スタンドスティル(standstill)は「現状のまま動かない」という意味の言葉です。M&Aの場面では、一方が一定期間、特定の行為をしないことを約束する条項を指します。

典型は、情報の開示を受けた側が、その情報を使って相手の株式を買い増したり、相手の意思に反する買収を仕掛けたりしないことを約束する形です。上場企業が関わる取引で使われる仕組みですが、中小企業のM&Aでも、形を変えた同じ考え方の取り決めがあります。何を防ぐための条項なのかを押さえておくと、自分の案件で何を約束させるべきかが見えます。

何を防ぐための条項か

交渉を進めるには、相手に情報を渡す必要があります。決算の中身、取引先の構成、技術の内容、従業員の状況です。渡した側から見ると、情報を渡したことで相手が有利になるという問題が生じます。

情報を得た側が、交渉をやめた後にその情報を使って別の動きをすることがあります。株式を市場で買い集める、同じ事業を自分で始める、従業員を引き抜く、取引先に直接接触する。スタンドスティル条項は、こうした行為を一定期間しないことを約束させるものです。

秘密保持契約とは目的が違います。秘密保持は「情報を他に漏らさない」ことを約束させます。スタンドスティルは「情報を使って行動しない」ことを約束させます。漏らしていなくても、自分で使うことはできてしまうので、両方が必要になります。

中小企業のM&Aではどう現れるか

非上場の会社では株式を市場で買い集めることができないので、同じ形の条項は使われません。代わりに、次のような取り決めが同じ働きをします。

  • 従業員の勧誘を禁じる条項。交渉で知った従業員に、一定期間、採用の働きかけをしないという約束。
  • 取引先への直接接触を禁じる条項。知った取引先に、売り手を通さずに接触しないという約束。
  • 同種の事業を始めないという約束。買収の検討で得た情報を使って、自分で同じ事業を立ち上げないという取り決め。
  • 株主や役員への直接の接触を禁じる条項。交渉の窓口を通さずに、個別に話を持ちかけないという約束。

これらは、秘密保持契約の中に条項として入る形が多くあります。秘密保持契約を「漏らさない約束」だけだと思って読み飛ばすと、この部分が抜けます。

売り手として入れておきたいこと

売り手の立場で最も痛いのは、情報を渡した後に交渉が壊れ、その情報が相手の手に残ることです。特に次の3つは、案件が流れた後に実際の損害になります。

従業員の引き抜き。買い手候補が、組織図と処遇を見た後で交渉をやめ、後から特定の人に声をかける。これを防ぐには、勧誘を禁じる期間と範囲を明記する必要があります。「採用しない」と書くと、本人が自分で応募してきた場合まで縛ることになり、受け入れられないことがあります。「働きかけをしない」という形で書くのが一般的です。

取引先への接触。主要な取引先が分かれば、そこに直接営業することができます。交渉の窓口を通さない接触を禁じる条項を入れます。

資料の返還と廃棄。交渉が終わったときに、渡した資料を返す、または廃棄することを約束させます。電子データの場合、どこまでを廃棄とするかを書いておく必要があります。

買い手として注意するところ

買い手の立場では、縛りの範囲が広すぎると、自分の通常の事業活動が制約されるという問題が出ます。

例えば、同業の会社を検討した場合、「同種の事業を始めない」という約束を広く結ぶと、自分が元々計画していた事業にも影響しかねません。採用についても、その業界の人材を一律に採用できないという形になると、普通の採用活動が止まります。

したがって、確かめるのは次の点です。縛られる期間はどれだけか。対象となる相手は特定されているか。自分が既に持っていた情報や、公になっている情報は除かれているか。自分で独自に開発していたものは除かれているか。

特に「既に知っていたこと」「独自に開発したこと」の除外は重要です。これが無いと、検討しただけで自社の既存の計画が縛られることになります。除外の定めがあるかどうかで、条項の重さが変わります。

期間と範囲が、実務の焦点

この種の条項は、入れるか入れないかよりも、期間と範囲の設計が焦点です。短すぎれば意味がなく、長すぎれば受け入れられません。

期間は、守る必要がある実質的な期間から考えます。従業員の勧誘であれば、組織が落ち着くまで。取引先への接触であれば、関係が保たれる期間。情報の鮮度が落ちれば、縛る必要も薄れます。

範囲は、特定できる形で書きます。「関係者」のような曖昧な書き方では、後から争いになります。開示の過程で名前が出た相手に限る、といった絞り方が実務的です。

また、違反したときに何が起きるかも書いておく必要があります。損害を証明するのが難しい類型なので、違反の場合の金銭の支払いを定める形が取られることがあります。条項の設計は個別の事情で変わるため、弁護士に確認してください。

最後に、この条項が置かれる場所を整理しておきます。多くの場合、秘密保持契約の中の一条として入ります。基本合意書に入ることもあり、その場合は独占交渉権と組み合わせて書かれます。最終契約まで進んだ場合は、競業避止や従業員の勧誘の禁止として、売り手側が負う義務の形で残ることがあります。つまり、同じ趣旨の取り決めが、段階ごとに違う文書に現れます。どの文書にどこまで書いてあるかを把握しておかないと、重複したり、抜けたりします。

よくあるご質問

A.一方が一定期間、特定の行為をしないことを約束する条項です。情報の開示を受けた側が、その情報を使って株式を買い増したり、相手の意思に反する買収を仕掛けたりしないことを約束する形が典型です。
A.目的が違います。秘密保持は「他に漏らさない」ことを約束させるもので、「自分で使わない」ことは別の条項で約束させます。漏らしていなくても、自分で使うことはできてしまいます。
A.同じ名前の条項は使われませんが、従業員の勧誘を禁じる条項、取引先への直接接触を禁じる条項、資料の返還・廃棄の定めが同じ働きをします。秘密保持契約の中に入っていることが多くあります。
A.「採用しない」と書くと、本人が自分で応募してきた場合まで縛ることになり、受け入れられないことがあります。実務では「働きかけをしない」という形で、期間と対象を特定して書くのが一般的です。

Free Consultation

譲渡をお考えの経営者さまへ

判断の材料が足りているかどうかから、一緒に整理します。

無料相談を申し込む

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら