株主の中に海外で暮らしている方がいる、あるいは会社を売った後に海外へ移住することを考えている。近年、こうしたご相談が増えています。日本に住んでいる個人株主であれば譲渡益に20.315%の税率で課税されるという整理で済みますが、海外が絡むと、どの国で課税されるのか、買い手に源泉徴収の義務が生じるのかといった確認事項が一気に増えます。本稿では、非居住者が関わるM&Aで押さえておきたい論点を整理します。

※ 本稿は一般的な税制の仕組みをご紹介するものであり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません。税制は改正によって変わるため(本稿の記載は2026年8月時点の制度に基づきます)、適用関係は個別の事情によって異なります。実際のご検討にあたっては、必ず最新の情報をご確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。

まず「居住者か非居住者か」の判定から

税務上の扱いは、国籍ではなく、税法上の居住者であるかどうかで決まります。日本国内に住所があるか、または一定期間以上引き続いて居所があるかといった基準で判定され、日本国籍を持っていても長く海外で生活していれば非居住者と扱われることがあります。

判定は形式的に決まるものではなく、生活の本拠がどこにあるかという実質で判断されます。家族の居住地、職業、資産の所在、滞在日数などの事実関係を総合して見ることになるため、「単身赴任で数年海外にいる」「一年の半分ずつを日本と海外で過ごしている」といったケースでは、判断が難しくなります。

M&Aの実務では、この判定が譲渡代金の扱いや申告の要否を左右します。株主の中に海外在住の方がいる場合は、早い段階で税理士に事実関係を伝え、居住者・非居住者の整理をしておくことが出発点になります。

なお、判定の基準や適用関係は個別の事情によって異なります。自己判断で進めず、必ず専門家にご確認ください。

非居住者の株式譲渡は、どこで課税されるのか

非居住者について日本で課税されるのは、日本国内で生じたと認められる所得(国内源泉所得)に限られるのが原則です。日本法人の株式を譲渡した場合にこれに該当するかどうかは、譲渡する株式の割合や保有の状況など、法令で定められた要件によって判断されます。

中小企業のM&Aでは、オーナーが会社の株式の大部分を保有していることが多く、要件に該当する可能性は決して低くありません。「海外に住んでいるから日本では課税されない」と単純に考えるのは危険です。

さらに、居住している国の税法によっては、その国でも課税の対象になり得ます。同じ利益に二重に課税されることを避けるため、日本が相手国と租税条約を結んでいる場合には、どちらの国で課税するかの取り決めが置かれています。適用を受けるには所定の届出が必要になることもあり、手続きの準備を要します。

どの国でどのように課税されるのかは、相手国の制度も関わる高度な判断です。日本の税理士に加えて、現地の専門家の確認が必要になる場合もあります。

買い手側に生じ得る源泉徴収の論点

非居住者が関わる取引では、支払いを行う側に源泉徴収の義務が生じる場合があります。株式の譲渡対価についても、一定の要件に当てはまるときは、買い手が対価から税額を差し引いて国に納付し、売り手には残額を支払うという流れになり得ます。

この点は、売り手にとっては「受け取る金額が想定と違う」という形で表面化します。買い手にとっては、義務を怠ると後から追及される立場になるため、デューデリジェンスの段階で株主の居住状況を確認するのが通例です。

実務上は、株主の居住地を早めに開示し、源泉徴収の要否について双方の税務アドバイザーの見解をそろえておくことがトラブル防止につながります。契約書には、源泉徴収が行われる場合の取り扱いを明記しておくことが望まれます。

要件の該当性は個別の判断になりますので、取引条件を固める前に税理士にご確認ください。

売却後に移住を考えている場合

会社を売却した後に海外へ移住したい、というご希望をうかがうこともあります。この場合、移住のタイミングと譲渡のタイミングの関係が論点になります。譲渡した年に日本の居住者であれば、その年の所得として日本で申告することになるためです。

また、日本には、一定の要件を満たす方が国外へ転出する際に、保有する有価証券等について譲渡があったものとみなして課税する制度(国外転出時課税)があります。まだ売っていない株式であっても課税の対象になり得る仕組みですので、移住を検討する場合には必ず確認が必要です。

住民税についても注意が必要です。住民税は譲渡した年の翌年度に課税されるため、その前に出国すると納税管理人の届け出などの手続きが必要になることがあります。納付の段取りを事前に整理しておかないと、思わぬ手間が生じます。

「売ってから考える」では選択肢が狭まります。移住の予定がある場合は、検討の初期段階で税理士に伝えておいてください。

手続き面で増える作業

非居住者が株主に含まれると、税務以外の実務も増えます。印鑑証明書に代わる署名証明の取得、住民票に代わる在留証明の取得、書類の郵送に要する時間、時差を挟んだ署名の調整など、いずれも段取り次第で日程に影響します。

また、譲渡代金を海外の口座で受け取る場合には、送金の手続きや為替の取り扱いも検討事項になります。国内の口座で受け取るのか、海外送金とするのかで、実務上の負担は変わります。

こうした作業は、クロージングの直前に判明すると日程の遅れに直結します。株主構成を確認する初期の段階で、海外在住の方の有無を仲介会社に共有しておくことをおすすめします。当社では、相談料・着手金・月額報酬0円で初期のご相談を承っており、株主構成の整理から手続きの段取りまでお手伝いしています。

まとめ|海外が絡んだら、早めに専門家へ

海外に住む株主がいる場合、税務の論点は日本国内だけでは完結しません。居住者・非居住者の判定、日本での課税の有無、相手国での課税と租税条約の適用、源泉徴収の要否、そして移住を伴う場合の国外転出時課税。いずれも個別の事情によって結論が変わります。

共通して言えるのは、確認に時間がかかるということです。相手国の制度を確認し、必要な届出を準備し、書類を国際郵便でやり取りする。どれも数日では終わりません。

株主に海外在住の方がいる、あるいは売却後の移住を考えている場合は、検討を始めた時点でその事実を仲介会社と税理士に共有してください。当社でも、税理士等の専門家と連携しながら進め方をご相談しています。

よくあるご質問

A.そうとは限りません。非居住者であっても、日本国内で生じたと認められる所得については日本で課税の対象となり得ます。日本法人の株式の譲渡が該当するかは、譲渡する株式の割合や保有状況などの要件で判断されますので、必ず税理士にご確認ください。
A.非居住者への支払いについては、一定の要件に当てはまる場合に源泉徴収が必要となることがあります。売り手が受け取る金額に影響しますので、取引条件を固める前に双方の税務アドバイザーで確認し、契約書に取り扱いを明記しておくことをおすすめします。
A.譲渡と移住のタイミングの関係、国外転出時課税の対象になるかどうか、翌年度に課税される住民税の納付の段取りなどを事前に整理しておく必要があります。検討の初期段階で税理士にご相談ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら