従業員持株会は、社員の資産形成と経営参加意識の向上を目的として設けられる仕組みです。導入している会社では、承継を考える段階で「持株会の株式をどう扱うのか」という論点が出てきます。議決権はどうなるのか、退職する社員の株式は誰が買い取るのか、第三者へ譲渡するときはどうするのか。本稿では、持株会がある会社の承継で確認しておくべき点を実務の観点から整理します。

従業員持株会とは何か

従業員持株会は、従業員が給与や賞与から一定額を拠出し、その資金でまとめて自社株を取得・保有する仕組みです。中小企業では、民法上の組合として組成し、理事長が代表して株式を保有する形が多く用いられます。

導入の目的は、会社によって異なります。従業員の資産形成と定着、経営への参加意識の醸成、そしてオーナー保有株式の一部を移して株主構成を整えることなど、複数の目的が重なっていることも珍しくありません。

承継の観点から見た持株会の性格は、「経営権に影響しない範囲で、株式の一部を社内に保有させる仕組み」と整理できます。したがって、後継者が経営権を確保できるかどうかとは切り離して考えられるのが本来の姿ですが、実際には設計や運用の状況によって、そうならないこともあります。

承継の場面で論点になる3つのこと

1. 議決権をどう扱っているか

持株会が保有する株式の議決権を誰がどう行使するのかは、規約によって定められます。理事長が一括して行使する形が一般的ですが、会員の意向をどう反映するかの定め方は会社ごとに異なります。

承継にあたって確認すべきは、後継者が必要な議決権を確保できるかです。株式会社の意思決定は、通常の決議には過半数、定款変更や組織再編などの重要な決議には3分の2以上の賛成を要します。持株会の保有割合が大きい場合、後継者の議決権が3分の2に届かないという事態が生じ得ます。

2. 退職時の買い取りが機能しているか

従業員が退職するとき、その方が持株会を通じて保有していた持分をどう扱うかは規約で定めます。一般には、持株会または会社が買い取る設計とされます。

実務で問題になるのは、買い取りの原資が不足している場合です。退職者が続いた時期に買い取りが滞り、規約上の手続きが実際には行われていないという状態を見かけることがあります。この状態を放置すると、退職した元従業員が株主のまま残るという結果になりかねません。

3. 買取価格の定め方が明確か

買い取りの価格をどう算定するかも規約の定めによります。取得時の価額とする、あるいは一定の算定式による、といった形が用いられます。定めが曖昧だと、退職時に価格をめぐる争いが生じるおそれがあります。

規約の実効性を確かめる

承継の準備として、まず行っていただきたいのが規約と運用実態の突き合わせです。確認したい項目を挙げます。

  • 規約の原本が保管されているか。最終改定はいつか
  • 会員名簿と、実際の拠出・持分の記録が一致しているか
  • 退職者の持分が、規約どおりに処理されているか
  • 議決権の行使方法が明記され、実際にそのとおり運用されているか
  • 買取価格の算定方法が明記されているか
  • 理事長・理事の選任が規約どおりに行われ、記録が残っているか

これらは平時には問題にならなくても、承継や譲渡の場面で必ず確認される事項です。とくに第三者への譲渡を検討する場合、買い手側の調査で規約と実態の不一致が判明すると、譲渡の前提そのものが揺らぎます。

不備が見つかった場合は、規約の改定や過去の処理の追認など、是正のための手続きが必要になります。労働法や組合法の観点も絡むため、弁護士にご相談ください。

第三者へ譲渡する場合の整理

M&Aによって第三者へ株式を譲渡する場合、原則として全株式の譲渡が求められます。持株会が保有する株式も、その対象です。

実務上の流れは、おおむね次のようになります。まず、持株会の規約に基づき解散または持分の買い取りを行い、株式をオーナー側または会社に集約します。そのうえで、譲受企業へ全株式を譲渡します。

この過程で気をつけたいのが、従業員への説明のタイミングです。持株会の解散手続きを進めれば、会員である従業員は「何かが起きている」と察します。M&Aの検討段階での情報漏えいは交渉自体を壊しかねないため、開示の順序と時期は慎重に設計する必要があります。社内開示の考え方は「M&Aを社内にいつ開示するか」で扱っています。

また、従業員が保有していた持分をいくらで買い取るかは、心情的にも重要な論点です。譲渡価格との差が大きい場合、後になって不満が生じることがあります。規約の定めに従いつつ、説明できる形で処理することが大切です。

これから持株会を作る場合の考え方

承継を見据えて、これから持株会の設置を検討される場合もあるでしょう。その際に押さえておきたい点を挙げます。

  • 保有割合の上限を決める:後継者の議決権が重要決議に必要な水準を下回らないよう、設計段階で上限を定める
  • 無議決権株式の活用を検討する:議決権のない種類株式を持株会に保有させれば、経営権への影響を切り離せます。詳細は「種類株式・黄金株とは」をご覧ください
  • 退職時の処理を明確に書く:買い取りの主体、価格の算定方法、期限を規約に明記する
  • 買取原資の手当てを考える:退職が重なった場合に資金が回るかを事前に検討する
  • 将来の譲渡を想定しておく:第三者承継の可能性がある場合、解散の手続きも規約に定めておく

持株会は、自社株の評価や株主構成の設計に影響する仕組みでもあります。設置の是非や設計は、税理士・弁護士を交えてご検討ください。株式の評価との関係は「自社株の評価を下げる方法」でも触れています。

まとめ|規約と名簿を、承継の前に点検する

従業員持株会は、うまく運用されていれば従業員の資産形成と会社への帰属意識を支える良い仕組みです。一方で、規約と実態がずれたまま長年運用されている会社も少なくありません。

承継を考え始めた段階で、規約の原本、会員名簿、退職者の処理記録、議決権の行使方法を一度点検してください。不備があれば、時間のあるうちに是正しておくほうが、後の選択肢を広げます。

当社では、株主構成の確認を初回のご相談で必ずお伺いしています。持株会の有無と保有割合は、承継の設計にも第三者への譲渡の進め方にも影響する重要な情報です。事業承継をお考えの方へのご案内もご参照ください。

よくあるご質問

A.売却できなくなるわけではありませんが、譲渡の前に持分の買い取りや解散の手続きが必要になり、その分の時間と調整を見込む必要があります。また、規約と実際の運用がずれていると、買い手側の調査で問題として指摘されます。承継や譲渡を検討し始めた段階で、規約と名簿を点検しておくことをおすすめします。
A.規約に定めた買い取りの手続きが実行されていない状態です。放置すると、退職者が株主として残る結果になりかねません。規約の定めを確認したうえで、遡って処理する方法や規約自体を見直す方法を検討することになります。労働法や組合法の観点も絡みますので、弁護士にご相談ください。
A.規約の定め方によります。理事長が一括して議決権を行使する設計であれば、日常の経営に影響することはほとんどありません。ただし、持株会の保有割合が大きいと、後継者が定款変更などの重要決議に必要な3分の2の議決権を確保できないことがあります。保有割合と規約の定めを、承継の前に確認してください。
本稿の税務・法務に関する記載は2026年9月時点の制度に基づく一般的な解説です。税務の具体的な適用は税理士に、法務の判断は弁護士にご確認ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら