意向表明書(LOI:Letter of Intent)は、買い手候補が「この条件で買収を検討したい」という意思を書面で示すものです。複数の候補から意向表明書を受け取った瞬間から、仲介者の仕事は「情報を届ける」から「情報を整理し、判断の材料にする」に変わります。ここで価格だけを見て候補を並べてしまうと、後のデューデリジェンス(DD)や最終契約で条件が崩れ、売り手の期待を裏切ることになります。本稿はM&A仲介の実務者と、これから仲介の仕事に就く方に向けて、意向表明書の受領から比較、オーナーへの説明までの型を整理します。意向表明書と基本合意書・最終契約書の関係は「基本合意書(LOI)と最終契約書(SPA)の違いと注意点」も参照してください。

意向表明書とは|受領時に仲介者がまず確認すること

意向表明書は一般に、価格やスキームについて法的拘束力を持たない形で作成されます。つまり、書かれている条件は「現時点での買い手の考え」であり、確定した約束ではありません。この性質を、仲介者自身が正しく理解しておく必要があります。

受領時のチェック

書面を受け取ったら、内容を読む前に次の形式面を確認します。

  • 提出期限内に届いているか(遅れた場合、その理由を確認)
  • 宛先は正しいか(売り手宛か、仲介会社宛か)
  • 署名者は誰か。決裁権限のある人物か、担当者レベルか
  • 有効期限は記載されているか
  • どの資料(IMの版数)に基づいて作成されたか
  • 法的拘束力について、どの条項がどう書かれているか

そして、受領した書面をそのまま売り手に転送してはいけません。まず仲介者が読み込み、要約と比較表を作り、不明点を洗い出してから説明の場を設けます。生の書面を先に見たオーナーは、価格の数字だけが頭に残り、以後の説明が入らなくなります。

価格以外に見る7項目

意向表明書で見るべき項目は、価格を含めて次の8つです。価格以外の7項目こそ、仲介者が読み解く価値のある部分です。

項目確認すること見落としやすい点
価格金額、算定の根拠、株式価値か企業価値か、純有利子負債や運転資本の調整の有無「企業価値〇円」の提示を株式価値と誤読する
スキーム株式譲渡か事業譲渡か、全部か一部か、支払方法(一括・分割・アーンアウト)分割やアーンアウトは、受取総額が同じでも確実性が違う
雇用条件従業員の雇用維持の方針と期間、処遇変更の有無、勤務地の変更「原則維持」と「維持を約束」は意味が異なる
オーナー処遇引継ぎ期間、役職、報酬、競業避止の範囲と期間引継ぎ期間が長すぎる・短すぎる、競業避止が広すぎる
前提条件DDの範囲、必要な許認可、取引先の同意、表明保証の考え方前提条件が多い提示は、DD後に価格が下がる余地が大きい
スケジュールDD期間、最終契約の目標時期、クロージングの目標時期社内決裁の手順(取締役会・株主総会)が織り込まれているか
資金調達自己資金か借入か、金融機関の内諾状況、調達の前提「調達予定」と「内諾済み」の差。確度の低い高値は要注意
その他独占交渉権の要求、社名・拠点の維持、費用負担、有効期限独占交渉権の要求が、他の条件と抱き合わせになっていないか

とくに「前提条件」と「資金調達」は、価格の確からしさを測る項目です。同じ金額でも、前提条件が少なく資金の内諾が取れている提示と、前提条件が多く調達がこれからの提示とでは、最終契約に至る確度がまったく違います。

比較表の作り方|同じ物差しで並べる

候補が複数ある場合は、行に項目、列に候補を並べた比較表を作ります。作るときの原則は3つです。

1. 物差しを揃える

価格は「株式価値ベース」に揃えます。企業価値で提示している候補があれば、純有利子負債の取り扱いを確認して株式価値に換算し、換算の根拠を注記します。支払方法が分割やアーンアウトの場合は、確定部分と条件付き部分を分けて表示します。

2. 「書いていない」を空欄にしない

ある候補の意向表明書に雇用条件の記載がない場合、表の該当欄を空欄にしてはいけません。「記載なし(要確認)」と書きます。書いていないことは「まだ決めていない」か「あえて書いていない」のどちらかであり、空欄にすると比較の場でその重要性が見えなくなります。

3. 確度の欄を設ける

資金調達の確度、決裁の確度、スケジュールの現実性について、仲介者の見立てを「高・中・低」で付けます。これは主観ですが、根拠(内諾の有無、署名者の権限、過去の対応の速さ)を注記すれば、オーナーの判断材料として十分に機能します。

比較表を作る過程で出てきた不明点は、候補ごとの質問リストにまとめ、オーナーへの説明の前に各候補へ照会しておきます。「確認中」の項目が多いまま説明の場を迎えると、判断が先送りになります。

オーナーへの説明順序|価格から始めない

比較表が揃ったら、オーナーへの説明の場を設けます。ここでの順序が、判断の質を決めます。価格から始めてはいけません。価格を最初に見せると、他の項目が目に入らなくなるからです。実務で使う順序は次のとおりです。

  • ①全体像:何社から、いつ受領し、有効期限はいつまでか
  • ②各社の買収目的と雇用方針:なぜ買いたいのか、従業員をどうするつもりか
  • ③スキームと前提条件:どう買うのか、何が条件になっているか
  • ④スケジュールと資金の確度:いつまでに、どのお金で
  • ⑤価格:ここで初めて金額を、換算の根拠とともに示す
  • ⑥仲介者の見立てと質問事項:各候補の確度、確認中の項目

仲介者が「選ぶべき」とは言わない

仲介者は売り手と買い手の双方から報酬を受ける立場です。そのため「この会社を選ぶべきです」と一方の候補を推す発言はしません。仲介者の役割は、事実を同じ物差しで整理し、論点を示すことまでです。判断はオーナーが行います。顧問税理士や弁護士が説明の場に同席することは、むしろ歓迎すべきことです。仲介という立場の性質については「M&A仲介の両手取引とは」で正直に整理しています。

そのうえで、「最高額が最良とは限らない」ことは、事実として説明します。前提条件の多い高値はDDで下がりやすく、資金確度の低い高値は最終契約に至らない可能性がある——この2点を比較表の該当欄を指しながら伝えれば、オーナーは自分で判断できます。

独占交渉権の扱い|付与するなら基本合意で、期間を区切って

意向表明の段階で「独占交渉権を付与してほしい」と求める買い手がいます。原則として、この段階では付与しません。独占を与えた瞬間に他の候補との比較ができなくなり、売り手の選択肢が狭まるからです。

独占交渉権は、候補を1社に絞り、主要条件が固まった基本合意の段階で付与するのが基本です。付与する場合も、①期間を区切る、②DDの範囲とスケジュールに紐づける、③売り手側の義務(他候補との交渉停止)を明確にする、の3点を押さえます。基本合意書での設計は「基本合意書の主要論点とドラフティング|仲介者が押さえる条項」で扱います。

候補を絞る際の考え方

基本合意に進む候補は通常1社ですが、条件が拮抗している場合、基本合意の直前まで2社を並走させることもあります。並走させる場合は、両社に「他候補と並行して検討している」事実を伝え、同じ期限で条件の最終確認を求めます。他候補の条件の中身を伝えて競らせることはしません。

候補への回答とフィードバック

オーナーが判断したら、すべての候補に回答します。

選ばれなかった候補へ

理由を丁寧に伝えます。価格だけが理由でない場合は、雇用方針やスキームなど価格以外の要素も含めて説明します。買い手は今後の別案件で候補になりうる相手であり、断り方は次の案件の打診の質に直結します。あわせて、開示したIMなどの資料の返却・破棄をNDAに従って依頼します。

選ばれた候補へ

基本合意に向けて確認が必要な条件と、そのスケジュールを伝えます。意向表明書の内容のうち、オーナーが再検討を求める項目があれば、「他社はもっと高い」といった他候補を引き合いに出す言い方ではなく、「この項目について、こういう理由で再検討をお願いしたい」と、項目を特定して依頼します。この後の条件調整の進め方は「M&Aの価格交渉|買い手との条件すり合わせと譲れない線の決め方」を参照してください。

まとめ|比較表は判断のための道具

意向表明書の比較で仲介者に求められるのは、価格以外の7項目を同じ物差しで並べ、確度を見立て、価格を最後に示す順序で説明することです。判断はオーナーのもの、仲介者は判断の材料を整える役——この線を守ることが、結果として売り手の満足と、買い手からの信頼の両方につながります。

よくあるご質問

A.一般的には、意向表明書は買い手の「現時点での買収意思と希望条件」を示す文書であり、価格やスキームについて法的拘束力を持たない形で作成されます。ただし、秘密保持や独占交渉に関する条項を含め、その部分にだけ拘束力を持たせる書き方もあります。受領した書面に拘束力の記載がある場合、あるいは記載が曖昧な場合は、売り手側の弁護士に確認したうえでオーナーに説明してください。
A.価格は重要な要素ですが、最高額が最良の条件とは限りません。前提条件が多く付いた高値はデューデリジェンスの過程で下がりやすく、資金調達の確度が低い高値は最終契約に至らない恐れがあります。従業員の雇用方針やオーナーの引継ぎ条件も、譲渡後の満足を大きく左右します。仲介者は価格以外の項目を同じ物差しで並べ、各候補の確度と条件の全体像をオーナーに示したうえで、判断をオーナーに委ねます。
A.原則として、意向表明の段階では独占交渉権を付与しません。独占を与えると他の候補との比較ができなくなり、売り手の選択肢が狭まるためです。独占交渉権は、候補を1社に絞り、主要条件が固まった基本合意の段階で、期間を区切って付与するのが実務上の基本です。買い手にはその旨を丁寧に説明し、独占の要求を理由に他の条件を譲ることのないようにします。

Careers & Consultation

判断の材料を整える力を、案件で磨く。

当社では、意向表明書の読み込みから比較表の作成、オーナーへの説明までを担当アドバイザーが担います。整理する力と伝える力を伸ばしたい方をお待ちしています。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら