「事業承継とM&A、どちらにすべきか」というご質問をよくいただきますが、実はこの2つは対立する概念ではありません。事業承継とは「会社や事業を次の担い手へ引き継ぐこと」全般を指す言葉であり、M&Aはその方法の一つです。事業承継の方法には、親族に引き継ぐ「親族内承継」、役員・従業員に引き継ぐ「社内承継」、社外の第三者に引き継ぐ「第三者承継」の3つがあり、M&Aは第三者承継の代表的な手段にあたります。
したがって正しい問いは、「事業承継かM&Aか」ではなく、「わが社の事業承継を、3つの方法のどれで実現するか」です。本稿では、3類型の特徴を比較表で整理したうえで、後継者の有無・株式買取資金・個人保証・時間軸という4つの判断軸から、自社に合った道の選び方を解説します。後継者不在率が50.1%(帝国データバンク2025年調査)にのぼる今、この整理は多くの経営者様に関わるはずです。
結論:M&Aは事業承継の「選択肢の一つ」
まず、言葉の関係を整理しておきます。
- 事業承継:経営権・株式・事業用資産・経営理念などを次の担い手に引き継ぐこと。「誰に引き継ぐか」で3類型に分かれます
- 親族内承継:子どもをはじめとする親族に引き継ぐ方法。かつての主流です
- 社内承継(従業員承継):役員や従業員に引き継ぐ方法。MBO・EBOなどと呼ばれる手法が含まれます
- 第三者承継(M&A):社外の会社・個人に株式や事業を譲渡して引き継ぐ方法
かつては「会社は子が継ぐもの」という考え方が主流でしたが、価値観の多様化や少子化を背景に親族内承継は減少傾向にあり、後継者不在の受け皿としてM&Aを選ぶ企業が増えています。2025年のM&A件数は5,000件超と2年連続で過去最多を更新しており(レコフデータ)、M&Aによる承継はすでに特別な選択ではなくなっています。第三者承継の全体像は「第三者承継とは」でも詳しく解説しています。
事業承継の3類型|親族内・社内・第三者(M&A)の比較表
3つの方法の特徴を一覧で比較します。
| 比較項目 | 親族内承継 | 社内承継 | 第三者承継(M&A) |
|---|---|---|---|
| 引き継ぐ相手 | 子ども・親族 | 役員・従業員 | 社外の会社・個人 |
| 後継者の確保 | 親族に候補がいることが前提 | 社内に適任者がいることが前提 | 社外から広く探せる |
| 関係者の納得感 | 得られやすい傾向 | 事業をよく知る人材で安心感がある | 丁寧な説明が必要 |
| 後継者側の資金負担 | 贈与・相続の活用余地あり(税負担の検討要) | 株式買取資金の確保が大きな課題 | 買い手が対価を支払う(後継者個人の負担なし) |
| 経営者の対価 | 原則として得られない(贈与等の場合) | 譲渡価格が低くなりがち | 売却対価(創業者利益)を得られる |
| 個人保証の扱い | 後継者が引き継ぐ場合が多い | 後継者が引き受けられるかが難所 | 解除・買い手への移行を交渉できる |
| 準備期間の傾向 | 後継者育成に長期(年単位) | 育成+資金手当に長期 | 相手探し〜成約まで一定期間(一般に半年〜1年程度が目安) |
※上表は一般的な傾向を整理したものです。個別の状況(株式の分散状況、税制の適用可否など)により当てはまり方は異なります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。
それぞれの類型のメリットと課題
親族内承継|納得感は高いが、「継ぐ意思」と「継ぐ力」が揃うか
親族内承継は、従業員や取引先の心理的な納得を得やすく、長期の育成計画を立てやすい方法です。一方で、そもそも子どもに継ぐ意思がない、経営者としての適性・準備が整わない、株式や事業用資産の承継に伴う税負担が重い、といった課題があります。相続人が複数いる場合は、株式の分散や遺産分割をめぐる問題への備えも必要です。詳しくは「親族内承継の進め方と課題」をご覧ください。
社内承継|事業をよく知る人材に託せるが、資金と保証が壁になる
長年会社を支えてきた役員・従業員への承継は、経営の連続性を保ちやすい方法です。しかし実務上は、後継者候補が株式を買い取る資金を用意できない、借入金の個人保証を引き受けることに本人や家族が難色を示す、という2つの壁に直面しがちです。なお、経営者保証に依存しない融資の割合は2024年度上期で52%(金融庁)と、保証に頼らない資金調達は広がりつつありますが、それでも社内承継の資金・保証問題が消えるわけではありません。
第三者承継(M&A)|後継者を社外に求められるが、相手探しと交渉が必要
M&Aによる承継は、後継者を社外から広く探せること、経営者が売却対価を得てリタイア後の生活資金にできること、個人保証の解除を交渉できることが大きな利点です。一方で、条件に合う相手が見つかるかどうかは案件次第であり、交渉・調査のプロセスに一定の期間と労力がかかります。また、従業員や取引先への丁寧な説明と引継ぎが欠かせません。
どちらを選ぶべきか|4つの判断軸と判断フロー
3類型のどれが合うかは、次の4つの軸で考えると整理しやすくなります。
軸1:継ぐ「意思」と「力」のある候補者がいるか
出発点はここです。親族や社内に候補者がいるなら、まず本人と率直に対話し、承継の意思があるか、経営を担う準備ができるかを確認します。「いるはず」と思い込んだまま年月が過ぎ、いざ確認したら意思がなかった——というケースは少なくありません。
軸2:後継者側が株式買取・税負担に対応できるか
意思があっても、社内承継なら株式の買取資金、親族内承継なら贈与税・相続税の負担という現実の問題があります。事業承継税制などの支援策の適用可否も含め、資金面の実現可能性を専門家とともに検証します。
軸3:個人保証を引き継げるか・外せるか
借入金の個人保証を後継者が引き受けられるかは、親族内・社内承継の大きな関門です。M&Aであれば、買い手への保証の移行や解除を交渉の中で扱えます。
軸4:残された時間はどれくらいか
親族内・社内承継は後継者の育成に年単位の時間を要します。経営者の年齢や健康状態から逆算して育成の時間が足りない場合は、M&Aが現実的な選択肢として浮上します。
この4軸をフローにすると、「候補者がいる→意思と力を確認→資金・保証をクリアできるなら親族内/社内承継の準備へ」「候補者がいない、またはいずれかの関門を越えられない→M&A(第三者承継)を検討」という流れになります。ただし、これは機械的に決まるものではなく、会社の状況や経営者の想いによって重み付けは変わります。
迷ったら「並行検討」でよい|早く始めることが最大の防御
実務でお伝えしたいのは、「一つに決めてから動く」必要はないということです。たとえば、親族の候補者と対話を続けながら、成立しなかった場合に備えてM&Aの情報収集を並行して進める——こうした二段構えは、決して不誠実なことではなく、会社と従業員を守るための健全なリスク管理です。
最も避けたいのは、決め切れないまま時間だけが過ぎ、経営者の健康問題などで選択肢が一気に狭まる事態です。事業承継はどの道を選んでも準備に年単位の時間がかかるため、一般に60歳前後になったら本格的な検討を始めることが望ましいとされています。
当社プラチナパートナーズはM&A仲介会社ですが、初回のご相談で「M&Aありき」の結論を押し付けることはありません。親族内・社内承継の可能性が残っているなら、その検証を先に行うべきだと考えていますし、ご契約やご決断を急がせない方針を明確にしています。3つの道を比較する壁打ち相手として、無料相談をご活用ください。