本社ビル、工場、社宅、賃貸に出している物件——中小企業では、会社が不動産を保有していることが珍しくありません。とくに古くから事業を続けている会社では、取得時の価格と現在の時価が大きく離れていることがあります。この差額(含み損益)をどう扱うかが、M&Aの税務では大きな論点になります。
本稿では、不動産を含む会社を売る際の税務上のポイントを、スキームごとに整理します。評価や切り離しといった実務面の判断は「不動産を持つ会社の売却」とあわせてご覧ください。
不動産があると、なぜ論点が増えるのか
理由は三つあります。
- 簿価と時価が離れやすい:土地は減価償却をしないため、数十年前に取得した土地が当時の価格のまま計上されていることがあります。時価との差が含み益(または含み損)です。
- 移転させると税が発生する:不動産そのものを動かすと、登録免許税や不動産取得税といった流通税、そして譲渡益への課税が生じ得ます。
- 買い手のニーズと一致しないことがある:事業は欲しいが不動産まで抱えたくない、という買い手は少なくありません。逆に、不動産こそ価値だと考える買い手もいます。
この三つが絡むため、「不動産をどうするか」はスキーム選択そのものに影響します。
株式譲渡の場合|含み益に直接の課税は生じない
株式譲渡では、不動産は会社が持ったまま、株主だけが入れ替わります。不動産の所有者は法人のままなので、移転登記も不要で、登録免許税や不動産取得税も原則として生じません。含み益が実現するわけではないため、含み益そのものに法人税が課されることもありません。
ただし、税金がかからないからといって、含み益が無視されるわけではありません。買い手は株式の価値を評価する際、貸借対照表の簿価ではなく実質的な価値を見ます。時価が簿価を大きく上回る土地があれば、それは株式価値を押し上げる要素になります。
その一方で、買い手は「その含み益をいつか実現させるときには税負担が生じる」ことも織り込みます。実務では、含み益に対応する将来の税負担相当額を一定程度考慮して価格を検討する考え方が取られることがあります。買い手の提示価格が「時価そのまま」にならない背景には、こうした事情があります。
売り手にとっては、株主の手取りは株式譲渡益への課税(個人株主なら原則20.315%)で計算されます。会社の中に含み益があること自体が、直ちに追加の税負担を生むわけではありません。
事業譲渡・会社分割で不動産を動かす場合
これに対し、不動産そのものを別の法人に移すスキームでは、税負担が現実のものになります。
事業譲渡で不動産も譲渡する
会社が不動産を譲渡すれば、譲渡対価と簿価の差額が譲渡益として法人の所得に加わり、法人税等の課税対象になります。買い手側では、不動産の取得に伴い登録免許税や不動産取得税が生じ得ます。土地の譲渡自体は消費税の非課税取引とされますが、建物は課税の対象になるなど、資産の種類ごとの区分が必要です(「M&Aと消費税」)。
会社分割で不動産を切り出す
会社分割によって不動産を別会社に移す方法もあります。一定の要件を満たす組織再編成では、資産の移転に伴う譲渡損益の計上を繰り延べる取り扱いが設けられていますが、要件は細かく、判定を誤ると想定外の課税が生じます。また、M&Aを前提とした再編では、要件の充足について特に慎重な検討が必要です。会社分割の実務面は「会社分割とは」もご参照ください。
いずれのスキームでも、実行の順序とタイミングが結果を左右します。具体的な適用は必ず税理士にご確認ください。
不動産を切り離す・オーナーが買い取るという選択肢
買い手が事業だけを求めている場合、不動産を会社から切り離す方法が検討されます。代表的なのは次の二つです。
- オーナーまたはオーナーの資産管理会社が買い取る:会社から不動産を買い取り、売却後は賃貸するかたちにします。会社側では譲渡益への課税、買い取る側では取得資金と流通税の負担が生じます。
- 会社分割等で別法人に移す:不動産を保有する法人を分け、事業会社の株式だけを譲渡します。組織再編税制の要件の確認が不可欠です。
どちらの場合も、押さえるべき共通の論点があります。
- 売買価格の妥当性:同族間の取引になるため、価格が時価から離れていると別の課税関係が問題になり得ます。不動産鑑定など、価格の根拠を残せる方法を検討します。
- 買い取り資金の手当て:個人や資産管理会社に購入資金があるか。借入で賄う場合の返済原資はどうか。
- 売却後の賃貸条件:買い手にとっては、事業に使う建物を賃借し続けられるかが重要です。賃料水準、契約期間、原状回復の扱いを事前に整理しておかないと、交渉の終盤で論点化します。
- 実行のタイミング:M&Aの直前に慌てて動かすと、意図を疑われやすくなります。時間の余裕を持って進めることが望ましい領域です(「M&A直前にやってはいけないこと」)。
事前に整えておきたい資料と確認事項
不動産を持つ会社の売却では、資料が揃っているかどうかで進み方が変わります。次の点を早めに確認しておくことをおすすめします。
- 登記事項証明書、公図、測量図、境界の確定状況
- 取得時の契約書・取得価額を示す資料(簿価の根拠)
- 担保設定の状況(抵当権の有無、被担保債務の残高)
- 賃貸している場合は賃貸借契約書、敷金・保証金の残高
- 建物の検査済証、増改築の履歴、耐震に関する資料
- 土壌汚染やアスベストなど、環境面の調査履歴(「環境デューデリジェンス」)
これらは買い手のデューデリジェンスで必ず求められる資料です。境界が未確定である、増築部分が登記されていないといった点は、発見が遅いほど交渉に影響します。
まとめ|不動産は「価格」と「税」の両方に効く
不動産を含む会社の売却では、含み益が価格の評価に影響し、スキームの選び方によっては現実の税負担が生じます。株式譲渡であれば不動産は動かず流通税も原則として生じませんが、含み益は価格の議論に反映されます。事業譲渡や会社分割で不動産を動かす場合には、譲渡益への課税と流通税を織り込む必要があります。
不動産を残すのか、一緒に譲るのか、切り離すのか——この判断は、税務だけでなく、買い手の希望、資金、売却後の賃貸条件まで含めた総合判断です。個別の税務の取り扱いは必ず税理士にご確認ください。当社では、不動産を保有する会社の売却について、選択肢の整理から専門家との連携までお手伝いしています。