中小企業のオーナーが最初にM&Aを相談する相手は、仲介会社ではありません。長年見てもらっている顧問税理士か、取引のある金融機関の担当者であることがほとんどです。M&A仲介の仕事は、こうした専門家や金融機関との連携のうえに成り立っています。にもかかわらず、若手が最初に覚えるのは案件の進め方ばかりで、紹介元との関係のつくり方は体系的に教わる機会が少ない領域です。本稿では、士業・金融機関との役割分担、紹介を受けたときの報告の仕方、そして抱え込まない姿勢について整理します。

仲介者は「つなぐ人」であって「全部やる人」ではない

経験の浅い担当者ほど、質問に何でも答えようとします。オーナーから税務の質問が来れば税務の答えを、契約条項の質問が来れば法的な解釈を、その場で返そうとする。信頼を得たい気持ちは分かりますが、これは実務上も倫理上も誤りです。

抱え込みが生む3つのリスク

  • 誤りが当事者の損失になる:税務や法務の判断は、個別の事実関係で結論が変わります。一般論として正しくても、その会社では違う結論になることがある
  • 専門家の信頼を失う:顧問税理士の領域に踏み込んで断定的な説明をすると、税理士側からは「越権」と映り、以後の協力が得られなくなる
  • 自分の責任範囲が曖昧になる:「あのとき問題ないと言われた」と後で言われたときに、説明が立たなくなる

仲介者が担うべきは、論点を見つけ、整理し、誰に確認すべきかを判断し、確認の場を設計することです。一般的な説明までは行い、最終判断は専門家の確認を前提とする——この線を守るのが、結果として最も速く、最も安全です。

役割分担の線引き|誰が何を担うか

案件に関わる専門家の役割を、頭の中で整理しておくと、質問が来たときに即座に振り分けられます。

関与者主に担う領域仲介者が担う接点
顧問税理士決算・申告、譲渡に伴う税務処理、役員退職金の損金性、譲渡益への課税(株式譲渡益は20.315%)の個別適用資料の依頼、算定前提の共有、税務論点の洗い出しと確認依頼
公認会計士財務デューデリジェンス、実態純資産や正常収益力の分析調査範囲と日程の設計、資料準備、指摘事項の整理と当事者への説明
弁護士契約書の作成・レビュー、法務デューデリジェンス、紛争リスクの評価論点の事前整理、契約条項の当事者への趣旨説明(解釈の断定はしない)、往復の管理
社会保険労務士労務デューデリジェンス、未払残業、社会保険の適用、就業規則の整備労務論点の抽出、必要書類の収集、譲渡後の制度統合に向けた課題整理
司法書士株主名簿・登記関係、株式の実態確認に必要な手続き株主構成の確認、名義株の論点整理、クロージング当日の段取り
金融機関買い手の資金調達、売り手の借入・経営者保証の取扱いスケジュールの逆算、必要資料の橋渡し、決済当日の段取り

この表で重要なのは右列です。専門家に振るとは、丸投げすることではありません。論点を整理して渡し、日程を設計し、出てきた結果を当事者が理解できる言葉に翻訳する——ここが仲介者の付加価値です。丸投げも抱え込みも、どちらも仕事をしていないのは同じです。

紹介を受けたときの初動と、報告の型

紹介は、紹介元が自分の顧客との関係を差し出す行為です。紹介元は、紹介した瞬間から「変な対応をされないだろうか」という不安を抱えます。この不安を消すのが初動です。

初動でやること

  • 当日中に受領の連絡:誰が担当し、いつ初回の面談を設定する予定かを伝える
  • 初回面談の前に、紹介元から背景を聞く:オーナーの人柄、家族構成、これまでの経緯、地雷になりそうな話題。ここを聞かずに面談に行くのは準備不足です
  • 報告してよい範囲を、オーナー本人に確認する:紹介元だからといって当然に情報共有してよいわけではありません。受託時に「先生にどこまでお伝えしてよろしいですか」と確認し、工程の進捗までか、条件や相手先まで含むのかを決めます
  • 初回面談の直後に、一次報告を入れる:内容ではなく「無事にお会いできました。丁寧に対応いたします」というだけでも意味があります

報告の頻度と形式

紹介した後まったく連絡が来ない状態が、紹介元にとって最も不安な状態です。月に1回、決めた範囲内で、①現在の工程、②次の予定、③紹介元にお願いしたいこと、の3点を短く報告します。オーナーが共有を望まない情報は書かず、「詳細はご本人のご意向で控えます」と明記すれば、紹介元も納得します。

成約したときと、しなかったとき

成約したときにお礼を伝えるのは当然ですが、差がつくのは成約しなかったときです。破談や中止になった案件こそ、経緯を説明し、次に活かせる点を共有します。「うまくいかなかったから連絡しづらい」で放置すると、その紹介元からの次はありません。逆に、うまくいかなかった案件で誠実に報告した相手からは、後により大きな紹介が来ます。

紹介に関する金銭のやり取りは、法令や各士業の職業倫理に照らして許容される範囲が異なります。紹介手数料の授受を前提とした関係づくりは慎重に扱い、必ず社内の管理部門と、必要に応じて弁護士の確認を経てください。中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)も、利益相反の管理と情報開示を求めています。

顧問税理士が反対しているとき

実務でよく直面するのが、顧問税理士がM&Aに消極的、あるいは明確に反対しているという場面です。ここで税理士を「障害」と捉えると、案件そのものが壊れます。

反対の理由は、たいてい3つのどれか

  • 譲渡後の関与への不安:買い手側の顧問に切り替えられるのではないか、という現実的な心配
  • 税務処理への懸念:役員退職金の損金性、名義株の整理、繰越欠損金の扱いなど、後で問題になりうる論点への警戒
  • オーナーを守りたい:急いで進めさせられていないか、価格が不当ではないか、という職業的な警戒心

いずれも正当な関心です。とくに3つ目は、長く経営を見てきた立場として当然の反応であり、むしろありがたい存在だと考えるべきです。

協働に変える手順

まず、反対の理由を直接聞きます。オーナーを介した伝聞ではなく、可能であれば同席の場を設けます。そのうえで、算定の前提と考え方、進め方、スケジュール、当社の役割を共有し、税務上の論点については意見を求めます。「税務処理は先生のご領域ですので、この前提で問題がないかご確認いただけますか」という形にすると、立場が競合しません。譲渡後の関与についても、決めるのは買い手とオーナーであり、仲介者が確約できることではないと正直に伝えたうえで、オーナーの意向を買い手に伝える役は担うと説明します。顧問税理士との関係については「顧問税理士に相談すべきか」でも整理しています。

やってはいけないのは、オーナーを挟んだ綱引きです。「税理士の先生はご心配されているようですが、実務ではよくあることです」といった説明でオーナーを説得しにいくと、オーナーは板挟みになり、決断そのものから遠ざかります。当事者間や関係者間で意見が割れたときの立ち回りは「当事者間で意見が対立したときの立ち回り」も参考にしてください。

金融機関との連携で気をつけること

金融機関は、紹介元にも、買い手の資金の出し手にも、売り手の借入先にもなります。立場が複数あることを意識して接します。

情報の取り扱い

最も注意すべきは秘密保持です。金融機関の担当者から「あの会社、どうなっていますか」と聞かれる場面は必ずあります。紹介元であっても、オーナーが認めた範囲を超えて答えてはいけません。行内で情報が共有される可能性も含めて、開示範囲は書面で確認しておくのが安全です。

売り手側の借入と経営者保証

株式譲渡では、会社の借入はそのまま残り、オーナー個人の経営者保証の解除が論点になります。経営者保証に依存しない融資の割合は2024年度上期で52%(金融庁)まで来ていますが、既存の保証がある案件では個別の交渉が必要です。この解除交渉には時間がかかるため、早い段階で金融機関に相談し、クロージング日から逆算して手続きを組みます。担当者レベルで止まることも多いので、支店内の決裁がいつ回るかまで確認します。

買い手側の資金調達

買い手が借入で調達する場合、審査に必要な資料と期間が全体日程を規定します。買い手が金融機関に何を提出するのかを早めに把握し、売り手側で用意すべき資料を先回りして準備します。ここが遅れると、決済日そのものが動きます。金融機関からM&Aの提案が持ち込まれる場面については「銀行からM&Aを提案されたら」も併せてご覧ください。

役割の重複を整理する

金融機関がM&Aの支援業務も行っている場合、役割が重なることがあります。誰がどこまで担うのかを、案件の初期にオーナーを含めて明確にしておかないと、後で「同じことを二重に依頼していた」「どちらの助言に従うべきか分からない」という混乱が生じます。曖昧なまま進めるより、最初に整理するほうが関係も長続きします。

紹介が続く関係のつくり方

紹介は「営業活動」で増えるものではありません。1件目の対応が、2件目を呼びます。

  • 紹介元の顔を潰さない:紹介元は自分の信用を貸しています。強引な提案、雑な連絡、期限の遅れは、そのまま紹介元の評判を傷つける
  • 結論を急がせない:紹介元が最も恐れているのは、顧客が急かされて後悔することです。急がせない姿勢そのものが、紹介元への最大の安心材料になる
  • 受けられない案件は早く返す:規模や条件が合わない案件を抱え込むより、早く率直に伝えて別の道を一緒に考えるほうが信頼されます
  • 専門家として役に立つ:紹介元自身が知りたいこと(制度の改正、手続きの実務、業界の動き)を、案件と関係なく共有する。中小M&Aガイドラインの改訂や事業承継税制の期限など、事実に基づく情報提供は歓迎されます
  • 成果を返す:成約時のお礼だけでなく、その案件で紹介元の助言がどう効いたかを具体的に伝える

後継者不在率が50.1%(帝国データバンク2025年調査)という状況のなかで、事業承継の相談は増え続けています。2025年のM&A件数も5,000件を超え、2年連続で過去最多となりました(レコフデータ)。相談の入口を担っているのは、その多くが税理士や金融機関です。この入口に立つ人たちから信頼される仕事をすることが、仲介者にとって最も持続的な案件の源になります。

まとめ|抱え込まないことが、信頼を生む

士業や金融機関との連携で問われるのは、知識量ではありません。自分の領域と相手の領域を正確に分け、論点を整理して渡し、進捗を約束した範囲で共有し、うまくいかなかったときにも逃げずに報告する。この当たり前の積み重ねが、紹介の連鎖をつくります。何でも自分で答えられる人より、誰に聞けばよいかを知っていて、その人に気持ちよく動いてもらえる人のほうが、この仕事では強い。抱え込まないことは、能力不足の表明ではなく、専門家としての判断です。

よくあるご質問

A.報告してよい範囲は、オーナー本人に決めていただきます。紹介元だからといって、当然に情報を共有してよいわけではありません。受託の段階で「紹介元の先生に、どこまでお伝えしてよろしいですか」と確認し、工程の進み具合までなのか、条件や相手先まで含むのかを決めておきます。範囲が決まっていれば、報告は定期的に行って問題ありません。むしろ、紹介した後まったく連絡がない状態が、紹介元にとって最も不安な状態です。
A.反対の理由を、対立ではなく確認の姿勢で聞きます。理由の多くは、譲渡後の関与がどうなるかという不安、税務上の処理への懸念、オーナーの利益が守られるかという心配のいずれかです。いずれも正当な関心であり、説明で解ける部分が少なくありません。税務処理は税理士の領域であることを明確にし、算定や契約条件の前提を共有して意見を求める形にすると、対立が協働に変わります。オーナーを挟んで綱引きをするのは、最も避けるべき進め方です。
A.税務・法務・労務の個別具体的な判断は、専門家に委ねます。仲介者が担うのは、論点を見つけて整理し、誰に確認すべきかを判断し、確認の場を設計することです。「この処理で問題ありません」「この条項なら大丈夫です」と仲介者が断定してしまうと、誤りがあったときに当事者が損失を被り、仲介者自身も責任を問われます。分かる範囲の一般的な説明はしたうえで、最終判断は専門家の確認を前提とする旨を、口頭でも書面でも添えるのが実務の基本です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら