法務デューデリジェンス(法務DD)と聞くと、「何か法律違反を探されるのだろうか」と身構えてしまうかもしれません。しかし実際に行われているのは、もっと実務的な作業です。会社を引き継いだあと、いまの事業がそのまま続けられるかどうか——買い手の弁護士は、この一点を確かめるために契約書を読んでいます。
本稿では、法務DDでどの契約がどのように確認されるのか、なぜ契約書の一文が価格や条件に影響するのか、そして指摘を受けたときに売り手がとれる打ち手を、譲渡を検討される経営者様の視点で整理します。
法務DDの目的|「事業が続けられるか」を確かめる調査
株式譲渡で会社を引き継ぐ場合、会社が結んでいる契約は、原則としてそのまま買い手のもとに引き継がれます。会社という当事者は変わらず、株主が変わるだけだからです。一見すると、何も確認する必要がないようにも思えます。
ところが、契約のなかには「株主が変わったら相手方に通知や承諾が必要」「解除できる」と定めているものがあります。これがチェンジオブコントロール(COC)条項です。主要な取引先との契約にこの条項が入っていて、しかも相手方が難色を示すようであれば、買い手にとっては「買った直後に売上の柱を失う」リスクになります。法務DDが真っ先に確認するのは、この種の条項です。
もう一つの目的は、将来の紛争の芽を探すことです。係争中の案件、クレームが続いている取引先、労働審判の可能性がある元従業員、境界が曖昧な不動産——こうした事項は、成約後に買い手のもとで顕在化します。誰がその負担を負うのかを決めるために、まず事実を把握しておく必要があるわけです。
したがって、法務DDは売り手の落ち度を責める場ではありません。買い手が引き継ぐ範囲を確定し、リスクの所在を契約でどう分けるかを決めるための、事実確認の作業です。この構えで臨めば、必要以上に消耗せずに済みます。
見られる契約の種類|事業の土台から順に
法務DDで確認される契約は多岐にわたりますが、優先順位はおおむね「事業の土台に近いもの」から高くなります。
| 契約の種類 | 主に確認される点 |
|---|---|
| 取引基本契約(販売・仕入) | 主要取引先との契約の有無と有効期間、COC条項、解除事由、最低取引数量や独占条項の有無、価格改定の仕組み |
| 不動産の賃貸借契約 | 本社・工場・店舗の賃借条件、契約期間と更新、解約予告、貸主が代表者やその親族である場合の条件の妥当性 |
| リース契約 | 車両・設備・複合機などの残債と契約期間、COC条項、中途解約時の違約金 |
| 金銭消費貸借契約 | 金融機関からの借入条件、財務制限条項、期限の利益喪失事由、経営者保証の有無 |
| 業務委託・外注契約 | 継続的に依存している外注先の有無、偽装請負と評価されるリスク、成果物の権利帰属 |
| ライセンス・代理店契約 | 使用許諾の範囲と期間、譲渡・再許諾の可否、株主変更時の取扱い |
| 雇用関係 | 雇用契約書の有無、就業規則との整合、役員との委任契約、競業避止の定め |
このうち、中小企業のM&Aで特に重く見られるのが不動産の賃貸借です。工場や店舗の立地が事業そのものである業種では、賃貸借契約が続けられるかどうかが買収の前提になります。貸主が代表者個人やその資産管理会社であるケースでは、成約後の賃料条件をどうするかが交渉の論点として持ち上がることも珍しくありません。
また、契約書が存在しない取引が見つかることもよくあります。長年の付き合いで口頭のまま続いている仕入先、発注書のやり取りだけで回っている外注などです。これ自体が直ちに問題になるわけではありませんが、条件が書面で確認できない以上、買い手は保守的に評価します。実態を説明できる資料(発注書、請求書、取引の推移)を添えることで、評価の振れ幅を抑えられます。
COC条項と同意取得|いつ、誰に、どう伝えるか
COC条項が見つかった場合、実務上は「相手方の同意をいつ取りにいくか」という難しい判断が生じます。
同意を求めるということは、取引先に会社の売却を伝えるということです。しかし、成約前に伝えれば、情報が広がるリスクがあります。取引先が不安を感じて取引を縮小したり、その情報が業界内を回って従業員の耳に入ったりすれば、成約そのものが揺らぎかねません。
そのため多くの案件では、クロージングの直前、あるいはクロージング後に速やかに通知するという段取りが選ばれます。契約上の要請と情報管理のバランスをとる判断であり、条項の文言(事前の承諾が必要なのか、事後の通知で足りるのか)と、相手方との関係性を踏まえて個別に決めていきます。
また、同意が得られるかどうか不透明な重要契約については、最終契約でクロージングの前提条件とされることがあります。「主要取引先○社から同意を得ること」が条件になれば、それが満たされるまで決済は行われません。売り手としては、どの契約が前提条件に入るのかを早い段階で把握しておく必要があります。COC条項の詳細は「チェンジオブコントロール(COC)条項とは|契約引き継ぎの落とし穴」をご覧ください。
契約以外に見られるもの|許認可・訴訟・知財・株式
法務DDの対象は契約書だけではありません。会社の法的な土台そのものも確認されます。
許認可。事業に必要な許可・登録・免許が有効に維持されているか、更新期限はいつか、取消事由に該当する事実がないかが見られます。株式譲渡であれば許認可は原則として会社に残りますが、届出が必要な業種や、役員変更に伴う手続が求められるものもあります。詳しくは「M&Aと許認可|株式譲渡と事業譲渡で異なる引き継ぎの考え方」をご参照ください。
訴訟・紛争。係属中の案件はもちろん、相手方から書面で請求を受けている事案、行政から指導を受けた事実なども確認されます。「まだ訴訟になっていないから報告しなくてよい」と判断せず、火種があれば早い段階で共有してください。
知的財産。商標が会社名義で登録されているか(代表者個人の名義になっていないか)、ソフトウェアのライセンスが適正に管理されているか、外注先が作成した成果物の権利が会社に帰属しているか、といった点です。「知的財産のデューデリジェンス|商標・特許・ソフトウェア著作権の確認」で詳述しています。
株式と機関。株主名簿が実態と一致しているか、名義株が残っていないか、定款の譲渡制限に沿った承認手続が過去に踏まれているか、取締役会や株主総会の議事録が残っているか。ここに不備があると、そもそも株式を有効に譲渡できるのかという根本的な論点になります。「名義株とは|放置するリスクとM&A前の整理方法」もあわせてご覧ください。
指摘を受けたときの打ち手
法務DDの結果は、買い手側の弁護士がまとめた報告書の形で買い手に共有され、そこから条件交渉に反映されます。売り手の立場でとれる打ち手は、大きく三つです。
第一に、クロージングまでに是正する。株主名簿の整備、商標の名義変更、雇用契約書の締結、議事録の作成といった、手を動かせば解消できるものはこの形で処理します。買い手にとっても最も安心できる着地であり、売り手にとっても後に責任を残さない方法です。
第二に、契約で手当てする。是正できない、あるいは是正に時間がかかる事項は、表明保証の対象から除外して開示別紙に記載する、特定の事項について個別の補償を定める、といった形で契約に落とし込みます。金額が読めるものであれば、価格調整で清算する選択肢もあります。
第三に、事実で反論する。指摘のなかには、資料が不足していたために保守的に評価されているだけ、というものが一定数あります。追加の資料や経緯の説明で解消できるなら、まずそれを試すべきです。「契約書がないから取引条件が不明」という指摘は、発注書や取引履歴を出せば実態が伝わります。
いずれの打ち手をとるにせよ、売り手側にも法務の助言者を置くことをおすすめします。買い手側の弁護士が作った論点整理に、売り手が一人で向き合うのは負担が大きい局面です。当社では、案件の内容に応じて提携する弁護士等の専門家と連携し、譲渡企業様のお立場での検討をお手伝いしています。
まとめ|契約書の束は、事業の設計図
法務DDで読まれる契約書の束は、言い換えればその会社がどんな条件で事業を成り立たせているかの設計図です。買い手はその設計図を読んで、自分たちが引き継いだ後も同じように回るかどうかを判断しています。
売り手として準備できることは、そう多くありません。主要な契約書の原本がどこにあるかを把握しておくこと、COC条項の有無を事前に確認しておくこと、契約書のない取引について実態を説明できる資料を揃えておくこと。この三つを整えておくだけで、DDの往復は目に見えて減ります。
そして、不備が見つかったとしても、それは想定内の出来事です。中小企業で法務書類が完璧に整っている例はむしろ稀であり、買い手もそれを前提に調査しています。大切なのは、見つかった事実をどう手当てするかを一緒に考えられる状態にしておくことです。当社プラチナパートナーズでは、相談料・着手金・月額報酬をいただかずに初期のご相談を承っています。契約書の整理段階からでも、どうぞお声がけください。