「事業承継の準備は、いつから始めればよいのか」。この問いに対する実務上の答えは、多くの経営者様の感覚より、かなり早いものになります。一般に、事業承継の準備には5年から10年程度を要するとされており、65〜70歳での引退を思い描くなら、50代後半には検討を始めている計算になるからです。本稿では、準備が長期にわたる理由、60歳で考え始めた場合の逆算スケジュールの一例、そして準備として具体的に何をするのかを、順を追ってご説明します。
「まだ早い」が最大のリスクである理由
事業承継の相談で最も多い後悔は、「もっと早く動いておけばよかった」というものです。なぜ準備には長い時間がかかるのでしょうか。理由は大きく三つあります。
理由1|後継者の育成・見極めに時間がかかる
親族や社内の人材に承継する場合、経営者としての経験を積ませ、金融機関や主要取引先との関係を引き継ぎ、社内の求心力を育てるには、年単位の時間が必要です。国の事業承継ガイドライン等でも、承継の準備には5年から10年程度を要すると指摘されています。
理由2|株式・財産の整理は一朝一夕にできない
自社株式が親族や元役員に分散している、会社と個人の資産が入り組んでいる、といった状態の整理には、関係者との交渉や税務の検討を含め、相応の期間がかかります。時間があるほど取れる手段は多く、追い込まれてからでは選択肢が絞られてしまいます。
理由3|決断できるのは「元気なうち」だけ
承継は、会社の将来と家族の生活に関わる大きな意思決定の連続です。健康を損ねてからでは、考える時間も交渉する体力も足りなくなります。帝国データバンクの2025年調査では全国の後継者不在率は50.1%にのぼり、半数の会社が後継者未定のまま経営者の年齢を重ねているのが現実です。
「まだ早い」と感じるうちに始めることは、拙速に会社を手放すことではありません。選択肢が多いうちに、選ぶ権利を確保しておくということです。
60歳で考え始めた場合の逆算スケジュール(一例)
仮に60歳で検討を始め、60代のうちに承継を終える場合、スケジュールはたとえば次のように描けます。あくまで一例であり、実際の期間は会社の状況と選ぶ道によって変わります。
| 年齢(目安) | 取り組むこと |
|---|---|
| 60〜61歳 | 現状把握(株式・財産・個人保証の棚卸し、企業価値の把握)/後継者の選択肢の整理/家族との対話 |
| 61〜63歳 | 方向性の仮決定(親族内・従業員・M&A)/磨き上げの実行(収益力・管理体制・属人性の解消) |
| 63〜66歳 | 親族内・従業員承継なら育成と権限移譲、株式移転の実行/M&Aなら相手先探索〜成約・引き継ぎ |
| 66歳〜 | 代表交代・引き継ぎ完了/引退後の生活設計・資産管理へ |
ポイントは、最初の1〜2年を「決める期間」ではなく「知る期間」と位置づけることです。自社の価値、株式の状態、選択肢ごとの利害得失を知らないまま方向を決めると、後で手戻りが生じます。まず現状把握から着手し、方向性は情報が揃ってから仮決めする——この順序が、結果として最短ルートになります。
準備の中身|後継者・株式と保証・磨き上げの3領域
「準備」と一言でいっても、やるべきことは次の3領域に整理できます。
領域1|後継者の選択肢を整理する
親族に継ぐ意思のある人はいるか。社内に経営を任せられる人材はいるか。どちらも難しい場合、第三者への承継(M&A)を含めて考えるか。それぞれの候補について「本人の意思・適性・資金力」を冷静に見立てます。この段階では結論を急がず、複数の道を並行して検討して構いません。各選択肢の詳細は「親族内承継の進め方」「従業員承継(MBO・EBO)とは」をご参照ください。
領域2|株式と個人保証を棚卸しする
株主名簿を確認し、誰が何株を持っているか、分散していれば集約の要否を検討します。あわせて、借入金の個人保証(経営者保証)や担保提供の状況も一覧化します。金融庁の公表では、2024年度上期の新規融資のうち経営者保証に依存しない融資は52%まで広がっており、承継を機に保証を見直す交渉環境は整いつつあります。
領域3|会社を磨き上げる
どの道を選ぶにせよ、承継しやすい会社に整えることは共通の準備です。具体的には、収益力の改善、経営者にしかできない業務の削減(属人性の解消)、決算書と管理資料の整備、簿外債務や契約関係の整理などです。磨き上げは企業価値の向上に直結し、M&Aを選ぶ場合の譲渡条件にも反映されます。自社の現在地は企業価値算定シミュレーターで概算を確認できます。
選択肢によって準備期間は変わる|親族内・従業員・M&A
承継の3つの道は、必要な準備期間の性質が異なります。
- 親族内承継——最も長期。後継者の育成・社内外への浸透に加え、株式の移転(贈与・相続・売買)の設計に時間を要します。計画的に進めるほど税負担や親族間の紛争リスクを抑えやすくなります
- 従業員承継(MBO・EBO)——中長期。経営能力の育成に加え、後継者が株式を買い取る資金の手当てと、個人保証の引き継ぎ可否が二大論点となり、金融機関との調整期間が必要です
- M&A(第三者承継)——検討開始から成約までは比較的短く、一般に半年から1年程度が目安です。ただし、よい条件で譲渡するための磨き上げには前もっての時間投資が効きます
重要なのは、「時間が残っているほど、三つすべての道を選べる」という事実です。準備が遅れるほど、育成に時間を要する親族内・従業員承継から順に選択肢が消えていき、最後はM&Aか廃業かの二択に、さらに遅れればその条件すら厳しくなります。2025年の国内M&A件数は5,000件超と2年連続で過去最多(レコフデータ)を記録しており、M&Aは身近な選択肢になりましたが、それでも「早く始めた人ほど良い条件を選べる」という原則は変わりません。
「待ったなし」になったときの動き方
健康問題の発覚、大口取引先の方針転換、幹部の退職——承継が突然「待ったなし」になることがあります。その場合の動き方は、平時とは優先順位が変わります。
- ①経営の継続体制を最優先で確保する——当面の意思決定者と業務の代行体制を決め、対外的な信用不安を防ぐ
- ②選択肢を現実的な範囲に絞る——育成に年単位を要する道は取りにくいため、社内での暫定承継や第三者へのM&Aが中心となる
- ③正常なうちに動く——業績や組織が傷む前に検討を始めるほど、譲渡条件も相手の選択肢も広がる。逆に、業績悪化後の売却は条件が厳しくなりやすい
- ④秘密保持を徹底する——動揺が広がると事業価値そのものが毀損するため、相談は秘密保持契約を結んだ相手に限る
当社にも「考える時間が半年しかない」という段階でのご相談は少なくありません。時間が限られていても、進め方の設計次第で結果は変えられます。一人で抱え込まず、早い段階で専門家に状況を共有してください。
今日からできる第一歩|紙とペンで始める承継準備
最後に、今日からすぐに始められる第一歩を挙げます。大掛かりな決断は要りません。
- 自分が引退したい年齢と、そこから逆算した「準備開始のデッドライン」を書き出す
- 株主名簿・借入と個人保証の一覧・自分にしかできない業務のリスト、の3点を作る
- 親族・幹部それぞれについて、承継の意思と適性を自分なりに見立ててみる
- 自社の企業価値の概算を把握する
- 信頼できる相談先を確保する(中小M&Aガイドライン第3版・令和6年8月への遵守を宣言した支援機関かどうかも判断材料になります)
当社プラチナパートナーズは、東京・日比谷を拠点に全国の経営者様の事業承継をご支援するM&A仲介ファームです。相談料・着手金・月額報酬が0円のため、「まだ方向性も決まっていない」段階のご相談にも費用はかかりません。M&Aありきではなく、親族内・従業員承継も含めた選択肢の整理からお手伝いします。事業承継支援の詳細はこちらをご覧のうえ、お気軽にお声がけください。