「累積の赤字が残っている会社を買えば、買収後の利益と相殺できて税金が減るのではないか」。買い手企業の経営者様から、こうしたご質問をいただくことがあります。繰越欠損金は確かに価値のある資産です。しかし、支配関係が変わった場合の利用には制限が設けられており、「買えば自由に使える」わけではありません。本稿では、制度の趣旨と、買い手が検討段階で押さえておくべき点を整理します。
繰越欠損金とは何か|将来の税負担を減らす資産
法人税は各事業年度の所得に対して課税されますが、ある年度に生じた欠損金(税務上の赤字)は、一定期間にわたって繰り越し、将来の黒字と相殺することができます。これが繰越欠損金です。相殺できれば、その分だけ将来の課税所得が減り、法人税等の負担が軽くなります。法人実効税率の目安が約30%とされていることを踏まえると、欠損金の残高は無視できない意味を持ちます。
したがって買い手から見れば、繰越欠損金は「将来の税負担を減らす効果を持つ資産」として、買収価格の検討材料になり得ます。実際に、株式価値の算定でその効果を織り込む考え方もあります。
ただし、控除できる金額には、会社の規模に応じた上限が設けられている場合があります。中小法人と、そうでない法人とでは扱いが異なりますので、「残高の全額をいつでも使える」と考えるのは早計です。
支配関係が変わった後の利用には制限がある
ここが本稿の核心です。繰越欠損金を目当てに赤字会社を買収し、自社の利益と相殺する。こうした行為が無制限に認められると、欠損金が実質的に売買される事態を招きます。そのため税制上、支配関係が変わった場合の欠損金の利用には制限を設ける仕組みが置かれています。
制限の考え方をおおまかに言えば、支配関係が生じた後に、その会社が従来の事業を継続しているのか、それとも事業の中身が入れ替わったのかを見る、というものです。買収後に元の事業をやめて別の事業に転換したり、休眠状態の会社を利用したりするような場合には、欠損金の利用が制限される方向になります。
逆に、事業をそのまま継続し、従業員も引き継ぎ、実態のある経営を続けていく通常のM&Aであれば、制限の対象とならないこともあります。ただし、要件は細かく、判定には専門的な検討が必要です。「うちのケースは大丈夫か」は、必ず税理士に確認してください。
本稿は一般的な税制の仕組みのご紹介であり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません。実際の適用可否や税額は、会社の状況や取引の内容によって異なります。必ず税理士等の専門家にご確認ください。
組織再編を伴う場合はさらに論点が増える
買収後に、買った会社を自社に合併させる、あるいは事業を移すといった組織再編を行う場合、欠損金の扱いはさらに複雑になります。合併によって被合併法人の欠損金を引き継げるかどうかは、その合併が税務上の適格要件を満たすか、支配関係がいつから続いているか、といった要素で判断されます。
特に、買収してすぐに合併する計画がある場合は注意が必要です。買収と合併を一体のものとして評価されると、想定していた欠損金の引継ぎが認められないことがあります。合併の税務については「買収後に合併する場合の税務」で整理していますので、あわせてご覧ください。
また、グループ通算制度を採用しているグループに買収した会社が加入する場合も、加入時点の欠損金の扱いに固有のルールがあります。こちらは「グループ通算制度と子会社の買収」をご参照ください。
買い手が検討段階で確認すべきこと
繰越欠損金を価格に織り込むかどうかを判断するために、買い手としては次を確認します。
- 残高:法人税申告書の別表七などで、欠損金の発生年度別の残高を確認する
- 期限:各年度の欠損金がいつまで繰り越せるのかを把握する
- 正確性:過去の申告に誤りがないか。税務調査で否認されれば欠損金は減る
- 買収後の事業計画:事業を継続するのか、転換するのか。制限の判定に影響する
- 利益の見通し:そもそも相殺できるだけの課税所得が見込めるのか
これらは税務デューデリジェンスの確認項目でもあります。調査で何を見るかは「税務デューデリジェンスとは」で整理しています。
もう一点、統合後の申告実務にも目を向けておく必要があります。欠損金の残高は法人税申告書の別表で管理されますので、対象会社の申告を誰が担うのか、これまでの顧問税理士の先生に引き続きお願いするのかを、クロージング前に決めておくと引継ぎが滞りません。申告の担当が空白になると、期限の管理そのものが危うくなります。
実務上よくある落とし穴は、最後の点です。欠損金があっても、買収後に十分な課税所得が生じなければ使う機会がありません。買収後の統合で費用がかさむ局面ではなおさらです。「使える見込みがあるか」まで踏み込んで検討してください。
売り手側の視点|欠損金を価格交渉の材料にできるか
売り手から見ると、「うちには繰越欠損金があるので、その分を評価してほしい」という主張をしたくなります。しかし前述のとおり、買い手が実際に使えるかどうかは、買収後の事業の継続状況や利益の見通しによります。
そのため、買い手が価格に織り込むとしても、額面どおりではなく、使える可能性を勘案した控えめな評価になるのが一般的です。過度な期待は交渉の停滞を招きますので、アドバイザーを通じて現実的な見立てを共有しておくほうが建設的です。
むしろ売り手として重要なのは、申告内容の正確性です。過去の申告に問題があると、欠損金の残高そのものが揺らぎ、価格だけでなく表明保証や補償の条件にも影響します。日頃から顧問税理士の先生と申告内容を整えておくことが、結果的に交渉力につながります。成約後の調査で見られる点は「M&A後の税務調査」もご参考にしてください。
まとめ|「買えば使える」ではなく「使えるかを確かめる」
本稿の要点を整理します。
- 繰越欠損金は将来の税負担を減らす効果を持つが、控除額には会社の規模に応じた上限がある場合がある
- 支配関係が変わった後の利用には制限の仕組みがあり、事業の継続状況が判定に関わる
- 買収後に合併など組織再編を予定する場合は、引継ぎの可否について別途の検討が必要
- 買い手は残高・期限・申告の正確性・買収後の事業計画・利益の見通しをあわせて確認する
- 売り手が価格交渉の材料にする場合も、額面どおりの評価にはなりにくい
当社プラチナパートナーズでは、買い手企業様の案件検討から交渉・クロージングまでをご支援しています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。税務の論点は税理士の先生と連携しながら整理してまいりますので、検討段階からお気軽にご相談ください。