの方法」で解説しています。

2. 事業の理解を助ける

買い手にとって、財務諸表だけでは事業の構造は見えません。売上がどの顧客層から、どの商品・サービスから生まれ、何がその増減を左右するのか——計画を通じて、経営者が自社の収益構造をどう理解しているかが伝わります。

3. 経営者の信頼性を示す

これが見落とされがちですが、重要な役割です。買い手は数字だけでなく、「この経営者の説明はどこまで信用できるか」を見ています。前提を説明でき、良い材料も悪い材料も同じ温度で語れる経営者の計画は、それ自体が信頼の証になります。逆に、質問に対して曖昧な答えが続けば、計画の数字以前に、開示情報全体への不信が生まれます。

信頼される計画の三原則|連続性・前提・保守

M&Aで通用する事業計画には、共通する三つの性質があります。

原則1:過去実績との連続性がある

最も重視されるのがこれです。過去数年の実績と計画初年度の間に、説明のつかない断絶があってはいけません。長く横ばいだった売上が、計画の初年度から急に伸びる——そうした計画は、なぜそうなるのかを説明できなければ、買い手には「願望」としか映りません。

連続性を示すには、まず過去3〜5年の実績を並べ、その推移の理由(良かった年・悪かった年の要因)を言語化することから始めます。そのうえで、計画期間に何が同じで何が変わるのかを示します。「変わらない部分」を明示することが、実は説得力を生みます。

原則2:前提条件が明示されている

計画は結論の数字より、そこに至る前提が重要です。売上であれば、顧客数×単価×頻度といった分解、あるいは既存顧客の継続分と新規獲得分の内訳。費用であれば、人員計画と人件費、原材料や仕入の見通し、家賃や減価償却などの固定費。これらの前提が書かれていない計画は、買い手が検証しようがありません。

前提を書くことには、もう一つの効用があります。前提が明示されていれば、買い手はそこだけを自社の見立てに置き換えて再計算できます。「この成長率は自社では見ないので、そこは横ばいで評価する」といった調整が可能になり、議論が具体的になります。前提が隠れている計画は、丸ごと信用しないという扱いになりがちです。

原則3:保守的なケースも示している

期待値を置いた基本ケースに加えて、主要な前提が下振れした場合のケースを併記することをおすすめします。主要顧客が離れた場合、価格競争で単価が下がった場合、採用が計画どおり進まなかった場合——事業のリスクを自ら示し、その場合でもどの程度の利益水準を保てるのかを説明できる経営者は、買い手から高く信頼されます。

不思議に思われるかもしれませんが、リスクを隠すより示すほうが、結果として条件がよくなることが少なくありません。買い手は必ずリスクを探します。売り手が先に開示していれば「把握している」となり、後から発見されれば「隠していた」となる。同じ事実でも、伝わり方はまったく異なります。

計画に盛り込むべき構成要素

形式に決まりはありませんが、実務では次の要素を備えた計画が扱いやすいとされます。

要素内容ポイント
過去実績直近3〜5期の損益・貸借の推移増減の理由を注記する
損益計画売上・売上原価・販管費・営業利益科目は実績と同じ区分で揃える
売上の分解事業別・顧客別・商品別などの内訳会社の実態に合う切り口を選ぶ
人員計画部門別の人数と人件費採用の実現可能性も述べる
設備投資更新投資と成長投資の別減価償却との整合を取る
資金計画借入金の返済予定、運転資金の増減季節性がある場合は月次で
前提条件一覧計画の根拠となる仮定数値の根拠を一枚にまとめる
感応度・保守ケース主要前提が変動した場合の影響下振れ要因を具体的に

また、損益計画を作る際は、実質利益(正常収益力)の考え方も意識しておくとよいでしょう。役員報酬や、事業と直接関係のない費用が含まれている場合、買い手は必ずそれを調整して収益力を見ます。計画上も、そうした項目を区分しておくと説明が円滑になります。EBITDAを併記しておくのも有効です。

説明用の仮の数値として、たとえば「主要顧客A社向け売上が計画期間中も横ばいで推移し、新規顧客の獲得によって年間で数%の増収を見込む」といった形で前提を置いたとします。この場合、買い手は「新規獲得の実績が過去にあるか」「営業体制はそれを担えるか」を確認します。数値そのものより、その数値を支える事実があるかどうかが問われます。

やってはいけない作り方

実務でよく見かける、避けるべきパターンを挙げます。

  • 根拠のない一律成長率——「毎年10%成長」といった数字を全科目に掛けただけの計画。分解も根拠もないため、買い手は計画全体を採用しません
  • 費用だけ横ばいの計画——売上は伸びるのに人件費も物流費も動かない計画。増収に必要な資源が織り込まれておらず、実現可能性を疑われます
  • 実績との科目区分がずれている——実績と計画で費目のくくり方が違うと、比較ができず検証に手間がかかります
  • 希望的な新規事業を大きく織り込む——まだ売上のない事業を計画の柱に据えると、その部分は評価から外されるうえ、既存事業の見通しの精度まで疑われます
  • 売り手自身が説明できない計画——顧問先や外部に作成を任せきりで、前提を経営者が答えられない状態が最も危険です
  • 実績値と見込値が混在している——期中の数字で、確定済みの実績と見込みが区別されていないケース。事実と予測は必ず分けて表示します

とりわけ最後の点は、契約上のリスクにもつながります。提出資料に事実と異なる記載があった場合、表明保証違反として補償の対象になり得ます。将来の予測が外れることと、事実を誤って記載することは、まったく別の問題です。

買い手は計画のどこを見ているか

買い手の視点に立つと、計画の読み方は次のようになります。

「誰が稼いでいるのか」の依存度

売上が特定の顧客に集中していないか、特定の社員や経営者個人の力に依存していないか。譲渡後に経営者が退く前提であれば、その属人性がどう引き継がれるのかが最大の関心事です。計画の中で、営業の仕組みや顧客との関係の性質を説明できると、この不安は大きく和らぎます。

「何が変われば崩れるのか」

買い手はリスクを見つける仕事をしています。計画が崩れる条件——契約更新、価格改定、法規制、人材の確保——を、売り手自身が把握しているかどうかを見ています。

「自社が加われば何が変わるのか」

買い手は、売り手の計画をそのまま信じるのではなく、自社と一緒になった場合の姿を描きます。売り手側の計画は、あくまで現状の体制が続いた場合の見通しとして提示するのが正しい姿勢です。シナジーを織り込んで数字をふくらませるのは売り手の仕事ではありません。この点は「シナジー効果とは|買い手が価格に上乗せできる条件」で詳しく述べています。

デューデリジェンスでの検証

基本合意の後、デューデリジェンスで計画は本格的に検証されます。受注残や契約書との突合、原価計算の妥当性、人員計画と就業実態の整合など、前提の一つひとつが確認されます。ここで計画と実態の食い違いが多数見つかると、価格の再交渉に直結します。デューデリジェンスに耐えることを前提に作る——これが最も実務的な指針です。

作成の進め方と、経営者が語るべきこと

計画づくりは、次の順序で進めると迷いが少なくなります。

  • 第一段階:過去3〜5期の実績を整理し、増減の理由を言葉にする
  • 第二段階:売上を自社の実態に合う切り口で分解し、それぞれの見通しを立てる
  • 第三段階:費用を変動費と固定費に整理し、売上の前提と整合させる
  • 第四段階:前提条件を一覧にまとめ、根拠となる資料と紐づける
  • 第五段階:主要前提が下振れした場合の保守ケースを作る
  • 第六段階:顧問税理士やアドバイザーに見てもらい、想定質問への答えを用意する

そして最後に、最も大切なことをお伝えします。計画は資料ですが、買い手が受け取っているのは経営者の言葉です。トップ面談の場で、なぜこの数字になるのか、何が不安なのか、後継者に何を託したいのかを、自分の言葉で語れるかどうか。精緻な表よりも、その語りのほうが記憶に残り、条件交渉の局面で効いてきます。

売却の準備は、譲渡を決めてから始めても遅くはありませんが、時間があるほど選択肢は広がります。準備期間を活かした収益構造の整理については「企業価値を高める磨き上げ」もあわせてご覧ください。

まとめ

買い手に信頼される事業計画の要点を整理します。

  • 事業計画は、価格算定の材料であると同時に、経営者の信頼性を示す文書でもある
  • 三原則は「過去実績との連続性」「前提条件の明示」「保守的なケースの併記」
  • 根拠のない一律成長率、費用だけ据え置きの計画、説明できない外注任せの計画は評価を下げる
  • 実績値と見込値は必ず区別する。事実の誤記は契約上のリスクにつながる
  • シナジーを織り込むのは買い手の仕事。売り手は現状の体制が続いた場合の見通しを示す
  • デューデリジェンスで検証されることを前提に、資料と紐づけて作る

当社では、初回のご相談の段階から、どの資料をどの粒度で整えるべきかをご一緒に検討し、買い手からの質問を想定した準備までお手伝いしています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。

本稿は事業計画作成の一般的な考え方を整理したものであり、特定の数値や算定結果を保証するものではありません。税務・会計上の取扱いや契約条項の設計については、個別の判断を公認会計士・税理士・弁護士等の専門家にご確認ください

よくあるご質問

A.案件の性質によりますが、実務では3年から5年程度の計画を求められることが多く、そのうち直近年度については月次の見込みまで示せると説明がしやすくなります。重要なのは年数の長さよりも、示した期間について前提条件を説明でき、過去実績との連続性が保たれていることです。根拠を説明できない年度まで無理に伸ばすと、かえって計画全体の信頼を損ないます。
A.そうとは限りません。買い手はデューデリジェンスで計画の前提を検証しますので、根拠の乏しい成長を織り込んだ計画は、その部分が割り引かれるだけでなく、提示された情報全体の信頼性を疑わせる原因になります。結果として価格交渉で不利に働くことも少なくありません。前提を説明できる範囲で作り、上振れ要素は計画本体とは分けて説明するほうが、実務的には評価につながります。
A.将来の予測が結果として外れたこと自体で直ちに責任を問われるわけではありませんが、契約上の表明保証や、業績連動型の対価(アーンアウト)を設けた場合の取扱いは案件ごとに異なります。提出資料に事実と異なる記載があった場合には補償の対象となり得るため、実績値と見込値は明確に区別し、前提条件を書面で残しておくことが重要です。契約条項の設計を含め、個別の判断は弁護士・公認会計士等の専門家にご確認ください。

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計画は、数字より前提から。

どの資料をどの粒度で整えるべきか、買い手からの想定質問まで含めてご一緒に準備します。相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら