M&Aの話は、秘密保持契約を結ぶところから始まります。ここで決める項目のうち、最も軽く扱われて後で効くのが「期間」です。
期間には2つあります。契約そのものの有効期間と、その契約で負った秘密保持義務が続く期間です。この2つは別物で、混同すると「契約が切れたから情報を使ってよい」という誤解が生まれます。
取引がまとまらなかった場合に、相手の手元に自社の情報が残ります。そのときに何が守られているのかが、この条項で決まります。
2つの期間を分けて書く
契約書によくある形は、「本契約の有効期間は締結日から1年とする」「ただし第◯条の秘密保持義務は、本契約終了後◯年間存続する」という2段です。
前者は、情報を出し合う期間です。この期間が過ぎれば、新しい情報を渡す義務も受け取る権利もありません。
後者は、渡した情報を守る期間です。契約が終わっても、渡した情報は相手の手元にあります。だから守る義務を別に残します。
この2段になっていない契約書があります。「有効期間は1年」とだけ書いてあると、1年後に義務が消えると読まれる余地が生まれます。相手が善意でも、担当者が代わったときに「もう期限切れです」と扱われることがあります。
したがって、確かめるのは2点です。存続の定めがあるか。何年か。
何年が妥当か
年数には決まりがありません。実務では3年から5年がよく使われます。考え方は「その情報が価値を持つ期間」です。
決算の数字は、数年経てば古くなります。従業員の名簿も変わります。一方で、価値が長く続く情報があります。
- 技術・製法・レシピ。10年経っても使えます。
- 取引先との条件。単価や仕入のルートは、長く変わらないことがあります。
- 譲渡を検討した事実そのもの。これが広まる害は、年数で減りません。
そこで、情報の種類ごとに期間を分ける形があります。一般的な情報は3年、技術情報は期限なし、という書き方です。
ただし、期間を長くすれば安全というわけでもありません。相手にとって重い義務になるため、受け入れられないことがあります。10年や無期限を求めると、交渉の入口で止まることがあります。
「秘密情報」の範囲が効く
期間と同じくらい効くのが、何を秘密情報とするかの定義です。
広く書く形(「開示された一切の情報」)と、限定する形(「秘密と明示したもの」)があります。売り手にとっては広いほうが安全です。口頭で話したことや、現地を見て知ったことも含まれます。
限定する形だと、明示を忘れた情報は守られません。工場を案内して説明したことが対象外になる、ということが起こりえます。
一方、どの契約でも除外される情報があります。既に公知のもの、相手が既に知っていたもの、相手が独自に開発したもの、第三者から正当に得たもの、法令で開示を求められたもの。これらは除外するのが通常です。
注意したいのは「相手が既に知っていた」の扱いです。これを広く書くと、相手が「前から知っていた」と言うだけで外れる余地が出ます。書面で立証できる場合に限る、と書くのが実務的です。
返還と消去
取引がまとまらなかったとき、渡した資料をどうするかを決めます。
返還。紙の資料は返せます。消去。電子データは返せないので、消してもらいます。
ここで実務的な問題が出ます。メールに添付したファイル、クラウドに置いた共有フォルダ、バックアップ、専門家に渡した写し。「すべて消去した」と言えるかどうかは、相手の社内の仕組みによります。
多くの契約では、バックアップや法令で保存が必要なものを例外として残す形になっています。その場合も、残した分には秘密保持義務が続くと書いておきます。
加えて、消去したことの証明を求めるかどうか。書面で確認する定めを入れる形があります。手間は増えますが、情報の多い案件では意味があります。
また、誰に渡したかを売り手が把握できる形にしておくことも効きます。相手が専門家や親会社に渡すことを認めるなら、その範囲を書き、同じ義務を負わせる定めを入れます。
秘密保持だけでは足りない
秘密保持契約は「漏らさない」ことを約束させます。しかし、漏らさずに自分で使うことは別です。
交渉で知った従業員に後から声をかける、知った取引先に直接営業する、同じ事業を自分で始める。これらは漏洩ではありません。
したがって、秘密保持契約の中に勧誘を禁じる条項、直接接触を禁じる条項を入れておきます。期間は秘密保持と別に決めます(1年から2年が使われます)。
「採用しない」と書くと、本人が自分で応募してきた場合まで縛ることになり、受け入れられないことがあります。「働きかけをしない」という形で、対象と期間を特定して書くのが実務的です。
確かめる6項目
結ぶ前に確かめる項目を挙げます。
- 契約の有効期間と、義務の存続期間が別に書かれているか
- 秘密情報の定義。広いか、明示が必要か
- 除外事由。「既に知っていた」が書面で立証できる場合に限られているか
- 開示できる相手の範囲。専門家・親会社・資金の出し手まで広がっていないか。広げるなら同じ義務を負うか
- 返還と消去。例外の範囲と、残った分の扱い
- 勧誘・直接接触の禁止があるか。期間と対象が特定されているか
この6項目は、どの相手に対しても同じように聞けます。答えが曖昧な項目があれば、そこが後で問題になる場所です。契約の内容は個別の事情で変わるため、締結前に弁護士に確認してください。