M&Aの条件交渉では、「総額でいくら」という話から、「その内訳をどうするか」という話に進みます。株式の譲渡対価のほかに、役員退職金、引継ぎ期間の顧問料、競業避止義務の対価——複数の名目が並ぶことは珍しくありません。

ここで押さえておきたいのは、名目が変われば課税の計算方法が変わるということです。受け取る総額が同じでも、手取りは変わります。本稿では、名目ごとの扱いの違いと、交渉の場で何を見るべきかを整理します。

※ 本稿は一般的な制度の考え方をご紹介するものであり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません(記載は2026年8月時点の制度に基づきます)。所得の区分は契約内容と実態によって判断され、一律ではありません。具体的な取り扱いは顧問税理士にご確認ください。

「分離課税で完結するもの」と「そうでないもの」

まず全体の構造です。個人が受け取るお金は、所得の種類ごとに課税の計算方法が決まっています。M&Aの場面で特に重要なのが、次の対比です。

  • 株式の譲渡対価:譲渡所得として、他の所得と分離して課税されます(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%=20.315%)。金額が大きくなっても税率は一律です。
  • それ以外の名目:退職金、給与、雑所得、一時所得など、それぞれ別の計算方法になります。総合課税の対象となるものは、その方の他の所得と合算して累進的に課税される仕組みが基本です。

つまり、譲渡対価以外の名目に振り分けられた部分は、分離課税の枠から外れるということです。手取り額の計算構造そのものは「会社売却にかかる税金|株式譲渡益課税と手取り額の考え方」で解説しています。

なお、譲渡益が大きい場合にはミニマムタックスの影響も考慮が必要です。詳しくは「ミニマムタックスとは|株式譲渡益への影響と会社売却の時期」をご覧ください。

名目ごとに、どこが違うのか

実務で登場する主な名目を並べます。

名目誰が払うか扱いの特徴
株式の譲渡対価買い手譲渡所得として分離課税。20.315%
役員退職金会社退職所得として別建てで計算される。会社側では損金算入の限度が問題になる
顧問料・業務委託料会社役務の対価。継続的に受け取る所得として計算される
競業避止義務の対価買い手または会社契約の内容により扱いが分かれ得る。一律ではない
アーンアウト対価買い手受け取る時期と条件により扱いが異なる

役員退職金は、会社の損金になる一方で会社の現預金が減りますので、譲渡価格との調整が必要です。考え方は「役員退職金を活用した会社売却|手取り最大化の考え方と注意点」と「役員退職金はいくらまで損金になるか|功績倍率の考え方」をご参照ください。アーンアウトについては「アーンアウト対価の税務|後から受け取る分は、いつ課税されるか」で扱っています。

競業避止義務の対価は、特に扱いが読みにくい項目です。契約上どのような位置づけで支払われるかによって判断が分かれ得ますので、金額を決める前に顧問税理士へご相談ください。

誰が払うかで、会社の財布か買い手の財布かが変わる

もうひとつ見落とされやすいのが、支払う主体の違いです。

株式の譲渡対価と競業避止義務の対価は、通常は買い手が支払います。買い手の財布から出るお金です。一方、役員退職金や顧問料は会社が支払います。会社の財布から出るお金であり、その分だけ会社の現預金が減ります

会社の現預金が減れば、買い手が評価する企業価値にも影響します。したがって、「退職金で受け取れば税負担が軽いから、その分を退職金に寄せよう」と単純には進みません。退職金の分だけ譲渡価格が下がるのであれば、比較すべきは税引後の総額です。

交渉の場では、次の順で確認すると誤解が生じにくくなります。

  • ① 受け取る総額(すべての名目の合計)はいくらか
  • ② そのうち会社が払う分はいくらか(=会社の現預金が減る分)
  • ③ それぞれの名目で、税引後にいくら残るか
  • ④ 支払いの時期はいつか(同じ年か、年をまたぐか)

「名目を付け替えれば有利になる」という発想の危うさ

名目によって課税が変わると分かると、有利な名目に寄せたくなります。しかし、ここには明確な線があります。

実態を伴わない配分は、税務上そのまま認められないことがあります。働いていないのに顧問料を受け取る、実際には競業しようがないのに多額の競業避止の対価を設定する——こうした形は、後の税務調査で問題になり得ます。買い手側でも損金性が否定されれば、双方にとって不利益です。M&A後の税務調査については「M&A後の税務調査|売り手・買い手それぞれが備えること」をご覧ください。

逆に言えば、実態があるものは、きちんとその名目で受け取ればよいということです。長年の功績に対する退職金、実際に行う引継ぎ業務の顧問料、現実に負う競業避止義務の対価——それぞれに根拠があるなら、契約書にその根拠を明記し、実態が説明できる状態にしておくことが最善の備えになります。

当社では、条件交渉の中でこの整理をご一緒に行います。税務判断そのものは行いませんが、「何に対して支払われるお金なのか」を契約に落とし込むのは仲介の仕事です。

決める前に確認しておきたいこと

内訳を決める前に、次を押さえておくと判断がぶれません。

確認事項なぜ必要か
税引後の比較名目ごとに計算方法が違うため、額面の比較では判断できない
受取時期年をまたぐと、その年の所得や翌年の負担が変わる
買い手側の損金性買い手が損金にできない支払いは、交渉で受け入れられにくい
会社に残る現金会社が払う名目は、企業価値の評価に影響する
根拠の説明実態を伴わない配分は後で問題になる

受取時期については、譲渡した翌年に住民税・社会保険料の負担が生じる点もあわせてご確認ください(「譲渡した翌年の住民税・社会保険料|想定しておく負担」)。

税額の試算と最終的な判断は、必ず顧問税理士にご確認ください。当社は税務判断を行う立場ではありませんが、税理士の先生と連携しながら条件を組み立てるお手伝いをしています。

まとめ|総額ではなく、税引後と根拠で見る

M&Aで受け取るお金は、株式の譲渡対価だけとは限りません。役員退職金、顧問料、競業避止義務の対価、アーンアウト——それぞれ課税の計算方法が異なり、総額が同じでも手取りは変わります。さらに、会社が払う名目は会社の現預金を減らし、企業価値の評価にも影響します。

判断の軸は二つです。ひとつは税引後で比較すること。もうひとつは、それぞれの名目に実態と根拠があること。この二つを外さなければ、内訳の設計で大きく損をすることはありません。

当社では、譲渡の条件を組み立てる段階から、税理士等の専門家と連携してご相談をお受けしています。「提示された内訳の意味が分からない」という段階で構いません。ご相談は無料、秘密は厳守いたします。

よくあるご質問

A.一概には言えません。株式の譲渡対価は分離課税で20.315%ですが、他の名目は別の計算方法になります。どちらが有利かは金額や他の所得の状況によって変わりますので、顧問税理士に試算をご依頼ください。
A.契約の内容や支払いの位置づけによって扱いが分かれ得るため、一律ではありません。金額を決める前に、契約書の文言とあわせて顧問税理士にご確認いただくことをお勧めします。
A.退職金は会社が支払いますので、会社の現預金が減り、譲渡価格の評価に影響することがあります。また会社側で損金にできる金額にも考え方があります。税引後の総額で比較してください。
A.売り手と買い手の交渉で決まります。買い手側の損金性も関係しますので、双方が納得できる根拠が必要です。当社では、交渉の中でこの整理をご一緒に行っています。

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条件の「内訳」まで含めて、ご相談いただけます。

相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。税務判断は税理士の先生と連携して進めます。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら