事業承継の準備というと、株式や後継者の話が中心になりがちですが、実務でしばしば効いてくるのが決算書の状態です。後継者が金融機関と付き合っていくときも、第三者へ譲渡するときも、決算書は必ず3期分まとめて読まれます。そのとき、数字と会社の実態がずれていたり、説明できない項目が残っていたりすると、評価に響きます。本稿では、決算書を承継に耐える状態へ整えるための、3年間の進め方をご説明します。会計処理の変更を伴う場合は、必ず顧問税理士とご相談ください。
なぜ決算書を「整える」必要があるのか
中小企業の決算書は、税務申告を目的として作られていることがほとんどです。税負担を抑える工夫や、その年その年の事情が積み重なった結果、会社の実力が数字から見えにくくなっていることがあります。
典型的なのは次のような状態です。
- 役員報酬の水準が、その年の利益に応じて大きく上下している
- 私的な色彩を帯びた支出が経費に混ざっている
- 回収の見込みが乏しい売掛金が、資産として残ったままになっている
- 実際には使っていない在庫や設備が、簿価で計上されている
- 役員借入金・役員貸付金が長年整理されていない
これらは違法な処理ではなく、中小企業では珍しくないことです。しかし承継の場面では、「この会社は実際いくら稼げるのか」を判断する妨げになります。後継者にとっても、実力が見えない決算書は経営判断の土台になりません。
3期分で見られるということ
金融機関も、M&Aの買い手も、決算書は必ず3期分を並べて見ます。単年度の数字ではなく、推移から会社を判断するためです。この点が、整備に3年という時間を要する理由です。
3期分を並べたときに見られているのは、おおむね次の点です。
| 見られる点 | 意味 |
|---|---|
| 売上と利益の推移 | 成長しているか、安定しているか、一過性の要因はないか |
| 粗利率の安定性 | 価格競争に晒されていないか、原価管理ができているか |
| 販管費の中身 | 継続的な費用と一時的な費用が区別できるか |
| 資産の質 | 売掛金・在庫・固定資産が実態を反映しているか |
| 借入と返済 | 事業から生み出す資金で返済できているか |
| 科目の連続性 | 年によって処理が変わっていないか |
最後の科目の連続性は見落とされがちですが、重要です。年によって計上の仕方が変わっていると、推移が読めず、説明を求められます。買い手の視点については「買い手は決算書のどこを見るか」でも詳しく扱っています。
1年目にやること|実態とのずれを洗い出す
最初の年は、変更を加えるのではなく、現状を把握することに充てます。顧問税理士とともに、次の項目を洗い出してください。
- 売掛金:年齢調べを行い、長期間動いていないものを特定する
- 棚卸資産:実地棚卸を行い、滞留・不良在庫の量を把握する
- 固定資産:現物を確認し、除却済みのものが台帳に残っていないか調べる
- 役員報酬:過去数年の推移と、業務の実態との関係を整理する
- 経費:私的な色彩を帯びた支出がないか確認する
- 役員借入金・貸付金:残高と発生の経緯を整理する
- 保険:法人契約の内容と、解約返戻金の状況を確認する
この段階で重要なのは、隠さずに全部並べることです。整理すべきものが多くても、把握できていれば手は打てます。把握できていないことのほうが、後の交渉では不利に働きます。
役員借入金の整理については「役員借入金の整理」で、会社と個人の資産の混在については「会社と個人の不動産が混ざっているとき」で、それぞれ詳しく扱っています。
2年目にやること|数字を実態に近づける
洗い出した項目のうち、処理すべきものに手をつけます。ここは税務上の影響が大きいため、必ず顧問税理士と相談しながら進めてください。
資産の整理
回収の見込みがない売掛金、価値のない在庫、使っていない固定資産。これらを適切に処理すると、その期の利益は下がります。しかし、資産の質が改善し、以後の数字が実態を反映するようになります。承継の直前ではなく、余裕のある時期に行うことが望ましいのはこのためです。
費用の性質を分ける
私的な色彩のある支出は、この機会に整理します。また、一時的な費用と継続的な費用が区別できるよう、科目の使い方を見直します。「この年だけ大きい費用は何か」を説明できる状態にしておくことが目的です。
役員報酬の水準を定める
利益の大小に応じて役員報酬を上下させてきた場合、承継後を見据えた適正な水準に定めていきます。後継者が受け取る報酬の水準も含めて、事前に設計しておくとよいでしょう。
会計方針をそろえる
減価償却の方法、引当金の計上、在庫の評価方法などを、年ごとにぶれない形に固めます。方針の変更が必要な場合は、変更した年に理由を記録しておきます。
3年目にやること|説明できる状態にする
3年目は、整えた数字を「説明できる」形にまとめる年です。決算書そのものに加えて、次のような資料を用意します。
- 3期比較の損益と貸借対照表。増減の理由をひと言ずつ添える
- 売上の内訳。取引先別、商品・サービス別の構成と推移
- 一時的な損益の一覧。特別損益や、その年だけの費用の説明
- 月次の試算表と資金繰り表。直近の状況を継続的に示せる形で
- 設備の一覧と更新の見通し
これらは、金融機関に保証の見直しを相談する際にも、第三者への譲渡を検討する際にも、そのまま使える資料になります。とくに月次の資料を継続的に開示できることは、経営者保証に関するガイドラインが重視する「適時適切な情報開示」にも合致します。保証の整理は「個人保証を後継者に引き継ぐか」をご覧ください。
また、この作業は後継者にとっての教材にもなります。自社の数字がどう作られ、どこが強みでどこが弱みかを、資料をまとめる過程で理解できるからです。育成の順序については「後継者に何を経験させるか」もご参照ください。
まとめ|整えることは、粉飾ではない
ここまで述べてきた「整える」とは、数字をよく見せることではありません。むしろ、資産の整理によって一時的に利益が下がることもあります。目的は、会社の実態が数字から読み取れる状態にすることです。
実態が読み取れる決算書は、後継者にとっては経営判断の土台になり、金融機関にとっては与信判断の材料になり、第三者への譲渡を検討する場合には評価の前提になります。逆に、実態と数字がずれたままでは、どの場面でも説明のコストがかかり続けます。
3年という期間は目安ですが、単年度で無理に整えようとすると、かえって不自然な数字になります。承継を考え始めた段階で着手し、時間をかけて進めることをおすすめします。会計処理の変更は税務上の影響を伴いますので、必ず顧問税理士とご相談ください。
よくあるご質問
Free Consultation
承継に向けた準備の順序を、ご一緒に整理します。
決算の整備から株式の移転まで、時系列で何をすべきかをご説明します。
メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。