M&Aの成約後、旧オーナーが一定期間会社に残り、引継ぎに当たるのは一般的な形です。取引先への紹介、技術やノウハウの伝達、従業員の不安の緩和——買い手にとっても売り手にとっても、この期間の設計は成否を分けます。
そのときに決めるのが、どういう立場で、いくら受け取るかです。役員として残るのか、顧問として業務委託を受けるのか、従業員として雇用されるのか。形が違えば、会社側の損金の扱いも、受け取る側の課税も、消費税の扱いも変わります。本稿では、この点を整理します。
残り方は三つ|立場によって前提が変わる
引継ぎ期間の関わり方は、おおむね次の三つに分かれます。
| 形 | 立場 | 支払いの名目 |
|---|---|---|
| 役員として残る | 取締役・監査役など | 役員報酬 |
| 従業員として残る | 雇用契約 | 給与 |
| 顧問・業務委託 | 委任・請負(雇用ではない) | 顧問料・業務委託料 |
実務で多いのは三つ目の顧問契約です。常勤の義務を負わず、必要な場面で関与するという形が、双方にとって現実的だからです。関与期間の設計そのものについては「旧経営者の関与期間|顧問契約の設計」で扱っています。
ただし、名目を顧問契約にしただけでは、税務上もそのとおりに扱われるとは限りません。実態として指揮命令を受けて働いているなら、給与として扱うべきという判断になることもあります。名目と実態を一致させることが、すべての出発点です。
会社側の論点|損金になるかは「実態」と「金額」
支払う会社にとって最大の関心は、その支出が損金になるかどうかです。判断のポイントは二つあります。
- 職務の実態があるか:契約書に業務内容が書かれていても、実際には何もしていない、出社もしていないという状態では、支出の根拠が説明できません。
- 金額が相当か:提供している役務の内容に照らして、著しく高額な報酬は問題になり得ます。
この二点は、譲渡対価の一部を報酬の形で支払っているのではないか、という疑いを招かないためにも重要です。実際の関与内容(頻度、担当業務、成果)を記録に残しておくことをお勧めします。
なお、役員として残る場合には別の注意が必要です。役員に対する給与は、支給の仕方によっては損金として認められない場合があります。要件は制度で細かく定められていますので、支給の方法と時期は必ず顧問税理士にご確認ください。
M&Aに関連して生じる費用の損金性全般は「M&A関連費用の税務上の扱い|損金になるもの・ならないもの」で整理しています。
源泉徴収と消費税|契約の形で事務が変わる
会社の経理実務では、次の違いが出ます。
| 役員報酬・給与として支払う場合 | 業務委託料として支払う場合 | |
|---|---|---|
| 消費税 | 給与は課税の対象外 | 役務の対価として課税対象(標準税率10%) |
| 源泉徴収 | 給与としての源泉徴収を行う | 業務の内容により取り扱いが異なる |
| 社会保険 | 要件を満たせば加入対象となる | 原則として会社の被保険者ではない |
消費税の扱いが変わる点は、買い手にとって無視できません。業務委託であれば会社にとって課税仕入れとなりますが、給与であればそうなりません。もっとも、この違いだけを理由に契約の形を選ぶのは本末転倒です。実態に合わない形をとれば、後の税務調査で問題になります。
源泉徴収の要否は業務の内容によって異なりますので、支払開始前に顧問税理士へ確認しておくのが安全です。
売り手側から見た論点|手取りと立場
受け取る側、すなわち旧オーナーにとっても、形の違いは重要です。
- 所得の区分が変わる:給与として受け取るか、業務委託料として受け取るかで、課税の計算方法が変わります。株式の譲渡対価とは別の所得として扱われる点にご注意ください。この論点は「譲渡対価と別に受け取るお金|競業避止の対価や顧問料は所得区分が変わる」で詳しく整理しています。
- 社会保険の扱いが変わる:役員・従業員として残るか、外部の顧問となるかで加入関係が変わります。健康保険の切り替えは生活に直結しますので、事前の確認が必要です。
- 責任の範囲が変わる:役員として残れば、会社に対する責任を負う立場が続きます。「支援はするが経営責任は負わない」形にしたいのであれば、顧問契約のほうが整合します。
- 競業避止義務との関係:譲渡契約で競業避止義務を負う場合、顧問期間中の活動範囲にも影響します。
当社がご相談を受ける中でよくお伝えするのは、「金額よりも、何を頼まれるのかを先に決めましょう」ということです。業務内容が曖昧なまま金額だけ決まると、双方の期待がずれ、引継ぎ期間が気まずいものになります。
期間が終わったあとを、最初に決めておく
顧問契約で最も揉めやすいのは、終わり方です。買い手は「いつまでも旧オーナーに頼る状態」を避けたいと考え、売り手は「まだ必要とされているのに切られるのか」と感じる——この行き違いは珍しくありません。
防ぐには、契約の時点で次を明確にしておくことです。
- 期間(原則として期限を定め、延長は合意によるものとする)
- 業務内容(引継ぎの対象、関与の頻度、報告の方法)
- 終了後の扱い(相談に応じる範囲、競業避止義務の残存期間)
- 報酬の見直し条件(関与が減った場合の減額の考え方)
引継ぎの進め方そのものは「退任後に顧問・相談役として残る|関わり方・契約・期間の設計」もあわせてご覧ください。
買い手にとっても売り手にとっても、引継ぎ期間は会社を軟着陸させるための時間です。税務上の扱いを整えることは、その時間を余計な争点で濁らせないための備えでもあります。具体的な取り扱いは、必ず顧問税理士にご確認ください。
まとめ|名目ではなく、実態から設計する
引継ぎ期間の報酬は、役員報酬・給与・業務委託料のどの形をとるかで、会社側の損金性、消費税、源泉徴収、社会保険の扱いが変わります。役員として残る場合には、支給の方法によって損金にならないことがある点にも注意が必要です。
大切なのは、税務上の有利不利から形を選ぶのではなく、実際の関与のあり方から形を決めることです。実態に合わない契約は、後の税務調査で問題になり、せっかくの引継ぎを台無しにします。
当社では、譲渡契約の条件を組み立てる段階から、引継ぎ期間の設計についてもご相談をお受けしています。税務の適用関係は顧問税理士の領域ですが、「何をどこまで頼まれるのか」を交渉の中で明確にしていく部分はお手伝いできます。