定款を最後に読んだのはいつでしょうか。設立時に司法書士が用意したものを、そのまま使い続けている会社は珍しくありません。株主名簿についても、「どこかにあるはず」という状態の会社が実際にあります。
これらの書類は、普段は目に触れません。しかし、承継やM&Aの局面では、必ず正面から見られます。そして、不備があると手続きが止まる、あるいは条件に影響します。本稿では、承継の前に確認しておきたい項目を、優先順位をつけて整理します。いずれも大がかりな作業ではなく、早めに手をつけておけば静かに済ませられるものばかりです。
なぜ、承継の前に点検しておくのか
理由は三つあります。
- 不備の修正に時間がかかる——株主総会の決議や登記が必要な変更は、思い立ってすぐには終わりません。名義株の整理などは、相手方との交渉を伴うため数か月から年単位になることもあります。
- 承継の直前に動かすと、意図を疑われる——M&Aの交渉が始まってから定款を変更すると、買い手から理由の説明を求められます。平時に済ませておくほうが自然です。
- 関係者が健在なうちにしかできないことがある——名義を借りた相手、創業時の共同出資者、先代の配偶者。関係者が亡くなると、相続人との交渉になり難度が跳ね上がります。
とくに三点目は、実務でよく直面します。「あの人が元気なうちに片づけておけば」という後悔は、取り返しがつきません。承継を考え始めた時点で、まず書類の点検から着手する価値は十分にあります。
定款で確認したい項目
定款は会社の基本ルールです。次の項目を順に確認してください。
① 株式の譲渡制限
株式の譲渡に会社の承認を要する旨の定めがあるか。中小企業では通常定められていますが、承認機関が「株主総会」か「取締役会」かで手続きが変わります。取締役会を設置していない会社なのに取締役会が承認機関になっている、といった実態との齟齬が見つかることがあります。
② 機関設計と実態の一致
取締役会設置会社なのか、監査役を置いているのか。定款上は監査役設置となっているのに長らく空席のまま、といった状態は登記の面でも問題になります。定款・登記・実態の三つが一致しているかを確認してください。
③ 役員の任期
非公開会社では任期を10年まで伸長できます。任期が長いと登記の手間は減りますが、承継の局面では、任期満了が役員構成を見直す自然な機会になります。世代交代を予定しているのであれば、任期の設定を見直す余地があります。
④ 相続人等に対する売渡請求
相続等により株式を取得した者に対し、会社がその株式の売渡しを請求できる旨を定款に定めることができます。株式の社外流出を防ぐ手段として有効ですが、定めがあることで自社の相続時に想定外の事態が生じる可能性も指摘されています。導入の可否は、株主構成を踏まえて専門家と検討してください。
⑤ 事業目的
実際に行っている事業が定款の目的に含まれているか。許認可の取得・更新で問題になることがあります。
株主名簿——最も見落とされ、最も重要
実務で最も多く問題になるのが株主名簿です。作成が求められる書類ですが、実際には整備されていない会社が相当数あります。
点検の手順
- 現在の名簿を探す——見当たらなければ、設立時の書類、法人税申告書の別表二(同族会社等の判定に関する明細書)、過去の株式異動の記録から復元します。
- 各株主の現況を確認する——存命か、所在は分かるか、連絡は取れるか。
- 異動の記録と突き合わせる——贈与、売買、相続の記録が名簿に反映されているか。
- 相続が発生している株主を洗い出す——名義が故人のままになっていないか。
名義株の問題
かつて株式会社の設立に複数の発起人が必要だった時代、親族や知人に名義を借りて設立された会社があります。実質的な出資者は創業者でも、名簿上は他人が株主になっているという状態です。
これを放置したまま承継やM&Aを迎えると、名義人やその相続人から権利を主張される可能性があります。実質的な株主が誰かという事実認定の問題になり、資料が残っていないと立証は容易ではありません。
対応は、名義人が存命で関係が良好なうちに行うのが鉄則です。確認書の取り交わし、名義の変更、必要に応じた買い取りなど、状況に応じた方法を専門家と検討してください。
従業員持株会
設立時の趣旨が薄れ、規約の運用が実態と合っていない持株会も見られます。退職者の持分が処理されていない、買い取り価格の定めが曖昧といった点は、承継の前に確認しておきたい項目です。「従業員持株会がある会社の承継」で詳しく扱っています。
登記と、会社の基本情報
登記事項証明書を取得し、実態と一致しているかを確認してください。費用も手間もわずかで済みます。
- 役員の登記——退任した役員が残っていないか。重任の登記漏れはないか。長期間登記がされていない会社は、休眠会社として扱われる可能性もあります。
- 本店所在地——実際の所在地と一致しているか。移転したまま登記していない例があります。
- 目的・商号——定款と一致しているか。
- 発行可能株式総数と発行済株式数——将来の増資や種類株式の発行を検討する場合に関係します。
その他、あわせて点検したい書類
- 就業規則・賃金規程——実際の運用と一致しているか。M&Aの調査では必ず確認されます。
- 役員退職慰労金規程——定めがない会社も多く見られます。支給を予定しているのであれば整備が必要です。
- 主要な契約書——取引基本契約、賃貸借契約、リース契約。支配権が変わった場合の条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)の有無は要確認です。
- 許認可——名義、有効期限、承継の可否。
契約書の整備は、承継やM&Aの局面で特に重要になります。「会社売却の直前にやってはいけないこと」もあわせてご覧ください。
M&Aを選ぶ場合、ここが条件に影響する
第三者承継を選択肢に含む場合、基本書類の状態は交渉の条件に直結します。買い手は調査(デューデリジェンス)で必ずこれらを確認するためです。
買い手が不安に感じる項目
- 株主の実在と権利の確実性——名義株や所在不明の株主がいると、譲渡後に権利を主張されるリスクが残ります。
- 株主総会・取締役会の手続き——議事録が整っていないと、過去の重要な決定の有効性に疑義が生じます。
- 登記と実態の齟齬——管理体制全体への評価に影響します。
- 契約書の不備——主要取引先との契約が書面化されていない場合、取引の継続性が不確実と見られます。
条件への反映のされ方
不備が見つかった場合、価格の調整、解消を条件とする(クロージングの前提条件)、売り手が責任を負う旨の特約(表明保証)といった形で契約に反映されます。いずれも売り手にとって不利な方向に働きます。
逆に言えば、平時に整えておけば、これらの論点は発生しません。書類の整備は、そのまま交渉力になります。
何から手をつけるか——優先順位
すべてを一度に進める必要はありません。承継までの時間と、解消の難度を踏まえた優先順位を示します。
最優先——関係者が健在なうちにしかできないこと
- 名義株の整理——名義人本人と話ができる状態のうちに。
- 所在不明になりそうな株主との連絡——高齢の株主、疎遠な親族株主。
- 株主名簿の復元と整備——資料が残っているうちに。
次に——時間はかかるが自社で進められること
- 定款の点検と、必要な変更(譲渡制限、機関設計、任期)
- 登記の是正
- 就業規則・各種規程の整備
- 主要契約の書面化と、条項の確認
並行して——専門家と検討すること
- 相続人等に対する売渡請求の定めを置くかどうか
- 種類株式の活用
- 株式の集約方法と、資金の手当て
まずは、登記事項証明書の取得と、定款・株主名簿を机の上に並べるところから始めてみてください。この三点を突き合わせるだけで、多くの会社では何らかの齟齬が見つかります。齟齬が見つかること自体は珍しくありませんので、驚かずに、ひとつずつ解消していけば十分です。
まとめ|地味だが、最も効く準備
定款と株主名簿の整備は、承継準備の中で最も地味な作業です。しかし、ここが整っていない会社は、どの選択肢を選んでも途中で足を取られます。逆に整えておけば、親族内承継でも第三者承継でも、手続きは静かに進みます。承継を考え始めた最初の一歩として、おすすめできる作業です。