本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者に向けた実務教材です。3期分の決算書と、直近の月次試算表をお預かりして数字を並べたら、合わない。これは中小企業の案件では珍しいことではなく、ほとんどの場合は不正ではなく、決算整理と月次処理の作り方の差です。ただし、差異の理由を確かめないまま資料をつくると、デューデリジェンス(DD)の初期で必ず指摘され、そこから資料全体の再検証が始まります。ここでは、差異をどう切り分け、どこまで確かめ、資料にどう書くかを型にします。決算書そのものの読み方は「決算書を読む力を身につける」を参照してください。
食い違いは異常ではない|なぜ差が出るのかを先に理解する
差異を見つけたときに最初にやるべきことは、原因を疑うことではなく、差が出る構造を理解することです。中小企業の月次試算表は、税務申告のための決算とは目的が違います。多くの場合、月次は入出金と請求の記録を素早く整えることを優先しており、期末にしか行わない処理が反映されていません。
| 期末にだけ行われやすい処理 | 月次への反映 | 損益への影響の向き |
|---|---|---|
| 減価償却費の計上 | 年一括、または未計上のことがある | 月次利益が過大になりやすい |
| 実地棚卸に基づく在庫の確定 | 月次は概算や前月据え置きのことがある | 両方向に動く |
| 賞与・退職給付の引当 | 月次では未処理のことが多い | 月次利益が過大になりやすい |
| 売上・仕入の期間帰属の調整 | 請求ベースのままのことがある | 両方向に動く |
| 貸倒引当・滞留債権の処理 | 期末にまとめて判断される | 月次利益が過大になりやすい |
この表を頭に入れておくと、差異を見た瞬間に「これは減価償却だろう」「これは棚卸だろう」と当たりがつきます。当たりをつけてから確かめると、オーナーや顧問税理士への質問が一往復で済みます。
まず突き合わせる四点|期首残高・計上基準・棚卸・決算整理
差異を見たら、次の四点をこの順で確かめます。順番に意味があります。上から潰していくと、下の検証が楽になるからです。
- 1. 期首残高:前期末の貸借対照表と、当期の月次の期首が一致しているか。ここがずれていると、以降の月次はすべてずれます。中小企業では、決算修正が月次に戻し入れられていないことが実際にあります
- 2. 売上・仕入の計上基準:出荷基準か検収基準か、請求月か締め日か。月次と決算で基準が違うと、期末月の売上が丸ごとずれます
- 3. 棚卸資産:実地棚卸をいつ行っているか、月次の在庫は実棚か理論値か。製造業・卸売業では、これが差異の最大要因になることが多い項目です
- 4. 決算整理仕訳:決算でどの仕訳を入れているか。総勘定元帳の決算整理欄、または顧問税理士の作業資料で確認します
四点を確かめるのに必要な資料は、総勘定元帳(または勘定科目内訳明細書)、月次推移表、棚卸表、決算整理仕訳の一覧です。資料をお願いするときは、目的を添えると負担が軽くなります。「月次と年次の作り方の違いを揃えて、買い手に説明できる形にしたい」と言えば、顧問税理士の協力も得やすくなります。資料依頼の順番は「資料依頼の出し方」も参照してください。
差異の切り分け手順|金額を三つの箱に入れる
四点を確かめたら、差異の金額を次の三つに分けます。すべての差額を、どれかの箱に入れ切ることが目標です。入り切らない残りが、本当に確かめるべき部分になります。
| 箱 | 中身 | 資料での扱い |
|---|---|---|
| 処理時期の差 | 減価償却、引当、棚卸の確定など、年間では一致するもの | 注記で説明すれば足りる。年換算して並べ直す |
| 基準の差 | 計上基準・締め日の違いなど、揃え直せば説明できるもの | どちらの基準で並べたかを明記し、統一した数字を示す |
| 説明がつかない差 | 上の二つに入らない残り | 追加で確認する。分からないまま資料に載せない |
三つ目の箱に金額が残ったら、そこで止まって確かめます。ここで無理に説明をつくると、後で立ち行かなくなります。実務では、残った差額の勘定科目を絞り、その科目の元帳を期間指定で見せてもらうのが最短です。多くの場合、振替の重複、科目の入れ替え、期ずれの三つのどれかに行き着きます。
なお、確かめた結果として、月次の作り方そのものに改善余地が見つかることがあります。その場合も、アドバイザーが帳簿を直すことはありません。事実を整理して顧問税理士に引き渡し、処理の判断はそちらに委ねます。
資料にどう書くか|注記の付け方と、並べ方の統一
差異の理由が分かったら、資料には次の三点を書きます。書かずに数字だけ揃えると、買い手は「なぜこの数字なのか」を自分で調べ直すことになり、結局質問が来ます。
- どの基準で並べたか:「3期は決算数値、直近期は月次試算表の累計。減価償却は年額を月割で加味」のように、加工の内容を書く
- 加工した項目と金額:何をいくら調整したかを、項目ごとに示す
- 未確定の部分:期末の棚卸で確定する、引当額が未計算である、など残っている不確実性
注記の文章は短くて構いませんが、「調整」という言葉だけで済ませないのが実務の作法です。何をしたか書いていない調整は、買い手からは数字をいじったように見えます。「賞与引当が月次に含まれていないため、年間見込額を月割で反映した」と書けば、それは加工ではなく揃え直しだと伝わります。
また、月次の数字を使うときは季節性の影響を必ず添えてください。上期だけの累計を年換算すると、繁閑の差がそのまま倍率で効きます。運転資本の季節変動については「運転資本の見方」に詳しく書いています。
オーナーと顧問税理士への聞き方|責めない、事実だけを確かめる
聞き方は、案件の進み方を左右します。差異の指摘は、オーナーにとって「帳簿がおかしいと言われた」と受け取られやすい話題です。実務では、次の順で話します。
- 1. 前提を先に置く:「月次と決算で作り方が違うのは通常のことです」と最初に伝える
- 2. 目的を言う:「買い手から必ず質問が来るので、先に揃えておきたい」
- 3. 事実だけを聞く:「棚卸はいつ実施されていますか」「月次の在庫は実棚ですか」。原因や責任の話にしない
- 4. 顧問税理士に直接伺う許可を得る:オーナー経由の伝言は精度が落ちるため、同席または直接のやり取りをお願いする
顧問税理士に伺うときは、こちらの用途を明確に伝えることが重要です。監査や検査ではなく、買い手に説明するための整理であること、税務処理の当否を問うものではないことを最初に述べます。これを言わずに質問を並べると、警戒されて回答が遅くなり、案件全体が止まります。
なお、確かめる過程で税務上の論点(処理の妥当性、修正申告の要否など)に触れることがありますが、その判断は税理士の領域です。アドバイザーは、論点があることをオーナーに伝え、税理士の確認につなぐところまでを担います。
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