事業承継の相談を受けていて最も多いのが、「やるべきことは何となく分かっているが、順番と時期が決められない」というお悩みです。後継者の育成、株式の移転、個人保証の解除、幹部の世代交代——どれも重要で、どれも数年単位の時間がかかります。これらを頭の中だけで管理しようとすると、必ずどこかで手が止まります。事業承継計画書は、その段取りを一枚の設計図に落とし込み、経営者・後継者・支援者が同じ絵を見ながら進めるための道具です。本稿では、計画書に何を書き、どう10年の時間軸に並べ、どう運用するのかを、M&A仲介の実務者の視点で整理します。

事業承継計画書とは|頭の中の段取りを「設計図」にする

事業承継計画書とは、誰に・いつ・何を・どのように引き継ぐのかを時間軸に沿って記述した文書です。決まった書式が法律で定められているわけではなく、A4で数枚の表形式にまとめる会社もあれば、経営計画書の一章として組み込む会社もあります。公的な支援機関が計画づくりの手引きや記入様式を公開しており、それらを下敷きにすることもできますが、様式に埋めることが目的ではありません。重要なのは、次の三つが文書として明確になっていることです。

  • 到達点——最終的に誰が経営者となり、誰が株式を持つのか
  • 期限——その状態にいつまでに到達するのか
  • 途中の関門——そこに至るまでに、いつ何を終えている必要があるのか

この三つが書かれていない文書は、計画書ではなく願望の一覧です。逆に、この三つさえ書かれていれば、様式が簡素でも十分に機能します。

なぜ「書く」ことに意味があるのか

書くことの効用は、大きく二つあります。一つは関係者の認識を揃えられること。経営者が「5年後には社長を譲る」と考えていても、後継者候補が「まだ10年は先の話」と受け止めていれば、準備は進みません。文書にして共有すれば、その齟齬はその場で表面化します。もう一つは進捗が見えることです。承継準備は日常業務に押し流されやすく、気づけば数年が経っています。期限つきの計画があれば、遅れが遅れとして認識されます。

計画書に盛り込む6つの要素

体裁は自由ですが、実務上、次の6要素が揃っていると計画として機能します。

要素書くことつまずきやすい点
① 現状の整理株主構成、役員構成、業績推移、借入と個人保証、主要取引先の依存度株主名簿が実態と合っていない、名義株が残っている
② 承継の方針親族内・従業員(社内)・M&Aのどれを軸とするか、その理由方針を決めきれず、準備が始まらない
③ 後継者の育成計画任せる範囲を広げる順序、社外経験、代表交代の時期「背中を見て学べ」で終わり、権限移譲の段階が設計されていない
④ 株式・資産の移転計画誰に何株を、いつ、どの方法で移すか。自社株評価の見通し経営の移譲と所有の移転を同じ日に一気に行おうとする
⑤ 財務・保証の整理借入の圧縮、経営者保証の解除交渉、役員退職金の準備金融機関との交渉開始が遅れる
⑥ 事業そのものの計画承継後を見据えた売上・利益計画、設備投資、人員計画承継の話と経営計画が別々の紙になっている

特に見落とされやすいのが⑥です。事業承継は「会社を渡す」手続きであると同時に、「渡すに値する会社にしておく」経営そのものでもあります。承継計画が事業計画と切り離されていると、後継者は数字の裏づけのない看板だけを受け取ることになります。

10年計画の組み立て方|到達点から逆算する

計画づくりは、今日から前に積み上げるのではなく、到達点を先に置いて逆算するのが鉄則です。たとえば「10年後に後継者へ完全にバトンを渡す」と決めた場合、次のような並べ方になります。

1〜3年目|土台づくりの期間

現状の棚卸しを終え、株主構成の整理(名義株・分散株の集約)、決算内容の透明化、後継者候補への部門責任の付与を進めます。この時期にやっておくと後が楽になるのが、個人と会社の資産の切り分けです。社用車や不動産、経営者からの貸付金などの整理は、時間をかけたほうが摩擦が少なく済みます。

4〜7年目|移譲を進める期間

後継者に経営会議の主宰を任せ、金融機関や主要取引先への同行から単独訪問へと切り替えていきます。株式についても、この期間から段階的な移転を始めるケースが多く見られます。並行して、経営者保証の解除に向けた財務指標の改善と金融機関との対話を進めます。

8〜10年目|仕上げと引き渡し

代表取締役の交代、残る株式の移転、退職金の支給と役員体制の確定を行います。前経営者は会長や顧問として一定期間残り、対外的な紹介と社内の心理的な橋渡しを担うのが一般的です。

もっとも、10年を確保できる方ばかりではありません。準備期間の考え方は「事業承継の準備はいつから始めるべきか」で、後継者育成の段取りは「後継者育成の進め方」で詳しく解説しています。

数値計画と定性計画を切り離さない

計画書が形骸化する典型が、「年表(定性)」と「業績計画(数値)」が別々の紙になっているパターンです。この二つは本来、次のように結びついています。

  • 後継者に権限を移す時期は、その期の投資判断の責任者が誰かと直結する
  • 株式の移転時期は、その時点の自社株評価に左右され、評価は業績で動く
  • 経営者保証の解除交渉は、自己資本比率や債務償還年数の改善が前提になる
  • 役員退職金の支給時期は、その期の損益と資金繰りに影響する

したがって、年表の各年に対応する簡易な業績見通し(売上・営業利益・借入残高・自己資本)を並記しておくことをおすすめします。数字が並ぶと、「この年に退職金と設備投資が重なると資金が持たない」といった衝突が事前に見つかります。

株式の移転方法(生前贈与・譲渡・相続)や事業承継税制の適用可否は、株主構成・自社株評価・親族関係によって結論が大きく変わります。なお事業承継税制(法人版)の特例措置については、特例承継計画の提出期限が2027年9月30日、適用期限が2027年12月31日とされています。個別の判断は弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

計画書を「使う」ための運用|共有範囲と見直しの頻度

計画書は、作った時点ではまだ半分です。運用の設計まで含めて初めて機能します。

誰まで共有するか

共有範囲は段階的に広げるのが基本です。初期は経営者と後継者候補、配偶者などごく少数に限り、方針が固まった段階で顧問税理士・金融機関の担当者へ。役員・幹部への共有は、代表交代の時期が具体化してからで十分です。方針が固まらないうちに社内へ広く共有すると、憶測が先行して混乱を招きます。とりわけM&Aを選択肢に含む場合の社内開示は慎重な設計が必要で、この点は「M&Aを社内にいつ開示するか」で詳しく扱っています。

見直しの頻度

年1回、決算後の落ち着いた時期に定点で見直すのが現実的です。加えて、次のような出来事があった場合は、その都度の見直しを推奨します。

  • 後継者候補の意思が変わった、あるいは候補者が増減した
  • 業績が計画から大きく乖離した(自社株評価が動く)
  • 主要取引先や借入の構成が大きく変わった
  • 経営者ご自身の健康状態に変化があった

見直しの際は、古い版を破棄せず日付をつけて残してください。方針が変わった経緯が分かる記録は、後日、家族や金融機関に説明する場面で役に立ちます。

M&Aという選択肢を計画に組み込む

帝国データバンクの2025年の調査では、後継者不在率は50.1%とされています。親族内・社内に後継者がいないケースは依然として珍しくなく、実際に国内のM&A件数はレコフデータの集計で2025年に5,000件を超え、2年連続で過去最多を更新しました。第三者への承継は、いまや例外的な手段ではありません。

そのうえで申し上げたいのは、M&Aは「後継者育成に失敗したときの代替案」ではなく、最初から計画に併記しておくべき選択肢だということです。実務上は、次のように計画へ書き込みます。

  • 判断の期限を決める——「3年目末までに後継者候補の意思確認を終える。確定しなければ第三者承継の検討を開始する」
  • 比較の材料を揃える——自社の企業価値の目安、想定される譲渡後の処遇、従業員への影響を、期限より前に把握しておく
  • 磨き上げは共通——決算の透明化、属人性の解消、取引先との契約書整備は、親族内承継でもM&Aでも等しく価値を高める

後継者育成に注力しつつ、同時に第三者承継の準備も進めておく。この「複線化」は、どちらかを裏切る行為ではありません。むしろ、選択肢を持ったうえで後継者と向き合うほうが、対話は誠実になります。

まとめ|完璧な計画より、期限のある計画を

事業承継計画書に求められるのは、精緻さではなく期限と関門の明示です。現状を棚卸しし、到達点を決め、そこから逆算した関門を年表に置き、年に一度見直す。この最小限の型さえ回れば、承継準備は確実に前へ進みます。まずは紙一枚に、株主構成と「いつまでに誰へ」を書き出すところから始めてみてください。

よくあるご質問

A.法律上、すべての会社に作成が義務づけられているものではありません。ただし、誰に・いつ・何を引き継ぐのかを文書にしておくと、後継者・家族・金融機関・従業員との認識合わせが格段にしやすくなります。また、事業承継税制など一部の制度を利用する場合には、所定の計画を作成して公的機関へ提出する手続きが求められます。制度利用の要否や様式は個別事情によって異なるため、税理士等の専門家にご確認ください。
A.後継者の育成と株式の移転をあわせて行う親族内・従業員承継では、5年から10年の時間軸で描くのが一般的です。5年で「経営の移譲」、残りの期間で「所有(株式)の移転」を進めるといった段取りが組みやすくなります。一方、後継者が決まっていない場合は、10年の計画を立てることよりも、まず1〜2年でM&Aを含む選択肢を比較検討することのほうが現実的です。
A.作れますし、むしろ作る価値があります。後継者が未定の段階では、「いつまでに候補者の有無を見極めるか」「見極めがつかなかった場合はどの時点でM&Aの検討に切り替えるか」という判断の期限そのものを計画に書き込みます。出口を一本に絞らず複線で設計しておくことが、時間切れを防ぐ最も有効な方法です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら