相続税対策やグループ経営の効率化のために持株会社(ホールディングス)を設立している会社は少なくありません。ところが、いざ第三者への譲渡を検討する段になると、「そもそも何を売るのか」という入口の問いから考え直す必要が出てきます。持株会社を挟んでいる会社では、売る主体が二段になっているからです。
オーナー個人が持株会社の株式を持ち、その持株会社が事業会社の株式を持つ。この構造では、「事業会社の株式を売る」のか「持株会社の株式を売る」のかで、対価を受け取る主体が変わり、課税の仕組みも、お金が最終的にオーナーの手元に届くまでの道筋も変わります。本稿では、持株会社という構造そのものから生じる論点に絞って整理します。
法人株主と個人株主で課税の仕組みがどう違うかという基本については「法人株主が株式を譲渡した場合の税金|個人株主との違い」で、持株会社をつくる方法や事業承継での使われ方については「ホールディングス化とは|持株会社を使った事業承継の考え方」で解説しています。本稿はその二つを踏まえ、「持株会社がある状態で売るとき」に焦点を当てます。
持株会社があると、「売る主体」が二段になる
一般的な中小企業のM&Aでは、オーナー個人が事業会社の株式を直接保有しており、それを買い手に譲渡します。対価はオーナー個人に入り、譲渡所得として課税されて完結します。話はここで終わりです。
持株会社を挟むと、選択肢が二つに分かれます。
| パターン | 売る主体 | 対価を受け取る主体 |
|---|---|---|
| A|事業会社株式の譲渡 | 持株会社(法人株主) | 持株会社。オーナー個人の手元にはまだ届かない |
| B|持株会社株式の譲渡 | オーナー個人 | オーナー個人。グループごと買い手に移る |
この違いは、単に売買の対象が変わるという以上の意味を持ちます。Aでは、売却代金は持株会社という「箱」の中に残ります。オーナー個人が現金を受け取るには、そこから配当を出す、役員退職金を支払う、あるいは持株会社を清算するといった、もう一段の手続きが必要になり、その段階でも課税が生じます。
一方Bでは、対価はオーナー個人に直接入ります。ただし、買い手は持株会社ごと、つまり持株会社が抱える資産・負債・過去の取引履歴もまとめて引き受けることになります。買い手がそれを受け入れられるかどうかが、成立の分かれ目になります。
パターンA|持株会社が事業会社株式を売る場合
持株会社が保有する事業会社株式を買い手に譲渡する形です。買い手にとっては、欲しい事業会社だけを取得でき、持株会社の過去の経緯を引き継がずに済むため、受け入れられやすい形といえます。
法人としての課税になる
売り手は法人ですから、譲渡益は法人の所得として、他の損益と通算されたうえで法人税等の対象になります。個人の株式譲渡のように分離課税で完結するのではなく、その事業年度の会社全体の損益の中に取り込まれる点が最大の違いです。法人の実効税率は、おおむね30%前後といわれています(会社の規模等により異なります)。なお、2026年4月1日以後に開始する事業年度からは防衛特別法人税が導入されています。
他の損益と通算されるということは、持株会社に繰越欠損金がある場合や、同じ事業年度に大きな損失が生じる場合には、結果として税負担が変わり得るということでもあります。逆に言えば、持株会社側の決算の状況が譲渡の税負担に影響するため、決算期をまたぐ時期の設計が論点になります(「決算期の途中で売却するとどうなるか」も参考になります)。
個人の手元に届くまで、もう一段ある
売却代金は持株会社に残ります。オーナー個人が使えるお金にするには、配当や役員退職金の支給、あるいは持株会社の清算といった手続きを経る必要があり、それぞれに課税が伴います。「事業会社を売った時点の税金」だけを見て手取りを計算すると、実感と大きくずれるのはこのためです。
もっとも、持株会社に資金を残したまま、新たな投資や不動産管理の器として活用し続けるという選択もあります。「全額を個人の手元に移す必要があるのか」を先に決めておくことが、設計の出発点になります。
パターンB|オーナー個人が持株会社株式を売る場合
オーナー個人が保有する持株会社の株式を、そのまま買い手に譲渡する形です。個人の株式譲渡ですから、譲渡所得として他の所得と分離して課税され、一般的な税率は20.315%です。対価が直接個人に入るため、手取りの見通しは立てやすくなります。
取得費がいくらになるかを確認する
ここで実務上の要注意点があります。株式移転などによって持株会社を設立した場合、オーナーが持つ持株会社株式の取得費は、一般に、それ以前に保有していた事業会社株式の取得費を引き継ぐ形で計算されます。「持株会社は最近つくったから取得費は最近の株価だろう」といった思い込みは通用しません。設立の経緯によって扱いが変わるため、設立時の書類と当時の税務処理を確認したうえで、税理士に取得費を確定してもらう必要があります(株式交換・株式移転の基本は「株式交換・株式移転とは|中小企業のM&Aでの使いどころ」をご参照ください)。
買い手が引き受けるものが増える
持株会社ごと譲渡するということは、買い手が持株会社の資産・負債もすべて引き受けるということです。事業に関係のない不動産、オーナー個人への貸付金、株価対策のために起こした借入金、休眠子会社——こうしたものが持株会社に残っていると、買い手は評価と説明を求め、交渉が長引きます。
買い手から見た持株会社|何を気にするのか
持株会社を挟む会社の売却で、実務上いちばん時間を取られるのは税務の計算ではなく、買い手との「どちらの形で買うか」の擦り合わせです。買い手の関心は、おおむね次の点に集まります。
- 欲しいのは事業会社だけではないか:買い手が事業のシナジーを目的としている場合、持株会社の過去の税務リスクまで引き受ける理由がありません。事業会社株式のみの取得を望むのが自然です。
- グループ内取引が整理されているか:持株会社と事業会社の間の経営指導料、賃貸借、資金の貸し借り。これらの金額の妥当性は、税務デューデリジェンスで必ず確認されます(「税務デューデリジェンスとは」)。
- 事業と無関係な資産・負債はないか:オーナー個人の保険、社宅、投資用不動産などが持株会社にある場合、譲渡の対象から外す(切り出す)手当てが必要になります。
- 借入金と担保・保証の扱い:持株会社が事業会社株式を担保に借入をしている場合、譲渡には金融機関との調整が欠かせません。
実務では、買い手の希望と、オーナーの手取りを最大化する形が一致しないことが珍しくありません。買い手は事業会社だけを買いたい(パターンA)、オーナーは個人で対価を受け取りたい(パターンB)、という構図です。この調整は、価格そのものと同じくらい交渉の中身を左右します。
売却を考えはじめたら、最初に確認したいこと
持株会社がある会社の売却では、買い手を探す前に確認しておきたい事項があります。
- 持株会社をつくった目的と経緯:相続税対策か、グループ再編か。当時の目的が今も有効かどうかで、残すか畳むかの判断が変わります。
- 持株会社株式の取得費:設立時の税務処理の資料を探し、税理士に確認します。ここが不明だと、パターンBの手取りが見積れません。
- 持株会社の繰越欠損金と決算期:パターンAを選ぶ場合、税負担に影響し得ます。
- グループ内取引と、事業と無関係な資産:整理には時間がかかるため、早い段階での着手が有利に働きます。
- 売却後、持株会社を残すのか:資産管理会社として残すのか、清算するのか。将来像によって最適な形が変わります。
これらはいずれも、税務・法務・評価が絡み合う領域です。個別の税務の取り扱いについては、必ず税理士にご確認ください。当社は税務判断を行う立場ではありませんが、買い手が受け入れやすい形と、オーナーの手取りの双方をにらんだ進め方について、顧問税理士の先生と情報を共有しながらご一緒に設計します。
まとめ|構造を先に決めてから、買い手を探す
持株会社がある場合の売却は、「持株会社が事業会社株式を売る」か「オーナー個人が持株会社株式を売る」かという、二つの入口から始まります。前者は法人課税となり、対価は持株会社に残るため、個人の手元に移すにはもう一段の手続きと課税が伴います。後者は個人の分離課税で完結しますが、買い手が持株会社ごと引き受けられるかどうかという壁があります。
どちらが望ましいかは、持株会社の中身、取得費、繰越欠損金の状況、そして買い手の意向によって変わります。確かなのは、買い手が現れてから考え始めると、選択肢が狭まるということです。交渉が動き出してからでは、グループ内取引の整理も、不要資産の切り離しも、間に合わないことが多いのです。
持株会社体制のまま売却を検討されている方は、まず現状の構造を一緒に棚卸しするところから始めませんか。ご相談は無料、秘密は厳守いたします。まだ売ると決めていない段階でも、どうぞお気軽にお声がけください。