「買い手は、買ったあとどうやって資金を回収するのか」——譲渡を検討する経営者から、時折いただく質問です。回収の経路はいくつかありますが、そのひとつが子会社となった会社から配当を受け取るという方法です。
一見すると買い手側だけの話ですが、売り手にとっても無関係ではありません。会社にどれだけ現預金を残すか、クロージング前に配当を出せるか、価格交渉で手元資金がどう扱われるか——いずれも、この仕組みと地続きだからです。本稿では、法人が配当を受け取るときの税務の考え方と、売り手側から見た意味を整理します。
買い手の回収経路は、ひとつではない
買い手が投資を回収する方法は、大きく次のように整理できます。
- 子会社から配当を受け取る:子会社が稼いだ利益を親会社へ移す、最も直接的な経路です。
- グループ全体の収益力を高める:仕入や販路、人材を共有し、両社の利益を伸ばす方向です。
- 将来、再度売却する:企業価値を高めたうえで第三者へ譲渡する形です。
このうち配当は、買収資金を借入で賄った場合の返済原資として重要になります。借入と配当の関係は「買収資金を借り入れたときの税務|利息の扱いと返済原資の考え方」で整理しています。
売り手として知っておく価値があるのは、買い手が「買ったあとの資金の流れ」まで見て価格を決めているという事実です。会社の現預金の厚さや、配当を出せる状態にあるかどうかは、買い手の見方に影響します。
法人が受け取る配当|二重課税を調整する仕組み
子会社が利益を出すと、その段階で法人税等が課されます。その税引後の利益から親会社へ配当をすると、今度は親会社の収益として再び課税される——これでは同じ利益に二度課税されることになります。
この重複を調整するため、法人が受け取る配当については、一定の割合を益金に算入しないという取り扱いが設けられています。いわゆる受取配当等の益金不算入です。
どの程度が益金に算入されないかは、株式の保有割合などに応じて段階的に定められています。完全な親子関係にある場合と、少数の持分にとどまる場合とでは扱いが異なり、保有期間の要件が関係することもあります。具体的な割合と要件は制度で細かく決められていますので、顧問税理士にご確認ください。
なお、個人株主が配当を受け取る場合は、法人とは別の考え方になります。売却前に配当を出すか譲渡対価で受け取るかという比較は「売却前に配当を出すか、譲渡対価で受け取るか|課税方式の違いと判断軸」で扱っています。
税務の前に、会社法と資金繰りの制約がある
税務上の扱いが有利でも、配当を出せるかどうかは別の問題です。配当は会社の財産を株主へ払い出す行為ですから、次の制約がかかります。
| 制約 | 内容 |
|---|---|
| 分配可能額 | 剰余金の額を基礎に計算される範囲内でしか配当できない |
| 現預金 | 帳簿上の剰余金があっても、手元資金がなければ支払えない |
| 金融機関との約定 | 借入契約に配当を制限する条項が付いていることがある |
| 手続き | 株主総会等の所定の決議が必要 |
特に見落としやすいのが三つ目です。会社が金融機関から借入をしている場合、財務制限条項によって配当が制限されていることがあります。買収後に「配当で回収する予定だったが出せない」という事態は、実際に起こり得ます。
売り手側から見ると、どこに効いてくるか
この仕組みは、譲渡交渉の中で次のような形で表に出ます。
- 手元資金の扱い:買い手は「事業に必要な運転資金」と「それを超える余剰資金」を区別して見ます。余剰資金が厚い会社では、その分をどう価格に反映するかが論点になります。
- クロージング前の配当:売り手が引渡し前に配当を出すことを希望する場合、買い手は運転資金への影響を必ず確認します。金額とタイミングは契約で取り決めるのが通常です。
- 借入の有無:借入が残っていれば、買い手は返済負担と配当の制約をあわせて見ます。当社の料金基準で用いる移動総資産レーマン方式が株式価値に負債総額を加えた金額を基準とするのも、会社の引継ぎが負債込みで行われる実態を踏まえたものです。
- 配当性向の実績:これまで配当をほとんど出していない会社では、剰余金が厚くなっている一方、配当の実務経験が乏しいこともあります。買収後の運用は買い手の判断になります。
売り手として押さえておきたいのは、「会社に現金を残すか、事前に抜くか」は税務だけで決められないということです。現金を減らせば譲渡価格の算定に影響し、残せば買い手にとっての魅力になります。順序と規模の設計には、税務と評価の両面からの検討が必要です。
成約後の資金移動でつまずかないために
買収後、親会社と子会社の間ではさまざまな資金のやり取りが生じます。ここで区別が曖昧になると、後の税務調査で問題になりやすい部分です。
- 配当:利益の分配。所定の決議と分配可能額の範囲が前提です。
- 貸付・借入:返済を前提とする資金移動。利息の設定が論点になります。
- 経営管理料・業務委託料:役務提供の対価。実態と金額の妥当性が問われます。
実態を伴わない支払いや、著しく不相当な金額のやり取りは、税務上そのまま認められないことがあります。M&A後の税務調査で確認されやすい点は「M&A後の税務調査|売り手・買い手それぞれが備えること」で整理しています。
売り手にとっては、成約後は基本的に買い手の領域です。ただし、旧オーナーが一定期間残る場合には、こうした資金移動の設計に関わることもあります。具体的な取り扱いは、必ず顧問税理士にご確認ください。
まとめ|買い手の回収の絵を知ると、条件の意味が読める
法人が受け取る配当には二重課税を調整する仕組みがあり、買い手はこれを前提に回収の絵を描きます。ただし実際に配当を出せるかどうかは、分配可能額・現預金・借入契約の条項といった制約次第です。
売り手にとっての意味は、会社に残す現金や借入の状態が、買い手の見方に直結するという点にあります。「手元資金が多いほど高く売れる」とも「少ないほど身軽で良い」とも、一概には言えません。会社ごとの事情によって評価は変わります。
当社では、譲渡の条件を組み立てる段階から、税理士等の専門家と連携してご相談をお受けしています。「どこまで会社に残すべきか」という論点も含めて、遠慮なくお尋ねください。