「会社に現金が厚く積み上がっている。売却前に配当で出しておいたほうがよいのでは」。純資産の大きい会社のオーナー様から、よくいただくご質問です。株式の譲渡対価として受け取るのと、配当として受け取るのとでは、課税の仕組みが大きく異なります。そしてこの違いは、株主が個人か法人かによって、結論の向きまで変わります。本稿では、両者の課税方式の違いと、判断にあたって押さえるべき論点を整理します。
なぜ「売却前の配当」が論点になるのか
会社に事業上必要な水準を超える現預金が積み上がっていると、株式の価値にもその分が反映されます。買い手にとっては、その現金の分まで買収資金を用意しなければならないことを意味します。手元資金が限られる買い手や、借入で資金を調達する買い手にとっては、買収金額が膨らむこと自体がハードルになります。
そこで、「余剰資金を売り手側で先に引き出しておき、そのぶん株式の譲渡価格を下げる」という発想が出てきます。方法としては、売却前の配当のほか、役員退職金の支給、自己株式の取得などがあります。いずれも「会社から現金を外に出し、株式の価値を下げる」という点では共通しています。
ここで重要なのは、総額は基本的に変わらないということです。配当で1受け取れば譲渡価格は1下がる、という関係にあります。したがって判断の軸は「総額をどう増やすか」ではなく、「どの受け取り方をすると、税引後に多く残るか」になります。
課税方式の違い|配当は総合課税、譲渡益は申告分離課税
個人株主が非上場株式の配当を受け取った場合、原則として配当所得として総合課税の対象になります。総合課税は他の所得と合算したうえで累進税率が適用される仕組みですので、給与など他の所得が大きい方ほど、また配当金額が大きいほど、適用される税率は高くなっていきます。配当控除という制度はありますが、金額が大きくなるほど全体の負担は重くなりやすい構造です。
一方、株式の譲渡益は申告分離課税で、20.315%(所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%)の税率が金額の大小にかかわらず一律に適用されます。他の所得と合算されないため、金額が大きくなっても税率が上がりません。詳しくは「会社売却にかかる税金」をご覧ください。
この対比から、個人株主の場合、一般には「大きな金額を配当で受け取るより、譲渡対価として受け取るほうが税負担は軽くなりやすい」という整理になります。ただし、配当の金額水準や他の所得の状況によって結論は変わり得ますので、必ず試算が必要です。
なお、譲渡益が非常に大きい場合には、ミニマムタックス(極めて高い所得に対する追加的な負担の仕組み)の影響も検討対象になります。2025年分から3.3億円の控除・22.5%の水準で適用され、2027年分からは1.65億円・30%へと強化されます。内容は「ミニマムタックスとは」で解説しています。
法人株主の場合は結論が変わり得る
株主が個人ではなく法人である場合、話は逆になることがあります。法人が受け取る配当には受取配当等の益金不算入という制度があり、持株割合などの要件に応じて、受け取った配当の全部または一部が課税所得に含まれない扱いとなります。
これに対して、法人が株式を譲渡して得た利益は、他の所得と合算されて法人税等の課税対象になります。法人実効税率の目安は約30%とされていますので、単純に比べれば、配当で受け取るほうが税負担は軽くなり得るという整理になります。
そのため、持株会社が事業子会社の株式を売却する場面などでは、「売却前に子会社から配当を受け取り、そのうえで株式を譲渡する」設計が検討されることがあります。ただし、この扱いには持株割合や保有期間などの要件があり、また一定の場合には調整が求められる規定も設けられています。適用の可否は必ず専門家にご確認ください。持株会社の売却全般については「持株会社がある場合の売却と税務」、法人株主の譲渡益課税については「法人株主が株式を譲渡した場合の税金」をご参照ください。
本稿は一般的な税制の仕組みのご紹介であり、特定の取引に関する税務アドバイスではありません。実際の適用可否や税額は、会社の状況や取引の内容によって異なります。必ず税理士等の専門家にご確認ください。
株主構成が混在している会社で注意すること
実務でよくあるのが、オーナー様個人と資産管理会社、さらにご親族が株式を分け合っているケースです。この場合、配当は持株比率に応じて全株主に支払われますので、「オーナー様だけが受け取る」ことはできません。
個人株主にとっては税負担が重くなる一方、法人株主にとっては有利、という状況が同時に起きることになります。一方の株主にとって最適な設計が、他方にとっては不利になるわけです。株主が複数いる場合の考え方は「株主が複数いる場合の税金」で整理していますので、あわせてご覧ください。
また、少数株主の中に長年連絡が取れていない方がいる場合、配当を実施すること自体が手続き上の負担になります。株主名簿の整備が不十分なまま配当を決議すると、後から支払先をめぐる問題が生じかねません。名簿の整理は「株主名簿の整備」をご参照ください。
実務上の注意点|時期・源泉徴収・買い手との合意
売却前の配当を実行する場合、次の点に注意が必要です。
- 時期:配当は株主総会の決議など会社法上の手続きを経る必要があり、分配可能額の範囲内でなければ実施できない
- 源泉徴収:配当を支払う際には所得税等の源泉徴収と納付が必要になる
- 資金繰り:配当で現金が出ていくため、クロージングまでの運転資金に支障が出ないか確認する
- 買い手との合意:譲渡価格の調整とセットで議論する必要があり、一方的には決められない
- 申告:個人株主は配当所得として確定申告が必要になる場合がある
特に買い手との合意は不可欠です。基本合意や最終契約では、クロージングまでの間に会社の財産を減らす行為を制限する条項(誓約事項)が置かれるのが一般的で、配当はその典型です。「後で出せばよい」と考えていると、契約上できなくなっていることがあります。
そして、売却の年に所得が跳ね上がること自体の影響も見ておく必要があります。翌年の住民税や社会保険料への影響は「譲渡した翌年の住民税・社会保険料」で解説しています。
まとめ|「総額」ではなく「税引後」で比べる
本稿の要点は次のとおりです。
- 配当で受け取る分だけ株式の譲渡価格は下がる。総額ではなく税引後の手取りで比べる
- 個人株主では、配当は総合課税(累進)、譲渡益は20.315%の申告分離課税。金額が大きいほど譲渡対価で受け取るほうが有利になりやすい
- 法人株主では、受取配当等の益金不算入の仕組みがあり、結論が逆になり得る
- 株主構成が混在する場合、一方に有利な設計が他方に不利になることがある
- 実行には会社法上の手続き、源泉徴収、買い手との合意が必要。契約上の制限にも注意する
受け取り方の設計は、税制の理解と買い手との交渉が組み合わさる領域です。当社プラチナパートナーズは、顧問税理士の先生と連携しながら、手取りを見据えた条件設計をお手伝いしています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。試算の段階からご相談を承ります。