デューデリジェンス(DD)で最初に訪れるヤマ場は、買い手からの質問に答えることではありません。求められた資料を、期限までに集めて渡せるかどうかです。書類そのものは社内のどこかにあるはずなのに、探し始めると出てこない。誰に頼めば出てくるのかがわからない。そうしているうちに、買い手の作業が止まってしまう——中小企業のM&Aで最もよく起きる停滞は、この資料集めの局面で生まれます。

本稿では、DDでどのような資料が求められるのか、それをどう並べて渡せば調査がスムーズに進むのか、そして何より、社内に売却の動きを気づかれずに集めるにはどうすればよいのかを、譲渡を検討されている経営者様の目線で整理します。

資料集めが最初のヤマ場になる理由

DDは、買い手が対象会社の実態を確認する調査です。買い手側は会計士・税理士・弁護士などの専門家に依頼して調査を進めますが、その専門家が見るのは、売り手から提供された資料です。つまり資料が出てこなければ、DDは物理的に前へ進みません

しかも、中小企業の場合、資料が整理された形で一か所に保管されていることはむしろ稀です。決算書は顧問税理士の手元に、契約書の原本は金庫に、就業規則は総務の担当者のパソコンに、許認可の証書は現場の事務所に——というように、社内外に散らばっているのが普通です。ご自身では「すぐ出せる」と思っていた書類が、実際に探すと最新版がどれかわからない、押印されたものが見当たらない、といったことが起こります。

加えて、この作業には期限があります。買い手側の専門家は日程を確保して調査に入るため、資料の到着が遅れると、調査期間が後ろにずれるか、未確認のまま「リスクあり」として扱われるかのどちらかになります。後者になると、価格や契約条件の交渉で不利な材料を自ら作ってしまうことになりかねません。

だからこそ、資料集めは「DDの通知が来てから始める作業」ではなく、買い手との面談が始まったころから静かに進めておく作業だとお考えください。DDの日程や負担の全体像については「デューデリジェンスの日程と負担|どれくらいかかるか」もあわせてご覧ください。

何を集めるのか|資料依頼リストの典型的な中身

買い手からは「資料依頼リスト」(リクエストリスト)が届きます。案件の規模や業種によって内容は変わりますが、中小企業のM&Aでは、おおむね次のような区分で整理されることが多いものです。

区分求められる資料の例
会社の基本情報定款、登記事項証明書、株主名簿、株主総会・取締役会の議事録、組織図
財務・会計決算書、勘定科目内訳明細書、総勘定元帳、月次試算表、固定資産台帳、資金繰り表
税務法人税・消費税・地方税の申告書、納税証明書、税務調査があった場合の指摘事項
取引・契約主要な取引基本契約、業務委託契約、賃貸借契約、リース契約、金銭消費貸借契約
人事・労務就業規則、賃金規程、雇用契約書、労働者名簿、社会保険の加入状況、勤怠記録
許認可・法務許認可の証書、係争の有無に関する資料、知的財産(商標・特許)の登録状況
事業の中身取引先別の売上推移、商品・サービス別の採算、主要設備の一覧、拠点の情報

このリストを最初に見ると、量に圧倒されるかもしれません。しかし、実務上はすべてを同時に揃える必要はありません。買い手側の調査にも順番があり、まず会社の基本情報と決算関係から入るのが通常です。アドバイザーと相談して、どれを先に出すか、どれは後回しでよいかを仕分けることが、負担を分散する最初のコツです。

また、リストの項目名は買い手側の専門家が使う言葉で書かれているため、社内での呼び名と一致しないことがあります。「これは何を指しているのか」と迷ったら、推測で似た資料を出すのではなく、その場でアドバイザーを通じて確認してください。取り違えた資料を渡すと、追加の質問を呼び、かえって往復が増えます。

データルームの作り方|フォルダ構成と命名のルール

集めた資料は、クラウド上の共有フォルダなどに置いて買い手に閲覧してもらうのが一般的です。これを実務では「データルーム」「バーチャルデータルーム(VDR)」と呼びます。大型の案件では専用のサービスが使われますが、中小企業のM&Aでは、アクセス権限を細かく設定できる一般的なクラウドストレージが用いられることもあります。どの方法を採るかは、扱う情報の機微さと買い手の要望を踏まえて、アドバイザーと決めていきます。

大切なのは、道具よりも並べ方です。次の三点を守るだけで、調査する側の理解速度は目に見えて変わります。

① 資料依頼リストの番号に合わせる

買い手のリストが「1. 会社基本情報」「2. 財務」と番号で整理されているなら、フォルダも同じ番号・同じ名称で作ります。自社にとって自然な分類で並べ替えたくなりますが、読む側の地図に合わせるほうが、結果として質問が減ります。

② ファイル名に「年度」と「版」を入れる

「決算書.pdf」ではなく「1-2_決算書_2025年3月期.pdf」のように、何年度のどの資料かがファイル名だけでわかるようにします。就業規則のように改訂を重ねる書類は、現行版であることを名前に明示してください。旧版と新版が混在したまま渡ると、どちらが有効なのかという質問が必ず発生します。

③ 何を出したかを自分でも記録する

提出した資料の一覧を手元に残しておくと、後の交渉や最終契約の作成で役に立ちます。表明保証の別紙に何を開示したかを整理する場面で、この記録がそのまま下地になるからです。表明保証の考え方は「表明保証とは|M&A契約における売り手の責任範囲と補償」をご参照ください。

なお、データルームに置く資料には、閲覧できる人の範囲を必ず限定します。買い手の担当者が社内で自由に転送できる状態は望ましくありません。秘密保持の枠組みについては「M&Aの秘密保持|情報漏洩を防ぐノンネーム・NDAの実務」で詳しく触れています。

社内に気づかれずに集めるには

譲渡を検討していることは、通常、成約が確実になるまで社内には伏せます。そのため、資料集めは「社長が普段と違う動きをしている」と悟られない形で進める必要があります。ここが、経営者様にとって最も神経を使う部分です。

現実的な進め方は、目的を告げずに済む理由を用意することです。たとえば、金融機関への提出資料をまとめている、事業計画を作り直している、保険の見直しをしている、といった説明であれば、資料の依頼自体は不自然になりません。社内の誰か一人にだけ協力を求める場合も、その人の職務の延長として頼める内容に絞ります。

もう一つの現実的な方法は、社外にある資料から先に集めることです。決算書や申告書は顧問税理士、登記事項証明書は法務局、許認可の写しは所管の窓口、というように、社内を動かさずに手当てできるものが少なくありません。社内でしか出せない資料は後半に回し、量を絞り込んでおくと、社内に触れる回数そのものを減らせます。

それでも、経理や総務の責任者の協力がどうしても必要になる局面は訪れます。その場合、誰に、どの段階で、どこまで伝えるかを、事前にアドバイザーと決めておいてください。行き当たりばったりで打ち明けると、伝えられた側が動揺し、かえって情報が広がります。従業員への開示の考え方は「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか|開示のタイミングと注意点」で整理しています。

資料が「ない」ときどうするか

中小企業のDDでは、求められた資料が存在しないことが珍しくありません。議事録を作っていなかった、雇用契約書を交わしていない従業員がいる、契約書のない口頭の取引がある——いずれも、実際によく出てくる話です。

このとき最もまずい対応は、後から体裁だけ整えた書類を作って提出することです。作成日や押印の状況、他の資料との整合性から、つじつまの合わない点は調査の過程で浮かび上がります。そして、事実と異なる資料を渡したという評価は、その書類一枚の問題にとどまらず、提出済みの資料全体の信頼性を揺るがします。価格や契約条件よりも先に、信頼が失われることのほうが、売り手にとっては大きな損失です。

正しい対応は単純です。ないものは「ない」と伝え、その理由と、代わりに実態を示せる資料を添えること。議事録がなければ、当時の意思決定を裏づけるメールや稟議、通帳の動きを示す。雇用契約書がなければ、労働条件通知書や賃金台帳、実際の運用を説明する。買い手が知りたいのは書類の有無ではなく、そこに不利益な事実が隠れていないかどうかです。代替資料と説明があれば、多くの指摘は手当ての方法を決める話に移っていきます。

なお、DDの過程で明らかになった不備は、最終契約でクロージングの前提条件として整備が求められたり、補償の対象として扱われたりすることがあります。どのように手当てするかは法務・税務の専門的な判断を伴いますので、必ず弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。答えにくい質問への向き合い方は「DDの質問リストへの答え方|わからないことの伝え方」でも解説しています。

※ 本稿はDD資料の準備に関する一般的な実務の考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。求められる資料の範囲や不備への対応方法は案件ごとに異なります。実際のご検討にあたっては、必ず弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

まとめ|資料の準備は「早く・そのままで・記録して」

DDの資料集めは、地味で時間のかかる作業です。しかし、ここでの段取りの良し悪しが、調査全体の印象と、その後の交渉の空気を左右します。ポイントは三つに集約されます。早く始めることあるものをそのまま出すこと、そして何を出したかを記録しておくことです。

特に「そのまま出す」ことの価値は、実務を見ていると強く感じます。整っていない資料を前にして焦る必要はありません。中小企業の書類が完璧に揃っていることのほうが例外であり、買い手もそれは織り込んでいます。問題になるのは不備そのものではなく、不備を隠そうとした痕跡です。

当社プラチナパートナーズでは、資料依頼リストの読み解き、提出の優先順位づけ、データルームの構成づくりから、社内に気づかれずに進めるための段取りまで、譲渡企業様のお立場でお手伝いしています。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。「何から手をつければよいかわからない」という段階でも、どうぞお気軽にお声がけください。

よくあるご質問

A.買い手との面談が始まり、条件面の話が具体化してきた段階から、静かに着手しておくことをおすすめします。DDの通知を受けてから集め始めると、社内を慌ただしく動かすことになり、かえって周囲に気づかれやすくなります。まずは決算書・申告書・登記事項証明書など、社外から取り寄せられる資料から手をつけると負担が分散します。
A.必ずしも専用サービスである必要はありません。中小企業のM&Aでは、アクセス権限を限定できるクラウドストレージが使われることもあります。大切なのは道具そのものより、閲覧できる人を限定できること、誰がいつ何を見たかを管理できること、そして買い手の資料依頼リストに沿ってフォルダが整理されていることです。案件の事情を踏まえてアドバイザーとお決めください。
A.後から体裁を整えた書類を作って提出することは避けてください。作成の経緯や他の資料との整合性から不自然さは見えてしまい、提出済み資料全体の信頼を損ないます。存在しない事実と理由を率直に伝え、実態を示せる代替資料(メール、稟議、通帳、賃金台帳など)を添えるのが正しい対応です。手当ての方法は専門家を交えて検討します。

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秘密厳守・成功報酬型。相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら