中小企業では、事業に使っている土地建物や車両が、会社ではなく社長個人の名義になっていることがよくあります。会社を売却する際、買い手はこれらの資産もあわせて取得したいと考えるのが自然です。このとき注意したいのが、株式の譲渡と個人資産の譲渡は、税務上まったく別の計算になるという点です。本稿では、同時譲渡の場合の整理の仕方を解説します。
※ 本稿は一般的な税制の仕組みをご紹介するものであり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません。税制は改正によって変わるため(本稿の記載は2026年8月時点の制度に基づきます)、適用関係は個別の事情によって異なります。実際のご検討にあたっては、必ず最新の情報をご確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。
個人名義の事業用資産は、なぜ生まれるのか
創業時に会社の信用力が乏しく、個人名義でしか不動産を購入できなかった。相続で引き継いだ土地に会社の工場を建てた。節税の観点から、あえて個人が保有して会社に賃貸してきた。理由はさまざまですが、結果として、事業に不可欠な資産が個人の名義になっている会社は少なくありません。
典型的なのは、本社や工場の敷地、社長の自宅兼事務所、社用車、会社が使用している機械設備、そして事業に関連する特許権などの権利です。
買い手から見ると、これらは「会社を買っても事業が継続できるかどうか」に直結する要素です。工場の土地が売り手個人のものであれば、買収後も賃借を続けられるのか、賃料はどうなるのか、将来売却されてしまわないのかが気になります。したがって、条件交渉の早い段階で必ず論点になります。
選択肢は、賃貸借を継続する、株式と同時に譲渡する、会社に先に移してから株式を譲渡する、などがあります。それぞれ税務上の扱いが異なります。
所得の区分ごとに、計算が分かれる
株式の譲渡所得は、申告分離課税として、所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%の合計20.315%の税率で計算します。一方、個人資産の譲渡は、資産の種類によって扱いが異なります。
- 土地建物の譲渡:不動産の譲渡所得として、株式とは別の分離課税の区分で計算します。保有期間の長短によって税率の区分が異なります。
- 車両や機械設備の譲渡:事業の用に供していたものかどうか、規模や使用状況によって、所得の区分の判断が分かれます。
- 特許権などの権利の譲渡:権利の性質や取得の経緯によって扱いが変わります。
重要なのは、これらを合算して一つの税率で計算するわけではないという点です。区分ごとに収入と取得費・譲渡費用を対応させて計算し、それぞれの方法で税額を出したうえで、合計の負担を把握することになります。
したがって、手取りの試算も区分ごとに行う必要があります。「全部まとめて20.315%」という前提で資金計画を立てると、実際の負担と食い違うおそれがあります。
対価の配分が、税額を左右する
同時に譲渡する場合、契約上の対価をどう配分するかが実務上の論点になります。総額が同じでも、株式に対する対価と不動産に対する対価の配分が変われば、適用される計算方法が変わるため、最終的な税額も変わり得るからです。
もっとも、配分を当事者が自由に決められるわけではありません。それぞれの資産について合理的な価額の裏づけが必要で、実態とかけ離れた配分は税務上問題になり得ます。不動産であれば、不動産鑑定や近隣の取引事例などによる根拠が求められる場面もあります。
買い手側にも事情があります。買い手にとっては、取得した資産をどう会計処理し、将来どのように費用化できるかが関心事になりますので、配分は双方の交渉事項になります。
配分の考え方は税務の専門的な判断を伴いますので、契約条件を固める前に税理士に相談し、根拠を残しながら進めてください。
賃貸を続ける選択肢との比較
資産を譲渡せず、賃貸借契約を継続するという選択もあります。売り手にとっては、譲渡による一時の対価を受け取らない代わりに、賃料収入が続くという形です。
この場合、賃料は不動産所得として毎年の総合課税の対象になります。譲渡して一度に受け取る場合と、賃料として長期にわたって受け取る場合とでは、税負担の性格がまったく異なります。どちらが有利かは、金額、他の所得の状況、その後の生活設計によって変わります。
ただし、買い手の立場からは、事業用資産の所有権が外部にある状態は不安定に映ります。将来的な買い取りの取り決めを契約に入れる、賃貸借の期間と条件を明確にするなど、双方が納得できる形を設計することが必要です。
また、賃貸を続ければ、売り手には売却後も会社との関係が残ります。完全に引退したいとお考えの方には向かない選択肢かもしれません。生活設計まで含めて検討してください。
申告の準備で気をつける点
同時譲渡を行った年の確定申告は、通常より準備が増えます。次の点を早めに確認しておいてください。
- 不動産については、取得時期と取得価額が分かる資料(売買契約書、登記関係書類)
- 建物については、これまでの減価償却の状況が分かる資料
- 資産ごとの対価の配分が、契約書上で明確になっているか
- 仲介手数料や測量費など、どの資産の譲渡費用に対応するのかの整理
- 翌年度の住民税の負担を、資金計画に織り込んでいるか
不動産の取得価額が分からない場合には、株式と同じように、収入金額の一定割合を取得費とみなす取り扱いが用いられることがあります。株式の取得費についての考え方は「株式の取得費が分からないとき」をご覧ください。
申告は譲渡した年の翌年の確定申告期間(原則として2月16日から3月15日まで)です。区分が複数にわたる年は、資料の準備に時間がかかりますので、年内から着手しておくと安心です。
まとめ|まとめて売っても、税金は分けて考える
株式と個人資産を同時に譲渡する場合、対価は一つの取引としてやり取りされても、税務上は所得の区分ごとに分けて計算します。株式は20.315%の分離課税、不動産は別の分離課税の区分、その他の資産はさらに別の扱いというように、それぞれの方法で税額を出す必要があります。
対価の配分は税額に影響しますが、合理的な根拠が必要です。契約条件を固める前に、税理士に相談しながら根拠を整えておくことをおすすめします。
当社では、会社の株式と個人資産の扱いを切り分けて整理するところからご相談を承っています。相談料・着手金・月額報酬は0円、成功報酬は移動総資産(株式価値+負債総額)を基準とするレーマン方式で最低2,000万円(税別)です。まずは現在の資産の状況をお聞かせください。