本稿は、経営者の方ではなくM&A仲介の実務者、およびこれから仲介会社で働こうとしている方に向けた実務教材です。税理士の先生や金融機関からご紹介をいただいた案件で、紹介元への報告をどうするかは、経験の浅いうちに必ず迷う論点です。紹介してくださった以上、経過をお伝えするのが筋だと考えるのは自然です。しかし、紹介元だからといって、何でも伝えてよいわけではありません。譲渡企業の情報は経営者のものであり、誰に何を伝えるかを決めるのも経営者です。一方で、報告がまったくないと、紹介元との関係は続きません。本稿では、この二つをどう両立させるかを型にします。

紹介元への報告は「当然」ではない

出発点を間違えないでください。報告の根拠は、紹介を受けたという事実ではなく、経営者の同意です。

紹介元の立場から見ると、この順序は不自然に感じられるかもしれません。「自分が紹介したのだから、どうなっているか知りたい」というのは当然の感覚です。だからこそ、最初に順序を説明しておく必要があります。説明せずに報告を絞ると、隠していると受け取られます。

実際に起きる問題は、次のようなものです。

  • 紹介元が譲渡企業の取引先でもあり、条件を知ると立場が微妙になる
  • 紹介元が買い手候補と別の取引関係を持っている
  • 紹介元の事務所の中で情報が広がる
  • 経営者が、紹介元には知られたくない事情を抱えている(健康、相続、家族の事情など)

最後の一つは実際にあります。顧問の先生に相談できないからこそ外部に相談した、という入口も現実に存在します。紹介元と経営者の関係は、こちらが思うほど一枚岩ではないと前提してください。

同意を、初回でどう取るか

紹介を受けた案件では、初回面談の冒頭で報告の範囲を決めます。後から決めようとすると、すでに何かを伝えてしまった後になります。

伺うのは次の四点です。

  1. 紹介元にどこまでお伝えしてよいか:「面談したこと」「検討が進んでいること」「具体的な条件」の三段階で確認します
  2. 紹介元のどなたまでか:担当の先生ご本人までか、事務所の他の方も含むのか
  3. 伝えない事項があるか:個人の事情、特定の取引先の名前など
  4. 報告の頻度:節目ごとか、定期的にか、求められたときだけか

この確認は、経営者にとっても意味があります。紹介元との関係をどう保ちたいかを、こちらが代わりに決めないと伝わるからです。確認した内容は記録に残し、担当が変わっても同じ運用になるようにします。紹介案件の初期対応全体は「紹介案件の受け方」にまとめています。

報告してよいもの、伝えないもの

同意の範囲が定まったうえで、実務上の標準的な粒度を持っておくと迷いません。

項目標準的な扱い
面談を実施したことお伝えする
検討が続いていること・止まっていることお伝えする
おおよその工程の位置お伝えする
買い手候補の社名お伝えしない
提示された価格や条件お伝えしない
経営者の個人的な事情お伝えしない
譲渡を見送る判断とその理由見送った事実のみ。理由は同意がある場合に限る

原則は「進んでいるかどうか」は伝え、「中身」は伝えないです。この線を最初に説明しておけば、紹介元も納得されます。実際、士業の先生方は守秘の重みをよくご存じで、丁寧に線を引く仲介者のほうが信頼されます。線を引かずに何でも話す相手は、「自分の顧問先の情報も、どこかで話されているのではないか」と見られます。秘密保持の運用は「秘密保持の運用実務」を参照してください。

頻度と形式|関係を続けるための最低限

報告は、内容を絞る分、頻度と形式で誠実さを示します

  • 節目ごとに一報:面談した、検討に入った、いったん止まった、区切りがついた。四回で足ります
  • 止まったときこそ連絡する:進んでいるときだけ連絡し、止まると音沙汰がない仲介者は信用されません
  • 形式を揃える:口頭ではなく、短い書面で。事務所の中で共有される場合も、内容が変質しません
  • 紹介元にとっての意味を添える:顧問業務への影響の有無、いつ頃ご相談が発生しそうか

当社は税務顧問業務を行いませんので、成約後も顧問契約は先生に残る前提でご説明しています。この前提を報告のたびに確認しておくと、紹介元の不安が減り、報告の内容が絞られていても関係は保たれます。先生向けの説明は「税理士・会計事務所の先生へ」にまとめてあります。

紹介元の期待とずれたとき

最後に、ずれが生じたときの対応です。三つの場面があります。

  • もっと詳しく知りたいと言われたとき:同意の範囲を理由として説明します。「先生を信用していないわけではなく、顧問先の情報は顧問先のものだからです」と率直に。この説明で納得されないことは、実際にはほとんどありません
  • 譲渡に至らなかったとき:結果だけをお伝えし、理由は同意の範囲でとどめます。そのうえで、紹介いただいたことへの感謝を明確に伝えます。成立しなかった案件の報告を丁寧にするかどうかで、次の紹介があるかが決まります
  • 紹介の対価について尋ねられたとき:ご紹介に対する取り扱いは個別に書面で取り決めることとしており、いずれの形であっても顧問先の方にご負担いただく手数料は変わりません。この点は先に明確にお伝えします

三番目で曖昧な説明をすると、紹介元にも経営者にも疑念が残ります。手数料の体系そのものは料金体系のページで公開しており、紹介の有無で変わるものではありません。士業・金融機関との連携全体は「士業・金融機関との連携」に整理しています。

本稿は仲介実務の一般的な型を解説するものであり、個別案件における税務・法務・労務の具体的な適用は、税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.いいえ。お伝えする範囲は、必ず経営者ご本人の同意の範囲に限ります。検討が進んでいるかどうかはお伝えしますが、相手先の名前や条件の中身はお伝えしません。
A.その旨を初回に伺い、記録したうえで運用します。伝えない事項があること自体を紹介元に説明する必要はなく、報告の粒度を一律に保つことで対応します。
A.ご紹介に対する取り扱いは個別に書面で取り決めることとしています。いずれの形であっても、顧問先の方にご負担いただく手数料は変わりません。
A.します。結果をお伝えしないままにすると、紹介元の側に不安が残ります。理由の詳細は同意の範囲にとどめたうえで、ご紹介への感謝を明確にお伝えします。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら