会社を売却したときの税金は、譲渡価格そのものではなく「譲渡価格から取得費と譲渡費用を差し引いた利益」に対してかかります。ところが、設立から何十年も経った会社では、株式をいくらで取得したのかを示す資料が手元に残っていないことが少なくありません。本稿では、取得費が分からない場合に用いられる「概算取得費」という取り扱いの考え方と、それを使う前に確認しておきたいこと、手取り額への影響について整理します。
※ 本稿は一般的な税制の仕組みをご紹介するものであり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません。税制は改正によって変わるため(本稿の記載は2026年8月時点の制度に基づきます)、適用関係は個別の事情によって異なります。実際のご検討にあたっては、必ず最新の情報をご確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。
取得費が分からない、は珍しいことではない
個人株主が非上場株式を譲渡した場合、課税の対象になるのは譲渡所得です。譲渡所得は「譲渡価格 −(取得費 + 譲渡費用)」で計算し、これに所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%の合計20.315%の税率を乗じるのが基本的な仕組みです(申告分離課税)。
ここでいう取得費とは、その株式を手に入れるために支払った金額のことです。創業者であれば設立時に払い込んだ出資額、途中から株主になった方であれば買い取りに要した金額が該当します。取得費が大きいほど課税対象の利益は小さくなり、納める税金も少なくなります。
問題は、この取得費を「いくらだったか」ではなく「いくらだったと資料で示せるか」で考える必要がある点です。設立が数十年前で当時の帳簿も通帳も残っていない、途中で親族間の株の移動があったが契約書が見当たらない、といったご相談は実務でよくあります。会社の帳簿と違い、個人が保有する株式の取得経緯は、誰も保存の責任を負っていないまま時間が過ぎてしまうためです。
取得費が分からないまま申告することはできませんので、実務では「資料を探す」か「概算取得費という取り扱いを用いる」かのいずれかで対応することになります。
概算取得費という取り扱いの考え方
取得費が不明な場合、税務の実務では、譲渡による収入金額の5%相当額を取得費とみなして計算する取り扱いが用いられています。これを一般に「概算取得費」と呼びます。実際の取得費が分からないときの救済的な取り扱いであると同時に、実際の取得費が収入金額の5%より小さいことが分かっている場合にも、5%のほうを用いることが認められています。
たとえば譲渡価格が3億円であれば、取得費は1,500万円として計算することになります。設立時の資本金が数百万円という会社であれば、実際の出資額よりも概算取得費のほうが大きくなることも珍しくありません。つまり概算取得費は、必ずしも不利な取り扱いとは限らないということです。
一方で、途中で他の株主から株式を買い集めた経緯がある場合や、増資に応じて多額の払い込みをしている場合には、実際の取得費のほうが大きくなります。このケースで資料が見つからず概算取得費によることになると、本来は課税されないはずの部分にまで課税が及んでしまいます。差額が大きくなるほど、資料を探す価値は高くなります。
なお、この取り扱いの具体的な適用条件や、株式の種類・取得の経緯による例外の有無は、個別の事情によって判断が分かれます。実際の申告にあたっては必ず税理士にご確認ください。
概算取得費を使う前に探しておきたい資料
「資料がない」と思っていても、探してみると手がかりが出てくることがあります。M&Aの検討を始めた段階で、次のようなものを一度当たってみることをおすすめします。
- 設立当時の定款、登記関係の書類、設立時の出資を示す払込の記録
- 会社の法人税申告書の別表(株主の異動や資本金の推移が読み取れることがあります)
- 株主名簿、株式の売買契約書、譲渡承認に関する取締役会・株主総会の議事録
- 増資の際の募集事項の決定に関する議事録や、払い込みを受けた口座の記録
- 過去に贈与・相続で株式が移動している場合の、贈与税・相続税の申告書一式
とくに法人税申告書は、会社に古い年分が残っていなくても、顧問税理士の事務所に古い年分が保管されている場合があります。株主名簿と議事録は、M&Aの手続きそのものにも必要になる書類ですので、いずれにせよ早い段階で整理しておく意味があります。
資料探しは、譲渡が決まってからでは時間が足りません。買い手との交渉が進むと、株主の確定や名義の整理といった作業が同時並行で走り、税務の準備まで手が回らなくなるためです。検討の初期段階、できれば仲介会社に相談した時点で着手しておくと、後の申告が楽になります。
手取り額にどう影響するか
取得費の違いが手取りに与える影響は、単純な引き算で把握できます。取得費が1,000万円多く認められれば、その1,000万円には課税されませんので、20.315%を乗じた分だけ納税額が小さくなる計算です。
手取り額の全体像は「譲渡価格 − 仲介手数料などの譲渡費用 − 税金」という構造で考えます。仲介会社に支払う成功報酬は譲渡費用に該当し得るため、取得費と同じように課税対象を小さくする方向に働きます。当社の成功報酬は移動総資産(株式価値+負債総額)を基準とするレーマン方式で、最低報酬額は2,000万円(税別)、相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時にお支払いいただく中間金は成功報酬額の10%で、成功報酬から全額を差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。
なお、譲渡益が数億円規模になる場合には、いわゆるミニマムタックス(極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置)の影響も検討が必要です。2025年分の所得からは特別控除額3.3億円・税率22.5%で適用されており、2027年分の所得からは特別控除額1.65億円・税率30%へと強化されることとされています。株式の譲渡については、2026年12月31日までに譲渡契約を締結した場合には現行制度が適用される経過措置が設けられています。
取得費の把握は、こうした大きな論点の土台になる数字です。土台が固まらないと、手取りの試算も売却時期の判断もぶれてしまいます。
相続や贈与で取得した株式の場合
先代から相続や贈与によって株式を引き継いだ場合、取得費は原則として、前の持ち主(被相続人や贈与者)の取得費をそのまま引き継ぎます。つまり「自分は一円も払っていないから取得費はゼロ」ではなく、先代が払い込んだ金額が自分の取得費になるという考え方です。
この点は誤解されやすいところです。先代の取得費が分かる資料を探すべき、ということになりますので、相続の際に受け取った書類一式は、株式を売却するまで保管しておく価値があります。相続税の申告書には株式の評価の明細が添付されていますので、経緯を追ううえでの手がかりになります。
また、相続によって取得した株式を一定の期間内に譲渡した場合には、納めた相続税の一部を取得費に加算できる特例があります。適用できるかどうかは相続の時期との関係で決まるため、相続の直後にM&Aを検討する場合は、売却時期そのものが手取りに影響することになります。詳しくは「相続した株式の売却と税金」もあわせてご覧ください。
いずれのケースも、適用の可否は個別の事情によります。相続・贈与を経ている株式は論点が増えますので、早い段階で税理士にご相談ください。
まとめ|資料探しは、検討の初期に始める
取得費が分からない場合には、譲渡による収入金額の5%を取得費とみなす概算取得費という取り扱いがあります。実際の取得費が小さい会社ではむしろ有利に働くこともあり、必要以上に不安を感じる必要はありません。
一方で、株式を買い集めた経緯がある会社では、実際の取得費のほうが大きくなります。資料が見つかるかどうかで納税額が変わりますので、M&Aの検討を始めた時点で、設立関係の書類、法人税申告書、株主名簿、過去の契約書や申告書を当たっておくことをおすすめします。
当社では、初回のご相談の段階から、株主構成や株式の異動の経緯を整理するお手伝いをしています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。税務の具体的な取り扱いについては、必要に応じて税理士等の専門家と連携しながら検討を進めます。まずはお気軽にご相談ください。